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(劇評)人の思いの底知れ無さ

劇団ドリームチョップ「プロゲキ!ドリームチョップLIVE」プロゲキ!8・27『怪談』の劇評です。
2023年8月27日(日)17:00 DOUBLE金沢

2023年4月から隔月で上演を始め、今回で3回目となる「プロゲキ!」である。「もう3回?」と驚く。だが、「まだ3回」でもあるだろう。「プロゲキ!」は演劇初心者でも観やすい、30分程度の短編劇を複数作上演する、というコンセプトの元に開催されている。この試みを、主催の井口時次郎は社会実験だと語った。演劇で何かを変えていくことができるのか。その結果が出てくるまでには、もうしばらくの時間が必要だろう。

今回のテーマは「怪談」。夏といえば怪談だ!というお約束ではある。しかし、他にもこのテーマを選んだ理由があるのではないか。それは「プロゲキ!」第1回公演からつながっている。この第1回公演で、井口が『耳なし芳一』の朗読を行った。上演後の井口に、語りで観客を惹きつけることができた手応えが感じられたのではないか。井口の朗読をもっと聴きたい、という声もあったのかもしれない。それならばと「語り」が重要な「怪談」をテーマに据えることにしたとして、「語り」と一口にいっても、その表現方法は様々だ。そこで今回は、朗読小屋「浅野川倶楽部」の代表である髙輪眞知子や、落語家のかはづ亭みなみを迎え、多彩な語りの表現を楽しめる場をつくろうとしたのではないか。

今回は出演者全員が一人で演じる形となっていた。本編前の「Future Stage」に出演の姫川あゆり、柳原成寿、髙輪眞知子、かはづ亭みなみ、井口時次郎。スタイルの異なるそれぞれの「怪談」を楽しめた。「プロゲキ!」のコンセプト通り、観劇初心者も面白く観ることができたであろう、満足度の高い回だった。ここで「面白かった」で終わっても問題はない。しかしそこは「プロレス」の精神を持つ「プロゲキ!」である。「ごちゃごちゃ言わんと、誰が一番怖いか決めたらいいんや!」ということで、4人の演者は競い合うこととなる。上演後には観客による、誰の芝居が一番怖かったのかの投票が行われ、その公演での1位と、全公演を総合しての1位が決められた。この、観客の上演への参加も、井口が望む形の一つであるだろう。観客投票の結果、初代「怪談王」の座には井口がついた。かはづ亭みなみとは1票差であったという。彼らがどのような怪談を語ってくれたか、出演順にまとめる。

本編の上演前、まだ観客も入場している時間に「Future Stage」として、姫川あゆりが登場した。姫川も、怪談を意識した一人芝居を演じた。それは、顔に痣のある少女の話である。痣のせいでいじめられており、誰からも愛情を寄せられていない彼女はふと思い付く。これが痣ではなく「傷」なら、みんな同情してくれるのではないかと。彼女は自分で自分の顔を傷付ける。彼女の思惑通り、家族やクラスメイトは傷を心配して「かわいそう」と声をかけてくれた。だが、傷はやがて癒えてしまう。傷がなければいけないと、彼女の自傷行為はエスカレートしていく。愛情を欲するあまりに自らを傷付けることもいとわない。そんな彼女の姿を恐れるとともに、人を見た目だけで判断し、当事者を思い詰めさせてしまう周囲の人間の怖さについても考えさせられる芝居だった。

1st stageは柳原成寿。彼は前回出演した、演劇ユニット浪漫好に所属している。第2回の上演後、「怪談」回への出演者紹介をしていた際に、彼が参加を希望し、客席後方から舞台へと飛び入りしてきたのだ。筆者も会場でその様子を見ていたが、正直なところ、会場の反応は微妙だった。観客にとって海の物とも山の物ともつかない柳原は、自己紹介から始めた。声優養成校に通っていたことや、個人で声の活動をしていたことなど。語ることの素養が彼にはあったのだ。そして柳原は「悪夢の怪談」と題して、自身の子供の頃の記憶を語り始める。具合を悪くして、自宅の部屋で眠っていた柳原は、夢を見る。不条理で筋の通っていない夢の話と、彼の母親の話が入り混じり、どこまでが夢でどこからが現実なのかがわからなくなっていく。幼い頃の記憶ゆえ、柳原の中でもその境目は曖昧になっているのだろう。夢と現実の間でふわふわと漂っているような感覚を、柳原はしっかりと語り聴かせてくれた。

続いて2nd stageは髙輪眞知子による「蛞蝓(なめくじ)」。さざ波のような音を出す籠を揺らしながら、作務衣姿の髙輪が客席後方より舞台へと登場する。舞台に上がった彼女が語りだしたのは、漁師の話。彼の女房は浮気をしているようで、家の事はほったらかしである。見かねた男が掃除をしようと家の蔵に入ると、そこには無数の蛞蝓がうごめいていた。男は慌てて大量の塩を買い付けてきて、蛞蝓にかけて退治する。そこへ女房が帰ってくる。彼女と言い争いになった男は、怒りで女房を塩の中に放り込んでしまう。すると、女房も蛞蝓のように溶けてしまったのだ。彼は海へと逃げだす。海に潜んで生活していくうちに、彼の体は変化していき、ついには海月(くらげ)になってしまう。髙輪の熟達した語りに引き込まれた。蛞蝓のおぞましさに震え、海月のあやふやさにあっけにとられ、しばし不思議な世界へと連れていってもらった。強い感情によって人が人でなくなってしまう、その恐怖を感じた。

Semi Finalはかはづ亭みなみによる落語「死神」だ。金が稼げず家を追い出された男が、出会った死神から、病人に取り憑いている死神を追い払う方法を教えてもらう。男は医者として、死神から教えてもらった方法で人々の病気を治し、大もうけする。しかし、ある患者に対して、死神からやってはならないと言われていた方法を取ってしまった彼は、自身の命の危機に陥ってしまう。またも死神の助けによって、彼は一命を取り留めるのではあるが……。語りの軽妙さに乗せられて、始終楽しく聴いた。楽しく聴け過ぎて、怪談的な怖さよりも面白さを強く感じてしまったのが、「怪談王」を選ぶ上ではマイナスに働いたのかもしれない。だが、話が終わった後に思い返してみると、命の長さを操作することの是非を考えさせられると共に、命のあっけなさを思わさせられる。じわじわと怖さが滲んでくるような作品となっていた。

そしてMain Event、井口時次郎による「生霊(いきりょう)」である。白装束の井口は、知人から聞いた話だと前置きして、ある女性について語り始めた。彼女は、知人の弟である自分とは歳の離れた少年に惹かれてしまう。何年か後に偶然再会した彼は、彼女のことを覚えていた。交際を始める2人であったが、彼女は自分が彼に愛されるような女性であるとは思えず、彼からの愛の言葉を素直に受け取れない。彼女ができるのは、大人の女性として、自分の知識や経験を彼に伝えることだけだった。ある時、彼が別の女性と結婚を考えていることを彼女は聞かされる。それから彼女は、彼に会いに行く夢を見るようになる。しかしある時、夢で彼女は、彼の婚約相手に出会う。そして彼女は、自分の心の底にある醜い願いを相手にぶつけてしまうのだ。彼女の強い情念が、井口の鬼気迫る演技となって会場に発せられた。非科学的で根拠など何もない「呪い」だが、人の思いの強さが、他人を変えてしまうことは確かにある。この世界が人と人との関係で動いている以上、誰かを思う人の心は作用しあっていて、その思いの取り扱いを誤ると、恐ろしいことも起こり得る。

総じて、人の思いの複雑さを思った時間だった。良いことばかりを思って生きていけやしない。込み上げてくる悪い思いをなんとかなだめすかして、多くの人々が生きている。しかし、ふいに悪い思いは顔を出す。また、誰かの悪い思いを見てしまうこともある。そのように悪と出会ってしまう恐怖が他の誰かにもあることを確認するかのように、人は集って、怪談を語り合うのではないか。暗い夜道を一人で歩くのは怖いが、誰かが一緒なら大丈夫であるように。

誰かの思いを知る方法の一つとしても、演劇はある。演劇というフィルターを通すことで、直接には伝えられない思いを、誰かに届けることができるかもしれない。そんな演劇の力を知っている井口は、その力の強さを多くの人に知らせたいと思っていて、そしてその力で何かを変えられないかを画策しているのだろう。「プロゲキ!」が社会実験であるというのはそういうことだ。

次回「プロゲキ!」はテーマを「Trophy」として、10月22日に開催される。予告には「夢のない時代だから夢を見るんだ」という一文がある。これまでは、何か大きなものに従っていれば、楽しい思いができたかもしれない。だが今はそうではないだろう。それどころか、大事に持っている夢も奪われていくばかりではないか。そんな世界に、演劇という表現で立ち向かっていくのは容易なことではない。「でもやるんだよ!」という井口の叫びが聞こえるような気がする。


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