ただ見たいと願う。「見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界」
2018年、Twitterから流れてくるニューヨーク・グッゲンハイム美術館の展覧会、その作品たちがなんだかとっても不思議で目を奪われた。
うわー、見てみたい!描いたのは初めて聞く名前、<Hilma af Klint> ヒルマ・アフ・クリント。およそ100年前を生きたスウェーデンの女性画家である。
彼女の作品を直接見る機会はなかなか訪れそうにないが、このたび彼女をめぐるドキュメンタリー映画が公開され、その生涯を辿るとともに、たくさんの彼女の作品を見ることができた。
映画で語られていることの主眼は、ヒルマが美術史に組み入れられなければならないということ。なぜなら、彼女は抽象画の扉を開いたとされるカンディンスキーより先に抽象絵画を描いていたからだ。けれども彼女が女性であり、スピリチュアルなものに触発されて描いていたことが影響したのだろうか、師と仰いだルドルフ・シュタイナーには受け入れられず、その後も正当な美術史からは「無視」され続けてきたというのだ。ヒルマを擁護する人たちは憤り、ヒルマは「抽象画のパイオニア」という正当な地位を獲得せねばならないと言う。
アウトサイダーではない彼女は、美術史の中に正当なポジションを取り戻し、これまでの歴史を覆すことが求められている。映画を見ていて、「美術史」という西洋におけるメインストリームが、いかに強大か、いかに頑強かを思い知らされる。
ヒルマの絵はやさしい。絵の中には曲線が多く用いられ、色彩もおだやかだ。具象画ではないけれど、目を凝らせば自然界の中に見つけられそうな形や色が、空気の中を、水の中を、まるで漂っているようだ。
彼女の作品は、正統な(?)美術館から所蔵を拒否されたが、親族の手で生前の資料がすっかり保管されていたのは、本当に喜ばしいことだった。ヒルマもまさか100年後に自身の映画が作られるなんて想像もしていなかっただろうから、ヒルマがなぜ、どのような思いで、そのような絵画を描いたか、本当のところはわからない。
ひとりの鑑賞者として、ただ言えるのは、これまで見たどんな抽象絵画よりも、自分が絵の中に身をたゆたえ安心できる世界がそこにある、ということ。あの絵の前にぜひとも立ってみたい、そんな切望が湧き上がってくる作品たちだった。