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地獄の妊活が私に教えてくれたこと

生真面目で繊細すぎる私たちにとって、妊活は地獄でしかなかった。
ただ子どもを授かりたい。それだけなのにどうしてこうもうまくいかないのかと。
夫婦でいることをやめたくなった。離婚話にまでなった。子どもは欲しかった。でも、きっとどこかで目には見えない何かに抑圧されていた。

世間からの「子どもは?」の言葉。
30歳になったら卵子の質は低下して、出産にもリスクが伴う。という事実。

結婚式を挙げたら子ども、ホルモン的なことは科学的に証明されていること。それも人それぞれのはずなのに。自分もさもそうかのように魔法をかけてしまって苦しんだ。何かに囚われていたあの頃の私はとても醜かっただろう。それでも、互いにボロボロになりながら、夫婦でいることを諦めずにいてくれた夫には感謝しかない。

妊活を強制的に中断して1年がたった。
ここでいう妊活は、クリニックに通い、検査、処方、経過を見てタイミング、ということ。その他食事に気を使い、サプリを飲み、運動を始め。といった具合。人工授精に進めば結果は違ったか?とも当時は思ったが、きっとそうじゃなかった。その時のことは苦しくてあまりに惨めなので心の小箱にしまっておくとする。とにかく苦しくて、夢の中で何かから一目散に逃げたいのに足が思うように動かない。そんな日々だった。
中断のきっかけをくれたのは夫だったけど、「やめよう」と言ったのは私だった。自分からこぼれたその言葉に全身の力が抜けて救われた私がいた。ずっと言いたかったその一言は、心に溜まった膿のようだった。そこから毎日のように喧嘩したり、泣いたりした。

一心不乱に体温計と睨めっこし、腹部の違和感に敏感になっていたあの頃。幸せのかけらもなかった。

妊娠したら、子どもを授かれたら幸せか。
大事なことを見てみぬふりして、年齢や世間一般の常識に振り回されていたと今となっては思う。未熟だった。足元見ずして、走れるわけなどないのに。

子どもがいなくても私はとても幸せだったはず。

30歳になった途端、不幸になるものか。あの時の私を引っ叩きたい!笑

経験したことのないライフステージ、目の前にいない我が子に自分の幸せを委ねていては、私はいつまで経っても幸せになんかなれなかった。自分を幸せにできるのは自分しかいないってことを知らなかった。

夫と出会い、結婚するとき、この人としわしわになるまで笑って暮らそうと心に決めた。
確かに私も夫も子どもが好きだ。我が子となったらどれほど可愛いだろうとも想像する。

それでも、この先、子どもを授かっても授からなくても、夫となら一生幸せを抱えて生きていける。そこ知れぬ自信があるし、今とても豊かだと思う。

自分の心がこれまでで一番素直な状態。やりたいことをやる。これまでの私にとって一番難しかったことをこの年になってやっと実現できている。自分を自分で幸せにする方法をやっと覚えたのだ。酸素をたっぷり含んだ血液が全身を駆け巡っている。今なら新たな命がお腹にいても、たっぷりの栄養を分け与えてあげられそうな気もする・・・!笑

それでも確かに時間は過ぎていって、私の体は確実に衰えていく。
なのに、なんとなく体の中が去年の自分より内側から光を放っている気がしている。

世の中の子どもたちに幸せであってほしいと願う気持ちはずっと、この資格をとる頃から変わらない。
自分の子どもを授かることで、目の前の子が幸せな道を選べるように応援できるのではと思っていた。今でももちろんそれを諦めてはいない。

でも、それは我が子でなくともいいのかも知れないし、私の体から生まれてこなくとも、とも最近は思う。今の時代選択肢は無限にあるのだ。

もっとゆったり、どっしり構えていこう。

「やっぱり子どもがほしい」と正座した夫に言われたのはつい先日のこと。ビシバシ伝わる緊張感は、告白してくれた時以来だった。辛いのは私だけじゃなかった。街ゆく子連れ家族を目で追い、姪や甥と全力で遊んでくれる夫に来るかもわからない未来に重ねた。私たちが描きたい未来はいつだって変わらない。

「だから、」いつその子が舞い降りてきても「最高にたのしい父ちゃん母ちゃんのところに来てしまったな・・・?!」とワクワクしてもらえるように。
私たちは私たちの今を抱きしめて生きる。自分とパートナーの心と体を大切に大切にしようと約束した。

妊活はきっとたのしいものだ。
人生どん底並みに落ち込んでも、絶対に這い上がってハッピーになれる、私たちの持ち味。1年前の私よ、安心してくれ、1年後の私はこんなにもハッピーだ。そして、30代は最高にたのしいぞ!





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