親知らずを抜いた夜に痛みがない喜びを心で噛み締める
ある日曜日の夜8時。
顎をフェイスタオルの真ん中で包み、タオルの端と端を頭の上で留めた、まるで小籠包のような見た目をした自分は食べても食べても夕飯と格闘していた。
今日は左下親知らずの抜歯の日。2週間前には逆側を抜歯したので今回が2回目だ。
「ガガガガガ、メキメキ、バキッッ!!!」
自然に生活していたら人体からは出ない、浮き足立ってしまうような不快な破壊音を聞き、「やはり回数を重ねてもこの音には慣れないな」と思いながら、横に生え歯茎に埋まった左の親知らずが抜けた。
麻酔しているとはいえ、前回よりも手術中からズキズキと痛みが強い。想像に容易く、麻酔が切れた後は歩いて腫れたほっぺが揺れる度に痛かった。
🦷 🦷 🦷
抜歯後の食事は想像よりも過酷。必要なのは食べ終わるまで決して諦めない心、忍耐だ。
機転を効かせた母は、柔らかく食べやすく体にも優しい食事を用意してくれた。出汁でコトコト煮た車麩、じっくり炒ってたっぷりの出汁で煮たおから、ノドグロ(焼き、お刺身両方)、大根としめじのお味噌汁、粒が大きい明太子、ふっくら炊いたお米が食卓にずらっと並ぶ。
本当は口いっぱいに頬張って食べたい思いをどうにか抑えながら、「一口サイズ」で想像する4分の1ほどのミニミニサイズのおかずを口に入れていく。
痛い。左の顎らへんがズキズキと痛い。
歯と歯の間が1センチくらいしか開かない。
左下の歯茎に食べ物が当たると痛いので、顔を斜め右に傾けながら、口をできるだけ開かぬようにして、口の右側にお箸で小さくしたおかずを入れていく。
噛むのも、いつものように早くはできない。
1、2、3、と1秒の刻みくらいのスピードで噛んでいく。
なんとかおかずは食べられそうと安堵しかけた矢先、いつも5分もあればなくなる白米が、10分たっても30分たっても、なくならないことに気づく。
もはやお米の粒がお茶碗の中で増えているように感じてくる。
「完食」の2文字は永遠に来ないのではないかと焦りだす私。みかねた母が白米を出汁、卵、ネギと少しの塩胡椒でコトコト煮ておじやにしてくれた。
とろみがついて柔らかくなったお米をスプーンで口に運び続け、母のおかげで苦戦した白米もなんとか完食することができた。
🍚 🍚 🍚
歯も頭もお腹も足も全て、痛みがないことはとても幸せなことなのだ。
今は歯で噛み締めることはできないから、いつも不自由なく過ごせている幸せを心で噛み締めよう。小籠包になりながら思う、そんな1日だった。