(掌編)歌うたい

 アコースティックギターを弾きながら歌っている俺を、遠巻きに眺めながら歩いていく人々。立ち止まってくれる人はいない。5曲目になった今まで。
 ここは駅前の広場。たくさんあるベンチの一つに腰かけて、歌っている。俺のいるベンチの近くに、座る人はいない。
 歌を歌おうと思った。曲を作ろうと思った。それが、俺が好きでできる唯一のことだと思った。一人で練習して、そこそこ歌えるようになってきたと思った。でも人に聴かせる機会がなかった。コンテストやライブなんかに応募したけど、かすりもしない。俺はそんなに駄目なのか? こんな公の場所で歌ってる理由の一つには、その疑念を晴らしたい思いがある。誰か一人、たった一人でも、立ち止まって聴いてくれたら……。
 「すみません」
 声をかけられて顔を上げる。歌を止める。警備員らしき男性が立っていた。
 「ここの広場、申請しないと使えないんですよ」
 まだ若い、警備員にしては少々頼りなさそうに見える彼は、丁寧に言った。
 「申請すれば使えるんですか」
 「それは……公共の場所だから、審査とかありますが……」
 審査。それは、こんな一般人で通るものなんだろうか。
 「すみません、ご迷惑おかけしました」
 俺の歌で立ち止まるのなんて、不審者を警戒した警備員のあんただけだってわかった。俺の歌に、誰かを引きとめる力なんかない。騒音だ。迷惑なだけだ。俺はギターを外そうとした。
 「待ってください」
 まだ何か必要か?思わず睨んだ俺に、意外な言葉が聞こえた。
 「どんな歌を歌ってるんですか?」
 「……こういう感じの」
 ギターを鳴らす。一番気に入っている歌を、歌いだす。警備員の彼だけに向けて。たった一人で歌ってて、誰も立ち止まってくれない、かわいそうな俺に与えられた猶予の数分間。渾身の力を込めて、歌う。うるさいだろうけど勘弁してくれ。こんな場所で歌うのなんかもう最後だ。でもこの歌、結構いい出来だと思うんだけどな。伝わらないかな。
 歌い終えたら、小さな拍手が聞こえた。警備員の彼の一人分、だけではなかった。

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大場さやか
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