海外協力隊活動日誌🇩🇴92日目「善意の押し付け」
今日の振り返り
お休みなく迎えた月曜日。
体は少し疲弊気味。
2週間ぶりの化学の授業を受けて、
朝ごはん。
宿題の確認で一コマ終わるのだけど、
これでいいのだろうか?
あと、何のために学ぶのだろうか。
日本の教授ってずっと話してるイメージ……
(うちの大学だけ?)
でも内容が最先端だからこそ、聞いててメモばかり取っていたし、そういう内容なのか!って勉強になっていた気がする。
でも、ここは違うんだよな。
演習、演習、演習!
あとは、学生がどうして?って聞いても、
「これはこうなるのよ!そのまま覚えなさい!」
って回答が多くて、聞く気無くすよなって。
でも、これはたぶん、日本の教育観と違うだけで、
日本は今「なぜ?」を大事に授業作りがされているけれど、この国でそれをすると嫌われる。
同じ国の同期がそれで語学研修中にぼこぼこにされてたし、駒ヶ根でも深く聞いても理由はないって結構あった。
でも日本でもある一定の内容に関しては似たようなところもあって、
「生」ってなんて読むの?なんで「誕生日」は「誕せい日」じゃないの?
みたいな、国語の読みとか文法とかも何で主語なしでいいの?とか
聞かれても答えられないことってあるよなって。
国語については特に多いところもあるよなって。
割り切って学ぶことの重要性をここにきてすごく学ぶ。
それにしても
日本の教育って丁寧だ。
それから疑問に対して寛容だ。
もちろんそれが方針だからっていうのもあるかもしれないけれど、
それでも子どもたちの「なぜ?」にちゃんと向き合っていると思う。
(決してドミニカ共和国の先生や駒ヶ根の先生がそうだった、
というわけではなく、一般論としてそう見えるだけで。
それに駒ヶ根の先生はギリギリまで向き合ってはくれていたと思う)
だからこそ、もちろん疑問に思ったら聞くし、
学生にもそうしようって声をかけられるけれど、
「そういうものだ」に関しては
もう「この国の人はそう考えているんだ」
って思って追及しないことが大切だなって思った。
後半の善意の押し付けに続く……
課題の出し方も独特で面白い。
こういう課題なのね。
なるほど。
お昼を食べてダンスの練習。
お昼の前にカウンターパートとニルサが廊下で
揉めるっていう事件もあったけど、
おかげで明日の午前中の小学校見学も決まり、
結果として最高。
ダンスもようやく完成形が見えてきて、嬉しい。
相変わらず覚えの悪い人もいるけれど、
形にはなりつつあるかな。
頑張ろう!
午後から隣の小学校へ。
授業を見るかと思いきや、これからの授業見学の予定を自分で交渉。
手始めに小5の生物から。
ドミニカ共和国は小3までは日本の小学校と同じように全教科を担任がするけれど、4・5・6年生は中学生と同じように教科制。
生物の先生にくっついて火曜午後に
お世話になります。
挨拶を済ませて教員室に戻り出張報告書の作成。
あんなにフォーマットあるなら前もってくださいって言って、
「ないです。」って確認もしたのに結局あって書き直し。
流石にイライラしちゃった。
でも今日は任国外旅行の予定も詰めて、
水曜日の午前中はお休みをもらって黄熱病のワクチン接種へ。
ドミニカ共和国は黄熱病ワクチン無料で
日本だと結構するからありがたい!
それから
家に帰ってから航空券もとって(帰り以外)
とりあえず前進。
泊まるところの支払いも完了して
後は無事に申請を通して
テロとかそういうので渡航禁止が出ないことを願うだけ!
いけますように!
明日は小学校2校めぐり。
楽しみ!
明日もがんばる!
ここに来て最近の私の中に
「善意の押し付け」
「無自覚の押し付け」があるなって。
要は先入観。日本からしたら、何でか分からないし、
日本からしたら遅れているかもしれないし、
日本からしたらびっくりする生活や習慣だけれど、
その国の人が困ってない、変だと思ってない、
それでいいと思っているなら、
それはその国の文化・考え方として受け入れるべきだと思う。
もちろん受け入れるために
「なぜ?」「どうして?」って
すごく必要なことだと思うけれど、
明確な理由を知らないことを
何度も聞かれるって苦痛だよなって。
私は同期の遅刻中に先生とお話しして、
「日本人は何でそんなにこだわるの?」
って聞かれていたのを思い出した。
私は頭の整理のために、
知りたいことがたくさんある。
日本語と比較したときに同じところ違うところって
比べると覚えやすい。
だから、何でだろう?ってなったら聞いてしまう。
日本はそういう教育だったから、
分からないことは分かるまで聞くって感じ。
そう答えたら、それはここでは良くない。
理由にならないこともたくさんある。
一生懸命こちらが言っても、理解できないことがある。
宗教もそうでしょ?と言われた。
まあ、確かにそうだなって思ったから
受け入れ姿勢って大事なのだと思う。
聞かれたら答えるけれど、
普通に何で何で攻撃って嫌だよな笑
赤ちゃん期に見られるやつ、嫌だもんな。
だからもちろん1度は聞くし、
タイミングを変えたり、聞き方を変えたりして
聞くことはしても、しつこく聞くのは、
こっちの文化の押し付けだと思った。
私は結構、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」的思考が強い。
ドミニカ共和国にきたんだからドミニカ共和国の話は聞くけれど、
日本の話は、聞かれなきゃしない。
自分からしたら、押し付けてる気がするから。
比較したくなくても比較しているように聞こえるのもなんか嫌だ。
人に話を聞くって難しくて、
語学が苦手な私にとってはもっと難しくて、
「配属先で困ってることある?」
これってちょっと上からな気もするし、
日本語なら細かいニュアンスが伝えられても、
スペイン語では難しい。
つまり、今日の話は何が言いたいかって、
人と話すときはいつでも相手へのリスペクトと、
相手の国へのリスペクトが大切で、
あくまで、必要があれば
こちらの情報を提供するってことでいいのではないのかと、
思うようになってきた。
もちろん何もしないわけではないし、
私ならこんな板書するかなってのは提供するけれど、
あくまで私なら、で強制するつもりはないこと、
あくまで日本の文化・考え方として
紹介しても恥じないものを提供することに尽きるなと。
私がここで何か行動することは、
日本人が少ないこの国にとって
「日本人ってこういう人なんだ」って
印象を与えてしまうことを忘れないようにしたい。
だからあくまで遅刻はしないし、
善意の押し付けもしない。
でもそれが無関心とか、一生懸命じゃなく、
あくまで今ある日本人へのいい印象を
もっと良くする、あるいはそのまま維持できるようにしたいなと。
もちろんめちゃくちゃ「何なんこいつ!」ってなることもあるけれど
それはそれで文化なんだって
広い心で受け入れて、
背中でドンと語れるように
私は私の思ういい行動をしていこうと思う!