千円札に宿る思い
情に厚いかと問われると、薄情である自覚がある。
興味のないことはすぐに忘れてしまうせいだろうか。誕生日のプレゼントはなにが欲しい? なんて自分から聞いたくせに、いざその日が近づく頃には頭からすっぽり抜け落ちてしまう。
そしてもう一度欲しいもの尋ねては、呆れられるのだ。
そんな調子なので、当然自分が家族の誕生日に何を贈ったのかも、いつの間にか忘れてしまう。
絶対になにかしらを贈っているのに、それが思い出せない。相手が母であろうと、妹であろうと、祖父母であろうと、等しく忘れてしまうのだ。
同様に、もらったプレゼントもすっと思い出せないことが多い。
この前なんか、妹が新卒の記念に贈ってくれたものをきれいさっぱり忘れ、贈り甲斐がないと嘆かれてしまった。
家族仲が悪い訳ではない。どちらかと言えば仲がいい方だと思う。
母や妹とはよく一緒に出かけるし、食事にも行く。祖父母とは離れて暮らしていて頻繁には顔を合わせられないが、用がなくても電話をしあう。
そうなると、薄情というよりはプレゼントに興味がないのだろうか?
誕生日やクリスマスなど、家族と過ごした記憶はあるのに……。
いったいなぜ? と考えると、我が家はテンプレでプレゼントを贈りがち、もらいがちなのかもしれない。
母の日にはエプロンとカーネーション。
敬老の日には祖父母の趣味であるゴルフにちなんだグッズ。
振り返って自分でも驚くくらい、テンプレだ。固定観念にとらわれているともいえよう。
誕生日プレゼントはおのおののリクエストを聞いて贈っていたのだけど、それって言い換えればチョイスを相手に丸投げしているということだ。
テンプレで贈り続けた結果、プレゼントしたことは覚えているけれど、どんなものを選んだのかぼんやりとしか思い出せない、という結果になっているのである。
そんな贈り物に関して希薄な思い出しかない私だが、実はひとつだけ、とてもよく覚えている贈り物がある。
今も祖父母宅の仏壇にお供えされた、旧千円札。小学校に入学するかしないかの頃、祖父母に渡した即席の贈り物だ。
祖父母が北海道旅行に出かけ、そのお土産を届けてくれた際のできごとだ。
子供だった私がすっぽり体を隠せてしまうような大きな発泡スチロールに、海の幸がこれでもかと詰め込まれていた。
さすがにまだ生きているなんてことはなかったが、今にも動き出しそうな立派なタラバガニの迫力に、子供ながらに圧倒されたことを覚えている。
カニ以外の海鮮も、スーパーで見る切り身にされた魚とは比べものにならない。海から引き上げられてそのままの、まるごとの魚だった。
これはとんでもないものが届いた、と呆然とした。
こんなに大量の、見たこともない豪華な海鮮。いったいいくらするのだろうか?
大袈裟ではなく、私は祖父母が破産してしまったらどうしよう、と本気で考え震え上がっていた。
慌てた私が思いついたのが、せめて少しでも生活の足しになるよう、自分のお小遣いを祖父に渡そう、といことだったのだ。
貯金箱から四つ折りにした千円札を取り出し、ティッシュにくるんで、やたら神妙な顔でこっそりと祖父母に手渡した。
幼かった私にとって、硬貨ではない、紙幣の千円はとても貴重な大金だったのだ。
ちなみに、稼ぎのない子供の私が持っていた千円札の出所は、もちろん祖父母からもらったお年玉である。
物理的な流れだけを見ると、旅行のお土産と引き換えに祖父母からもらったお年玉が祖父母に元に戻っただけだ。
けれど私にとって、祖父母からもらった発泡スチロールのクーラーボックスは財宝がぎっしりつまった宝箱に相当したし、代わりにと渡した夏目漱石は向こう一週間暮らせるくらいの価値があったのだ。
祖父母からしてみると、自分が孫にあげた単なる四つ折りの千円札が、特別な千円札に変わった瞬間だったのだろう。
それこそ、仏壇に供えてご先祖様に自慢したくなるくらい。
今も仏壇のセンターに鎮座している色あせた夏目漱石のお札を見る度に、祖父母の愛情を感じてこそばゆくなる。
プレゼントって、もしかしなくてもそういうことなのではないか。
渡したもの自体ではなく、相手のことを考える気持ち。それこそが贈りものなのだ。
千円札に思いを馳せていると、急に腑に落ちた。
私がテンプレで、もしくはリクエストを元に家族に贈り続けてきたプレゼントは、言ってしまえばプレゼントになれていなかったのだろう。
だから簡単に忘れてしまうし、そんないい加減な物々交換ばかりしていたから、妹からもらった節目の贈り物に込められた気持ちに気がついていなかった。
あじさいが咲き始める頃、祖父母は結婚60周年を迎える。
旧千円札を超えるプレゼントを贈る自信はない。
そもそも、幼い子供の純粋さに、世の荒波を多少なりとも経験した打算だらけの30代が勝てる訳がないと思うのだ……。
それでも、今年は祖父母の幸せを願ってなにか贈ろう。
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