13回目 税務調査の在り方について 11
「税務調査の在り方」
6 税務の組織(環境)はどうあるべきか
税務の組織は安泰なのだろうか。組織力は十分にあるのだろうか。「不正は必ず暴かれる」と言い得る組織なのだろうか。税務の組織には、チェック機能(コンプライアンス)とフォロー機能(ガバナンス)も必要だと思うが、これらは機能しているのだろうか。
初めに、税務の組織が何を目指しているのか。現状をどう認識しているのか、それをどう改善しようとしているのか探りたい。
まず、国税庁が掲げている「国税庁の組織理念」を確認してみる。
<国税庁の組織理念>
〇使命
納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する。
〇任務
内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現
酒類業の健全な発達
税理士業務の適正な運営の確保
〇組織として目指す姿(信頼で国の財政支える組織)
経済社会の変化に柔軟に対応し、納税者の利便性を向上させ、絶えず進化し続ける組織。
課税・徴収を効率化・高度化し、幅広い関係者と連携しながら、厳正かつ的確に調査・滞納処分を行う組織。
職員一人一人の多様性を尊重し、明るく風通しが良く、チームワークで高いパフォーマンスを発揮する組織。
〇行動規範(使命感を胸に挑戦する税のプロフェッショナル)
職務上知り得た秘密を守り、綱紀を保持します。
不正を断固として許さず、公正かつ誠実に職務を遂行します。
参加意識とチャレンジ精神をもって、常に業務を見直し、事務を効率化・高度化します。
専門的な知識や技術の習得に努め、自らの能力を最大限に発揮します。
この組織理念の中に、「公平な賦課及び徴収」「絶えず進化し続ける組織」「職員一人一人の多様性を尊重し」「使命感を胸に挑戦する税のプロフェッショナル」などのフレーズが見て取れる。税務の組織は、税務調査がどうあるべきかを税務調査官の責任感や使命感で論じていないか。国家公務員としての責任感や使命感が当然に備わっているものとして、それを前提に調査事務運営が行われていないだろうか。
理念としてはどれも納得ができるものであるが、これらの理念を具体的にどの様に実現させるのかが問題なのだと思うし、それを議論することが重要ではないだろうか。
私が思うに、国税職員は真面目な人が多く、皆一所懸命に仕事をしている。責任感や使命感だってある。これは間違いない。ただ、大義である「課税の公平」を実現・維持させるために、それだけで足りるのだろうか。税務調査は、調査能力が高ければ高いほどその能力の発揮を加減できてしまう。そして、手加減しているかどうかを客観的に見極めるのは難しい。調査能力が十分に発揮されなければ「課税の公平」は実現しない。何が必要なのか。
「課税の公平」に必要なのは、高い調査能力はもとより、誘惑や圧力に屈しない強い正義感ではないだろうか。そして、正義感に誘発された高いモチベーションではないだろうか。正義感が更なる使命感や責任感と更なるやる気(モチベーション)を育てるのだ。そしてやる気を高めるためにも、できるだけ早く成功体験をさせることではないだろうか。
やる気については、次の四つのパターンがあると言われている。組織はどの様に評価するのだろうか。
① 「やる気があって、結果も出す」
② 「やる気があるが、結果が出ない」
③ 「やる気がないが、結果が出る」
④ 「やる気もないし、結果も出ない」
④は論外であるが、厳しい評価と共にやる気に対する適切な指導が求められる。①は問題がなく、高い評価と手厚い処遇というところか。問題は②と③であろう。③の結果は評価すべきだが、やる気がないのは問題である。これもやる気の適切な指導が必要であり、上手く行けば更なる結果が期待できる。②はやる気が空回りしている。結果が出ていないので評価する訳には行かないが、放っとけない。やり方の適切な指導が求められる。
組織は結果を評価すべきだが、やる気がある者を上手に育てるべきである。そして、やる気がある者を増やすべく、職員を上手に育てるべきである。
税務の組織には、「課税の公平」を実現・維持するために、職員の気持ちの中に正義感を育て、高いモチベーションを持たせた上で、高度な調査能力を身に付けさせて、それを発揮させる責任がある。そのために必要なインセンティブや組織体制(制度やルール、組織や人材、戦術や戦略)などの税務環境を、どのようなものにするのかが問われているのではないだろうか。
・・・<経験談⑦> 競争と組織力
この書の冒頭で指摘した問題点に関連することであるが、私のこれまでの税務の経験から、私が憂慮している組織の問題点をいくつか指摘した上で、私の見解を述べたい。
まず、私が特別国税調査官の時に経験した税務調査の現場の状況について話して置きたい。
特官は、いわゆる富裕層を所管し、その中で大口・悪質などの調査困難事案を税務調査対象として調査を行って来た。課税の公平という大義と特官が豊富な調査経験や高度な調査能力を有していることを前提にすれば、大口・悪質など調査困難事案を調査すべきということになるからである。私は、特官になる前もなってからも、正義感を持って税務調査に取り組んで来たし、良好な調査実績も上げて来たつもりである。私は特官の立場を考えて、できるだけ大口・悪質と思われるような調査困難事案を選定して調査に積極的に取り組んで来たのである。
元々問題があると思われる調査事案に着手するのであるから、調査が進んで行くと不正が見えて来るものである。納税者も初めは和やかな態度で調査に応じているが、調査が進んで不正の実態が明らかになって来ると、態度が豹変するのである。税理士もそれに同調してしまうのである。残ったグレーの部分をなかったことにするためか、私の言動の揚げ足を取ったり、私の調査のやり方が高圧的だとか強引だとか言い出して圧力をかけて来るのである。挙句の果てには組織に対して苦情を申し立てて来るのである。客観的に見れば私に非はないし、不正の存在も明らかなので、やり方とか言動とかに言い掛かりを付けるしかないのである。そうすると、組織は私のこれまでの実績や人格を無視して、私の説明もろくに聞かずに「特官が何やってるの」「何で私の時に問題を起こすの」などと言い出して、「大変だ。大変だ」と大騒ぎになるのである。不正を把握しているにもかかわらずトラブルになってしまうと、調査を知らない上司は組織としての適切な対応ができないのである。私の調査手法と人格が組織に否定されたのである。
・・・<経験談⑧> 孤独
調査の実績というものは、誰でも出せるものではない。調査は人格と人格の勝負でもある。強い正義感や高い調査能力はもとより人格も備わっていなければ実績を出すことはできないのだ。人格が備わっていない者に、いい仕事ができるはずがないのである。実績に敬意を払えず、「問題を起こさなければいい」と、現場を知らない者が机上の空論によって指揮をしている。それでも指揮しようとするだけましになってしまうのか、何も言わない者もいるのである。
組織に逆らったことがない人が偉くなったら、逆らう者は許せないのだろう。私が正義感にこだわって調査に取り組み続けると、こんなことが何度となく繰り返されるのである。こうして私は、トラブルメーカーにさせられるのである。私は不正を把握したのである。不正と戦っているのである。納税者と戦っているのに、上司とも戦わなければならないのはとてもつらいことである。そうして私の承認欲求はズタズタになる。
そうではなく、背中を押して貰いたいのである。「すべての責任は私が取る。徹底的に調査してもらいたい」と言われるような組織のバックアップが欲しかった。私の税務調査の実績を主としたキャリヤを認識した上で対応して貰いたかった。でも、背中を押して貰えなかった。残念ながら、私には後ろから矢が飛んで来るようにしか思えなかったのである。
組織が職員への対応を誤ると職員の士気が低下する。士気が低下すれば正義感も低下する。正義感の低下は調査権限の放棄にもつながりかねない。これが悪意のある納税者や税理士に付け込まれたらどうなることか。組織の賢明なる対応を期待していたのだが。
これらは、組織の対応が何も変わらないので、私が職員の代弁者のつもりで述べているのである。
では、組織の問題点を具体的に指摘したい。
<続く> 次回は、「(1)調査件数至上主義の弊害について」からになります。