ゲシュタルト 1
突然ですが私は小学校に入りたての頃、数学ドリルや平仮名ドリルを眺めているたびに数字や文字の羅列が崩れ落ちていって頭がおかしくなったのかなと心配したのをよく覚えています笑。みんなはそんな経験ないですか?
この現象をゲシュタルト崩壊というらしいと後日知りました。
ではゲシュタルトとはなんでしょう?
wikipedia によると
人間の精神を、部分や要素の集合ではなく、全体性や構造に重点を置いて捉える。この全体性を持ったまとまりのある構造をドイツ語でゲシュタルトと呼ぶ。
なるほど、よくわからないので例を見てみましょう( ˘ω˘ )
スコトーマのところでも登場したルビンのツボ。
黒いところを意識すると横顔が浮き上がってきます。
白いところを意識すると壺の形が浮き上がってきます。
この意識して浮き上がってきた形態こそがゲシュタルトです。
そしてゲシュタルトは同時に一つしか保てないという特徴があります。
横顔のゲシュタルトを持つと壺は背景となり認知することは出来ません。
壺のゲシュタルトを持つと横顔は背景となり認知することは出来ません。
一つ抽象度を上げたゲシュタルトを作るとそれは騙し絵として認識できるようになります。
ʕ•ᴥ•ʔ
違う例だと、家が何軒か集まると地域という新しいゲシュタルトができます。地域の集まりが都道府県になり、都道府県を合わせたものが国家です。
このように部分の抽象度を上げていくと新しいゲシュタルト(全体構造)ができます。
また違う例だと、私が一年に一回しか会えない彼氏がいたとします。
彼の名前は太郎です。彼と一年ぶりに会った時に私が「太郎〜」と言ったら「会いたかったよ」という意味になります。
反対にお別れの時がやってきて彼が電車に乗って私からどんどん離れていく時に私が「太郎〜」と言ったら「悲しいよ〜」という意味になります。
同じ太郎という名前も、状況によって違うゲシュタルト(全体構造)になります。
今日から日常でゲシュタルトを探してみてください( ˘ω˘ )そこら中にたくさんある事に気付けます。
このように、ゲシュタルトは全体性を持ったまとまりのある構造を表します。
特徴は、部分と全体の関係性は双方向で成り立ち、一つの統合的意味を持っています。
ルネ・デカルト(1596~1650年)やアイザック・ニュートン(1642~1727年)の時代からつい最近までのおよそ300年もの間、とくに西洋的思想の中では「部分が全体をつくる」という考え方がスタンダードでした。#構造主義
そのためか「部分を順に見ていけば全体が分かる」「部分を順に追っていけば答えが分かる」という考え方は、現代を生きる私たちの無意識にも刷り込まれています。
しかし、実際は違います。
全体が部分から成り立っているだけでなく、全体と部分が双方向的に関係しており、全体がわかることで部分がわかるという関係です。
この全体と部分との双方向の関係を「ゲシュタルト」と言います。
ゲシュタルトによって事象を認識する能力を「ゲシュタルト能力」といいます。
それは「対象の本質をとらえる力」であるとも言えます。
次回はこのゲシュタルト能力をどのように活かしていくかをみていきましょうʕ•ᴥ•ʔ
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