まんがを描いています
小さい頃、よく『漫画家になりたい』と口にしていた。どこまで自分でも本気だったかよくわからないけれど、まんがが好きで絵を描くことが好きなら言いそうなことではある。
小学校も高学年になった頃、工業高校の機械科に通っていた兄の製図道具を見る機会があった。向こうからほら、と見せてくれたのかたまたま置いてあるのをぼくが目ざとく見つけて話しかけたのか。製図道具はいかにも高級そうな箱にコンパスやら定規やら、あとなんだっけ、色々な道具が整然と並んでいた。それは何かを描きたいぼくにとって垂涎もので、多分『いいなあ』とか心の声が漏れていたのかもしれない。
セットの横にはインク壺とペンも置いてあった。工業高校に行けばこんなものが手に入るのかとうらやましかった。
ところが兄が突然言い放った。
『やらんぞ!漫画家なんかなれるわけない!』
多分ぼくはそのセットをちょうだいとは一言も言ってない。絶対言ってない。ただ普段からその夢見がちな将来の希望は口にしていたから、兄にとっては、ぼくと同じく両親が離婚して父親とは別居していた兄にとっては気に入らない戯言に聞こえていたのだろう。
ある意味ではぼくの本気度を試されたとも言えなくはないが、急速にその曖昧模糊とした夢が萎んていくのをお腹の底で感じていた。そりゃそうだよね、ただ言うだけで努力をしているわけでもないし。それ以来その夢のことを語ることは無くなった。次に替わるものも無かった。
それから驚くくらいの年数が経ち、インターネットが発達するとたくさんの人が自分の好きなものを自由に発信できるようになっている。
ぼくもこうやってネット上に文章を公開したり撮った写真を載せたりしている。最近は何年かぶりに水彩画も描き、流れでノンを主人公にしたまんがも描いてみたりする。使う道具は鉛筆消しゴムボールペンマーカー類。Gペンとか持っていなくてもケント紙でなくてもスケッチブックに描いてコンビニでスキャンしてスマートフォンに取り込んでインターネットに公開する。上手も下手もなくて、好きだから描いて書いている。
『家』を名乗ると職業っぽくなるけれど、まんがも描いています、くらいなら許されるのではないかと、文章を書いています、写真を撮っています、絵を描いています、言っても許されるのではないか、許して欲しい。
ノンのまんが(ノンさんぽ)はめでたく2話目を公開した。3話目も完成している。
『まんがを描いています』
夢がかなった瞬間である