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さやもゆ日記・第三話・さやのもゆ

今週も、いつものまっすぐな散歩道を往復した。往復して一時間弱の道のりだが、母には歩き易いとみえて、いつも「ここでいいよ」と言う。
車を置いて歩きはじめると、歩道脇の低い土手に生えた草原が、あきらかに先週よりも色づいており、サラサラと風音を立てて揺れている。
ようやく冬らしくなり、紅葉の彩りも深まってきた。が、一日ごとの季節の移り変わりが早いことにも、内心ハッとさせられる。
道路は水田地帯の真ん中を東西に横切っているのだが、収穫したあとから生えた「二度稲」が、先週はちいさく稲穂を垂れていて、青みさえあったのに、今は乾いた土色に枯れているのだ。
休耕田に生い茂ったススキも、ホウキの穂がフワフワとふくらんでおり、午後の西日に照らされている。

ふと気がつくと、母は百メートルほど先を歩いていて、私はあわてて小走りにあとを追う。
まっすぐな散歩道が、南北に流れる水路の前に終わるところで、もときた道を引き返すのが習慣なのだがー。

母が水路のまえで何かを見ており、私が近づくと振り向いて手招きした。

「カンムリカイツブリがいるよ」

母の指差すままに、早速スマホカメラで追ってみる。
カイツブリは上流に向かって水面を滑っていたがーほどなく頭から潜っていき、波紋をのこして見えなくなってしまった。
しばらく待ったけれども、母が「カイツブリは結構、長い距離を潜水するから、とんでもないとこで水から上がってくるよ。だからもう、行こう」と言うので、もときた道を引き返した。



奥浜名湖では、さまざまな水鳥の姿が見られる。

母には、亡き父とスズキ・エブリイに乗って鳥の撮影に出掛けていたので、鳥の名前は知っているし、折にふれて「つもる話し」があるようだ。
「『カンムリカイツブリ』は、頭に黒い尾っぽ(カンムリ)が付いてるんだけど、顔が可愛くないんだよ。それよりか『バン』のほうが、くちばしが赤くてキレイだから、好きだね。なかなか見ないけど。」
少なくとも十年以上前の話だが、父と母がバンを見つけたのは、おなじみの都田川だ。
流れの真ん中に中洲のあるところで、ヨシの草むらを寝ぐらにしていたと言う。
「それから、『クイナ』という名前の鳥も、めったに見かけないから、たまたまお父さんと見つけた時はその場所に通ったもんだよ。」
クイナは、赤いくちばしと茶色に黒の斑点模様をあしらった翼をもつ鳥で、母にはお腹の縞模様が印象的だったようだ。
見つけた場所はやはり、都田川沿いの広い田んぼの畦道で、草がぼうぼうに生えた中を出たり入ったりして居たという。
この鳥に限ったことではないが、警戒心が強いために、畑仕事の行き帰りに何度か通っては、車内から撮影したのだとか。
「お父さんと鳥を見に行ったときは、楽しかった。今では、鳥の名前もだいぶ忘れたかな」
冬になると、田おこしをした田んぼに、鳥たちが虫を求めてやって来るだろう。
母と一緒にそれを眺め、鳥定め?をするのもまた、愉しいに違いない。


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