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ミロと、その女の子
ミロは白くて小さな女の子だ。
片方の目の周りだけ毛が薄茶色で、それがミロの愛らしさを強調している。
雑種なのだと、ミロを連れているその子は、年齢といっしょに教えてくれたのだ。
もう何年前、その頃お互いの犬、ぼくのほうは真っ黒い雑種のノンを連れていて、その時ノンが4歳で、ミロは7歳だったと思う。
だからそれはもう6年も前なのだとわかる。
ミロを休日の夕方に散歩させているのはたぶん二十歳くらいの女の子だった。
あまりしゃべらない子だったけれど、ぼくが同じように近所の河川敷をノンと歩いているとよく見かけていて、なんとなく近づくことになった。
ぼくのほうもその白い小さな犬を遠目でもかわいらしいと思っていたし、たぶんむこうも犬好きなのだと思う。
雰囲気からぼくの娘、上の子の同級くらいかもしれないと、家はわかっていたので娘に聞いてみたけれど、知らないという返事だった。
お互いにあまりしゃべらないけれど、何度か散歩中に会ってそうやって少しずつ距離を詰めていくうちに、犬の年齢や名前くらいは交換できたのだ。
それ以上のことは、わからない。その家はそこそこ近所ではあるけれど、通りに面しているのは勝手口のほうで、日中ミロは外にいて、彼女もしくはその家族の散歩の行き帰りを目撃したりすることがあったから、そこだとわかったくらいだ。
ただ彼女はノンを撫でながら、ぽつりぽつり、かわいいと言ってくれていた。だからそれで問題はなかった。いわゆる散歩友達なのだと思う。
ノンとミロは女の子同士で、犬の同性同士はどちらかと言えばあまり相性がよくないような気がする。
ノンは体は大きいけれど、ちょっと臆病なところがあって、散歩中に会うとたいていミロのほうが先に吠えて、ノンは少し引く。でもお互いの飼い主がお互いの犬を黙ったなりに撫でていると、どちらも落ち着いてきて匂いを嗅ぎ始めたりするのが常だった。
そういったわずかな交流が月に1、2度あり、そしてそんな関係が1年と少しくらいは続いたと思う。多くの散歩友達と同じと言えば同じだけれど、犬の名前と休日の散歩時間だけでつながっていた。
ある時、いつものように夕方の散歩の終わり頃にミロの家の前を、正確にはその勝手口の面している通りをノンと歩いていたら、ドアを開けて突然彼女が出てきた。これからミロの散歩、というのではなかった。
そのまま家と道路の間にある用水路に架かったちいさな橋を渡ってぼくたちのほうへやって来て、いつも散歩中にするみたいにしゃがんでノンの背中を撫で始めた。ノンもそれでいつものように嬉しそうにしていたけれど、ちょっと珍しいシチュエーションだなって、ぼくのほうは考えていた。
それまでの散歩中であればそれはせいぜい5分程度だったのだけど、その時はいつもよりも長かった。
10分?それとも15分?もっと?
ぼくのほうはすぐに家に帰らなきゃいけないこともなく一向に構わないし、そうしていることが緊張を感じさせる関係性でもなかった。
でもいつまでもそうしているわけもいかないと彼女ほうが思ったのか、立ち上がり、小声でじゃあ、とその場をあとにした。ミロがいっしょでないこと、少しだけ時間が長かったこと、いつもの河川敷ではないこと以外はいつもと同じだった。
そのできごとから何ヶ月か経ったころ、気がついたら彼女の姿を見ないようになっていた。
それまでも彼女がミロを連れていないときは、家族が散歩をしているのを見かけることはあった。両親もしくは見た目では祖父母なのかもしれない。けれどその女の子と違って家族のほうはぼくとノンのほうには関心を示さず、だからぼくもこちらから無理に近づくことはなかった。
散歩友達、は飼い主同士の関係性に依拠するところが大きいと思う。
その女の子がどうしてその時以来姿を見せなくなったのかは、結局のところ誰にも聞けずじまいでいる。
人は、知らぬ間に近づくこともあるし、知らぬ間に離れることもある。
そしてそこになにか理由があったとしても、それは避けがたい流れだったのかもしれない。どこかで元気にしていてくれたらそれでいい、と思うようにしている。
さみしい考え方だとは思う。
それでもその時とは反対に、ある時また彼女がミロを連れて歩く姿を見ることがあるかもしれない。
もしそうなったとしても久しぶりだねくらいの言葉だけを交わして、彼女はノンを、ぼくはミロの背中を撫でるのだろう。