餓 王 化身篇
あらすじ
紀元前十五世紀の古代インド。
先住のドラビィダ人が農耕と牧畜で生活している大地に、アーリア人が武力を持って侵入している時代。後のインダス川と名前を変えた七大河に戦乱が満ちている。
かつて高度な文明を駆使して大地を支配していた、神々と呼ばれた民族は天空に去った。神々の文明の残滓は形態を変えて綿々と継承されている。その技術が形骸や呪術的な形態と成り果ててても、ドラヴィダ人は過去の文明を遺し続けることをその都市の目的としている。
アーリア武官でありながら追放の身となった私の前に、ドラヴィダ人の皇太子たる餓王、つまり餓えたる王が姿を表す。
餓 王 化身篇 1−1
1
そこは戦場であった。
荒れ果てた荒野に骸が横たわり、戦塵が陣をうずめていた。
疲労しきった兵士が、膝を抱いて石のように固まって眠っている。その身体を黄砂が薄く覆い、そのまま大地が彼の生命を呑み込もうとしているようであった。
コト・ディジは、堅焼煉瓦の要塞で知られている。
私は六千の部隊を率い、土塁と煉瓦で被われたその城砦を囲んでいた。
攻城戦に六千とは寡兵だが、戦線が延びきっておりやむを得なかった。救いとしては、私自身が鍛えあげられた五百の騎馬隊を持っていることであった。
落ちかけた陽光が風を呼んでいる。
歩哨の角笛が、もの悲しい音色を風に乗せてきた。風の向き次第では驚くほど遠くから届けられる。夜ともなれば、郷愁を揺さぶるその余韻が兵士の瞼を濡らした。
恐らく私は凄惨な顔をしてこの風を受けていることだろう。
この都市はランカよりも古く成立した城塞都市である。
ランカとは「島」を意味する単語である。またランカとは七大河(インダス河)の支流が糸のもつれのように交じり合う、その砂州のうえに築かれた都市の名前でもあった。その様子がまるで大洋に浮かぶ島のように見えたのである。
水上輸送の要衝という利点は、防御が難しいという弱点と表裏をなす。
ランカが安逸に繁栄を享受するには盾が必要であった。
コト・ディジ全体が城壁のような役割を持つ、特異な町であった。
つまり傭兵を養い、大河を溯って運ばれた貢ぎ物を荷解きし、流入する人民を選別する前衛都市であった。
ランカが隆盛を極めたある時期、新運河が掘削され、支流パルシュニーの流路が変更された。そのためにコト・ディジは、都市自体が置き石のように捨てられた時期があった。
それはあたかも、亀が死して、その甲羅だけが取り残された感があった。
都市の再建はあの十王戦争に端を発する。
戦難を逃れてきたランカびとの、王国再建への橋頭堡となったのだ。
廃墟となったランカから様々な知識と、技術が掘り出され、運び込まれた。それは現在となっては奇跡のような技に満ちたものであった。
だがこの構想は難民の間に流行った疫病で潰えた。王権をもつ一族は後継者がたたず、ついに王国は滅亡した。求心力を失ったコト・ディジは再び衰亡の道を歩む。ただ落ちぶれながらもこの都市は、ランカの知識や技術を、断片的ながら保有していた。
かつては永遠の都と謳われたランカ。
いまとなっては、その廃虚はモヘンジョダロとも呼ばれている。
緑豊かであった土地は、今は砂嵐が押し寄せる熱砂漠となっている。
神々の兵器、アネグアが使われた砂漠の中心は、シャリーラの呪を恐れて鳥さえも近づかない。
その砂漠では、一日迷うと奇形の子が産まれ、三日迷うと髪の毛や爪、歯などが抜け落ちる。そして五日迷うと臓腑に血溜りができて、身体が黒蛭のように膨張し、命が半月ともたない。
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