雑学王と盛夏

最近野菜を多く摂るようにしたら、代謝が上がった気がする。とは言え外出もしないので夏なのに日焼けもせず、時々自分でも驚くくらい肌が生白い。古くなった皮膚や細胞を排出してばかりの場合、生産性が高いと言えるのだろうかとぼんやりと考える。

子どもの頃の夏の思い出。暑い8月の日曜の昼下がり(東京の最高気温は32度止まりだった)、母が5人分くらい茹でたそうめんを家族3人で平らげ、消化以外は何もしたくない気分になった頃、つけっぱなしのテレビではクイズ番組「アタック25」が始まる。

一般視聴者から選ばれた回答者4人がクイズと陣取りゲームで競う。父はクイズ番組キラーで、大体の問題を正解する。スタジオに居たら間違いなく上位に食い込むスピードと正答率で、「わかった」と正解をつぶやいていく。それは子供の頃からで、特に教育的な家庭でもないのに長男が次々クイズの正解を言うので、祖母やおば達は、出演者に応募して賞品の海外旅行券を持って帰ってくるべきだと何度も話したらしい。実際はスタジオに居たことはないので、海外旅行券獲得はおろか、早押しボタンで競り負ける、緊張で頭が真っ白になる、収録に向かう途中で電車が止まるアンラッキーといった弱点がある可能性はすべて不問にされたのだが。

かくして父は自宅にいながらにしてバーチャルクイズ王となり、優勝者だけが挑戦権を持つ映像クイズも、画面を隠すパネルが半分も消えないうちに、断片的なヒントから正解を答えることができた。そして私たち家族は、7泊8日用のトランクを引いて海外旅行に出かけた気分を束の間味わった。

父に聞けばテレビの中より先にヒントをくれるので、クイズ番組は好きになった。リアル副音声のアシストによって、小学生レベルの知識でも楽しむ余裕が生まれるのである。「クイズダービー」に始まり、「平成教育委員会」にハマった時期は、国私立中学の受験校を真剣に検討した。

父の口癖は、「自分で調べなさい」だった。質問しても答えは教えてくれなかった。検索エンジンは一般的ではなかった頃なので、「辞書そこにあるよ」「図書館があるでしょう」「学校で地図帳買ってもらったでしょ」は何度も言われた。

自身は本や教科書を読んで知識を得たらしい。読んでもすべて頭に入るわけではないはずだが、情報化以前の、知識欲旺盛な人間の吸収力は、現在では想像が及ばないレベルだったと思うしかない。日本と世界の地理、歴史、風俗文化。動植物や天体の名前や属性。時事ネタに、職業柄の映像や印刷の知識、それに自分の親の世代の流行まで(生まれる前の歌手のことをなんで語れるのか)。

旅行に行けば山や星座の名前を教えてくれた。私には遠すぎてどこを指差しているのかを確認するので精一杯、見分け方とセットで名前を覚えるには到底至らなかった。魚屋に行けば漢字クイズが始まった。魚へんに春で何と読む?散歩に行けば草花の名前と遊び方レクチャーが始まった。芙蓉、ハクモクレン、“じゅずだま”ほおずき、オシロイバナ。

うちの雑学王は家庭に仕事を持ち込むことは滅多になかったが、業界用語はよく口走っていた。クロマキー合成の仕組みや、画素の概念は説明してくれた。ソフトバンクのロゴを有名デザイナーがリニューアルした日には、ゲタ(〓)かと思ったよ、とメールが来た。

私から見るとそれらの雑多な知識を携えて生きる父は、歩く“驚異の部屋”みたいだった。図書館や博物館のように完全に体系化されてはいないが、世界をある視点からマッピングする方法とその結果を、雑学王は持っていた。

今年の夏は墓も仏壇も参れなかった。事実、どこにいたって祈ることには関係はないし、クイズの正解はテレビの向こうでもこちらでも一つだ。

予期せぬ変化が社会に起こってもなお、相変わらず代謝して老廃物を分離したり、目的に応じて少し地上を移動したりして、私は物理に拘泥しています。世界や人間は謎だらけで、知るべきことは果てしがありません。それが生きているってことなのでしょうか。どこかに書いてあるか、もう少し探してまた質問します。

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