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コロナと私

こんなタイトルにしてしまっては、何かの検閲に引っかかるだろうか。まぁよい、書きます。今日は2022年11月24日。絶賛療養中の4日目が終わろうとしている。

~前触れ~

■11月18日(金)
その週は娘がずっと空咳をしていた。
熱はないので、「前週ひいた秋風邪の咳が残っているな、頑固だな。」くらいに思い、手元にあった処方薬のアスベリン&ムコダイン、市販の咳止めシロップを飲ませて凌いでいた。
今思えば、この空咳を見逃すべきではなかった。病み上がりに出るのはゼロゼロと湿った咳のはず。これは病の前兆として出ていた空咳だったのだ。

私自身は、夜に一瞬嫌な悪寒を感じた。自分で自分にしか説明のつかない、一瞬の違和感。膝周り・肩周りにサーッと、二度ほど走った。

私と娘は仲良しで、暇さえあればくっついている。食事もお風呂も寝るのも一緒。時々抱っこもするし、こちょこちょもする。もう高学年ではあるが、可愛くて可愛くて仕方がないのだ。いつもいつでもくっついていたい「超濃厚接触者」である。

~娘発熱~

11月19日(土)
朝起きると、娘に37℃台の発熱があり、咳も続いていた。こういう時には足の裏を触る。これから熱が上がる時には冷たく湿っているし、熱がこれ以上上がらないのであれば、温かくホカホカしているのだ。
・・・うん、とても冷たい。上がるんだね。というわけで、すぐさま看病の体制に入った。
この日は私たち夫婦の12回目の結婚記念日で、横浜高島屋の今半にディナーの予約を入れて、それはそれは楽しみにしていた。誰かにその場で作ってもらって食べるすき焼き。こんな贅沢は年に一度しか味わえない。
しかし娘の頬は赤く照っている・・・断腸の思いで予約をキャンセルした。
「お母さんごめんね。23日にリベンジ行こ!紅葉も見ようよ。公園に寄ってからディナーだね♪」と、娘に励まされた。残念具合が顔に出すぎたのかも知れない。

いつもの風邪なら、この当日中にバァンと高熱が出てくるが、なかなか熱が上がってこない。食欲も普通にあり、おやつまでムシャムシャ食べている。

自宅に備えておいた、研究用の抗原検査キットでは陰性。
これで終わりなわけはない、何かがおかしいと思いながらも、「このまま治れば月曜から学校行けちゃうね。休めまテン。ざんねーん♪」などと、娘をからかっていた。

~娘高熱~

11月20日(日)
この日も朝から変化なし。
悪化・回復、どちらにしても一度かかりつけの小児科に診てもらうのが安心と思い、webで21日(月)朝一番の予約を入れておいた。

娘は寝室でタブレット三昧なので、私はピアノ教室の事務処理や、発表会の準備、ピアノ練習をこなした。
しかし、何だか体がふわふわということをきかない。いつもなら弾けるパッセージが乱れる。おかしいおかしいと思っているうちに、強い倦怠感が襲ってきたので、すぐに葛根湯を飲み、風邪と戦える体制に入った。

夜になり、明らかに娘の機嫌が悪くなった。発熱前の、全身がしんどい、あの状態に突入。そして深夜に38.7℃の高熱が出た。
しんどいとポロポロ涙を流す娘に「高熱が出たほうが治りは早いんだよ。よかったよかった、出てくれて。明日岡本さん(かかりつけ)行こなぁ♪」と頭や顔を撫でながら励ました。

~陽性さんいらっしゃい~

その夜中の私の悪寒は酷かった。
また葛根湯を飲んで眠ったところ、まだ発熱していない段階から、全身に滝のような汗をかいた。絶対におかしい。

■11月21日(月)
明け方、研究用の抗原検査キットで私に陽性が出た。発熱していないのに陽性。このウイルスの恐ろしさを実感した。

娘もおそらく陽性なのだが、小児科の予約は朝一番。自宅のキットでの再検査はせず、そのまま受診することにした。
陽性が出てしまったからには、私は娘に付き添えない。娘の熱や症状の履歴を全てメモして夫に託した。

ほどなくして夫から「陽性でした」のLINEが届いた。
さぁ来ました。私がまだ動けるうちに、やるべきことは全てやらなければ。
娘の学校・塾・習い事・歯科医・ママ友、家のシロアリ工事業者・車のディーラー、療養期間中に入っている予定を全て動かした。今週は予め仕事を休みにしていたのが不幸中の幸いだった。

この日、娘の朝の体温は37.4℃。
前夜の38.7℃を最高到達点として、ここから娘は難なく回復していくことになる。

娘と夫が帰宅し、娘と私は布団を並べて療養生活に入った。

・りんご
・洋梨
・揚げ煎餅
・つぶつぶみかんジュース

近所のママ友が差し入れ第1弾を持ってきてくれた。全て娘の大好物。なんでわかるのかと不思議に思っていると、「こういうこともあろうかと、普段から言っておくわけさ。」と娘。策士が過ぎる・・・どこで育て方を間違ったのだろうか。

娘は小児科発行の陽性診断書でもって、神奈川県の陽性者登録ができた。今後の医療費は公費になるし、LINEとAI電話自動音声のやり取りで毎日の健康状態が記録される。異常な数値ならば救済されるという仕組みだろう。登録はLINEに必要な書類の画像をアップするだけ。簡単にできた。

医療機関お墨付きの証明

医療機関を受診していない私が登録するには、市販の研究用ではなく、薬局などで手に入る医療用の抗原検査キットで陽性とならなければならない。
娘の薬を受け取る薬局で、そのキットを夫にいくつか買ってきてもらった。

陽性を出す気満々で検査をしたが・・・陰性。なんで?研究用のほうが優れているってこと!?
1つ2000円もする高級キットだ。悶々としながらも、再度の検査はしなかった。

ママ友から差し入れ第2弾のアクエリアスが届いた。高熱が出る前の微熱の体に美味しくしみ渡った。

~高熱~

そして午後から凄まじく体が辛くなってきた。コロナだってウイルスだ。熱が上がりきれば悪寒や関節痛がなくなって楽になるのは同じだろうと思い、解熱剤をセーブしながら時が過ぎるのを待った。

夕方になり、38℃を超えた。
(゚∀゚ 三 ゚∀゚)キターッ!!
咳も出てきて、息をするたびに左肺がチクチク痛むのを感じた。以前細菌性の肺炎を患った時の感覚が甦る。そうそうこの息苦しさよ!肩で息をしながら過ごし、熱は夜に38.8℃まで上昇した。

「普通には歩けないからね」と噂に聞いていたとおり、這って移動するしかなかったし、心臓なのか肺なのか、とにかく胸が痛かった。ガラスの破片で刺されているような感覚。
解熱剤を飲み、少し体を楽にした状態で飲み物や食べ物を口にする、という繰り返しが始まった。

私は高齢者でも基礎疾患持ちでもないが、昔から体質的に血中コレステロール値が異常に高い。ウイルスが体内で活性化している気配を感じながら、「今どこかの血管が詰まったら簡単にあの世に行くぞ、これ。」と実感した。

とりあえず夫に「とっても幸せで楽しい人生だった。悔いなし!ありがとう!」
娘に「あなたが生まれてくれたことは最高の幸せだった。こんなに可愛くて素直で面白くて優しい子に育ってくれてありがとう!」
そして二人に「父と娘、仲良く助け合って生きるんだよ!」と伝えたら、二人そろって「やだ!!」と返してきた。仲良しじゃないか。

~アップダウン~

11月22日(火)
朝「あ、生きてたんだ」と思いながら起きた。熱は37.4℃まで下がっており、前日に比べればだいぶマシになった。
すぐに「今できることは・・・」と考えてしまうのが主婦の性。まだ洗濯は無理だったが、ネットスーパーで買い物はできた。本当に便利な世の中だ。

そして生きている今日のうちにと、夫がわかる場所へ、私に意識がなくなったら運ばれるであろう大病院の診察券・保険証・細かい現金などを出しておいた。これはとても大事なことだと思う。いくら夫婦といえども、相手がどこに何を保管しているかなんてわからないものだ。仮に夫が急に倒れたとしたら、私には探し出せないかも知れない。

ママ友から「まだ立てないでしょ、お昼ご飯持っていくよ」の連絡あり。差し入れ第3弾は、和菓子屋さんのお稲荷さん&みたらし団子。

このまま快方へ向かうと油断していたら、午後からまた熱が38℃を超えて苦しくなった。一日の中で体温が変化する。これがコロナなのか・・・咳も増えて、咳による喉の痛みも気になり始めた。

娘の熱はもはやド平熱の36.4℃。パルスオキシメーターで計った血中酸素濃度も98%。
子供の回復力の早さ、大人の回復力の鈍化、現実を見せつけられた思いがした。

どこから聞きつけたのか、今度は別のご近所さんがオレオクッキーを持ってきてくれた。(差し入れ第4弾)
「娘ちゃんが好きなの持ってきたよー!」って・・・わが娘はどれだけの方々に自分の好物を言って回っているのだろう💧

夜になり、薬が効いた状態で37℃台へ戻ってきた。
ネットスーパーで頼んだグレープフルーツジュースを美味しく飲んだ・・・瞬間に、喉に激痛が走った。コロナは喉が痛むと聞いていたはずなのに選択を誤ってしまった。

慌ててうがいをして、喉の炎症に効くトランサミン配合の薬と、抗炎症作用もある鎮痛剤(イブプロフェン)を飲み、のどぬーるスプレーをして眠った。

11月23日(水・㊗️)
朝から喉がズキズキだ。
声がれも酷く、まるで場末のスナックのママさんのような声。

体温は37.3℃。うーん、下がりきらない。
午後になると、やはり38℃付近に近付く。
水を飲むと、喉から耳へと響くような強い痛みを感じるようにもなった。
「一生治る気がしないな・・・」などと思いながら、喉の薬、咳の薬、鎮痛剤を粛々と飲み続けるしかなかった。

この日、新潟の実家から支援物資(差し入れ第5弾)がたくさん届いた。果物・野菜・麺類・お菓子・パン・金一封←実家最強。

~陽性者登録~

Twitterでも繋がっている近所のママ友から、上の子がコロナで急変した時の話を聞いた。喉が酷く腫れて、飲むことも喋ることも出来なくなったと。喉の痛みがあるなら気を付けるように言われた。
「急変」と聞いて思い出したのが「陽性者登録」。私は未だ登録できていない。この状態で急変して病院に運ばれたとしたら、治療費は公費にならない。それは困る。

夫が買ってきてくれた医療用の抗原検査キットはあと2つあった。また陰性と出ないことを祈りながら、再度検査してみることにした。今度は前回より深めにグリグリ・・・イテテテ😵

陽性出た!おめでとう!

思わず「やったー!陽性🙌」と喜んでしまったが、喜ばしいことではない。本来は。

この結果を元に、私も神奈川県の陽性者登録を行った。実務的には小さなことかも知れないが、しているだけで大きな安心感が得られる。原付にそのまま乗るか、ちゃんと自賠責付けて乗るかくらい違う。(伝われ)

~新たな症状~

11月24日(木)
もう書いていないが、娘は完全に平熱に戻っており、血中酸素濃度も100%。ヤツは卒業だ。子供の治りは早い!

私の朝の体温は37.1℃。うーん💧
でも倦怠感は抜けたし、足腰に力も戻ってきた。交互に足を出して階段を昇ることもできるようになった。調子にのって洗濯なんかもしてみた。

だがひとつ、別の症状が加わった。
昨日まで嗅げていたものが嗅げない。噂の嗅覚異常がやってきた。
朝に食べたかぼちゃパンは、甘いことはわかるが、かぼちゃの風味は一切わからなかった。夕食のネギトロ丼はイクラものった豪華版だったが、ガリとネギ以外はすべて同じ味に感じた。大葉の風味さえもわからず。
毎日とっても芳しくむせかえる香りを放つ、愛娘の頭頂部の匂いもわからない。これは大問題だ。
2~3週間で元に戻る人が多いと聞くので、焦らずに回復を待とうと思う。

~まとめ~

時系列であれこれ書いてきてしまったので、コロナへの備え・療養生活のポイントなどについてまとめたいと思う。

行政と繋がるために
・陽性者登録はしたほうがいい
・医療用の検査キットを複数入手せよ
   (研究用はあくまでサブとして使う)

療養生活のポイント
・パルスオキシメーターは即買え
・トランサミン(トラネキサム酸)薬必須
・咳止めと解熱鎮痛剤も必須
・のどぬーるスプレーあれば尚可
・保険証、診察券等は家族に預ける
・どこか1つネットスーパーに登録を
・グレープフルーツジュースはやめとけ
・炭酸もやめとけ
・新たな症状が出てもびびらないこと

その他
・子供の空咳は放置しない
・念のため遺言めいたことは言ってみる
・近所、ママ友、友人との連携は宝物
・実家の支援は神

コロナはどうしたって、どこからかやってくる。正しく恐れて正しく対処を👍