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見過ごしたんだ

池袋駅に止まって開いたドアをじっっと見つめて、ただ見つめて、動かないで、ただじっと見つめる。それが何を意味するでも、その先に待つ何があるでもない。ただその行為思考から、意味を引き剥がしてそれから完全なフラットになるんだ。いいかいそのまま、そのままにしておくんだ。

上板橋〜!上板橋〜!朧気な視界に何とも言えぬ浮遊感。再び産まれ落ちた現実は、生暖かいプラットホームに流れるサイボーグの鳴き声と少し効きすぎた冷房の寒さに擦れる機械音との狭間からニュルりと膿のように飛び出した。ニュルりと飛び出した現実は、一体全体何処にいるんだかよく解っちゃいない僕を包み込んで座標を与えた。

この一連に所要する時間およそ2分。

乖離した意識と記憶は気化上昇する水蒸気の如くジワジワと結びつき、やがて大きな入道雲の輪郭を取り戻していった。

今にもはち切れんばかりの自意識を取り戻した僕が今度は理性を取り戻すまでに所要した時間。これもおおよそ2分の経過。

殆ど満員電車だった東武東上線の座席には光が指し、背景のジオラマも随分見晴らしよい。

少し効きすぎた冷房もこの日差しにさらされた暑さを考慮したものであったか。

このまま後光に照らされたまま僕も浄化して貰えるならどんなに気持ちのいい事だろう。

静かな焦りの芽生えと共に額から冷や汗が流れ始める。

赤いラインにくすんだボディの東武東上線各駅列車がややゆっくりと成増駅下りホームに滑り込んできて、痛みに悶える雀のような擦れる機械音と共にズシンと止まった。

晴天に照らされるプラットホームの真ん中で少年は、凍えそうな額に汗をかき、ひとりあったか〜い缶コーヒーを口に添えて、快速池袋行きをガタガタ震えて待っている。

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