11回目 税務調査の在り方について 10

5 税務調査はどうあるべきか

 命に次に大事なのが「金」という世の中であるが、命の次が「プライド」の世の中にできないのだろうか。
 税務調査の背景にあるものを理解した上で、所得税の税務調査がどうあるべきかを考えてみた。
 あなたは、「9・6・4(くろよん)」や「10・5・3(とーごーさん)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これらは税の不公平感を表す俗語であり、数字は所得税の負担(捕捉)割合を表したものである。本来負担すべき所得税の9割とか10割の所得税を負担しているのはサラリーマンで、6割とか5割の所得税しか負担していないのは自営業者で、4割とか3割の所得税しか負担していないのは農業所得者だというものである。これは大分前に言われていた言葉であり、その後の税を取巻く環境の改善によってこれらの負担割合は相当改善されている。もちろん、正直にきちんと納税している自営業者や農業所得者がいることも間違いないが、一方で不正行為(脱税、仮装隠ぺい)が未だに存在しており、「正直者が馬鹿を見ている」のもまた事実なのである。
 では、税務調査はどうあるべきで、税務調査官は税務調査にどう向き合ったらいいのだろうか。
 税務調査は、その目的と手段・方法が適法・適正でなければならない。私はあるべき税務調査の要件として、①法令とその精神を遵守した調査であること、②公正な調査であること、③真相の究明を目的にした調査であることを挙げたい。
 税務調査官は国家公務員なので、法令を遵守するのは当然なことになる。ここで強調したいのは、税務調査官には法律で強力な権限が与えられていることである。税務調査の対象者は、正当な理由がなければ税務調査を拒否することができないのであり、言い換えれば、税務調査官は正当な理由がなければ税務調査をしなければならないのである。つまり、税務調査官は正当な理由がなければ税務調査を尽くさなければならないのである。
 ただ、国税通則法第74条の8(権限の解釈)の規定により、質問検査権(間接強制で黙秘権がない)を査察調査(任意調査で黙秘権がある)のために行使してはならないのである。
 税務調査官には法律で強力な権限が与えられているが、一方で納税者の権利を尊重する義務もある。税務調査が課税の公平を担保するものでなければならないが、納税者の権利とのバランスを上手に取る必要があり、そのバランスを取ることが公正な調査につながるのではないだろうか。つまり、課税の公平を担保するには、公正な調査が不可欠なのである。
 真相を究明するための調査を行うには、税務調査官に正義感と共に相当の調査能力が備わっていなければならない。この正義感とは、社会正義を守り抜く強い精神と堅い意志ではないだろうか。調査能力とは対人力でもあり、毅然としながらも柔軟さを持ち合わせ、真実を引き出す調査力と対話力(コミュニケーション能力)ではないだろうか。そして、情報収集力、連想(想定)力、分析(解析、解明)力、判断力、行動力、説得力などを持ち合わせた柔軟な対応力(調整能力)であり、これらの能力に基づく質問力、物読み力、反面調査力、決断力、説明力ではないだろうか。更に、得意な専門知識を身に付けることではないだろうか。この調査能力の大きさは、税務組織による教育と税務調査官の自己研鑽に頼るしかない。税務調査官としては、能力が足らなくて過少申告を見過ごすのは仕方ないことになるが、反省と今後の研鑽が求められるのである。
 このように税務調査には権力が与えられる一方で能力が求められるのである。「権力を振りかざすのは良くないが、行使しないのも良くない。能力が無いのは良くないが、あっても発揮しないのは良くない」のである。
 時代が変わっても、納税者とのやり取りなど人対人の関係をはじめ、税務調査の基本は変わらないはずだ。AIに取って代わることができないものがあるのではないだろうか。
 税務調査には色々な専門知識があることに越したことはないが、専門知識だけではどうにもならない。税務調査に絶対的に必要なものは対人力(対話力など)である。税務調査に専門知識が必要なら、補えば良い。調査事案に応じて、その業種に精通した者(業種担当)、ITやコンピューターに強い者(情報技術担当)、語学や国際取引に強い者(国際担当)など様々なエキスパートを同行させるなど、専門知識を上手に使えば良いのである。専門知識は税務調査の武器であり、その武器を上手に組合わせて使うのも調査能力であり、その大きさが戦力なのである。
 このように必要に応じて、業種担当、情報技術担当、国際担当との連携が柔軟に取れるような調査体制を構築するのである。
 税務調査において、黒を白にするのは犯罪である。白黒付けられるものはいいが、税務調査では白黒付け難いものも多い。いわゆるグレーゾーンである。そのような事情から、質問調査が必要なのにしなかったり、物読みが必要なのにしなかったり、反面調査が必要なのにしない税務調査が出現してしまう。諦めだったり、手抜きだったりと、グレーが逃げ道になってしまうのである。税務申告の是非を判断するために必要な調査を尽くさずに、調査を終えてしまうのである。調査を知らない上司は、「何もなかった」という復命に何も言えないのである。
 結果が出せなくても、「自分には調査能力がなかった」を理由に逃げる。手を抜いても、「これは不正ではない」と自分を納得させる。調査件数さえ消化していれば、調査内容については組織から言われることもない。これがまかり通ってしまうのである。
 税務調査の現状について、私の経験を話して置きたい。
 私は、常に「何とか真実を掴もう」「不正があれば、何とか重加算税を掛けよう」「更正ではなく、何とか修正申告に持ち込もう」などと正義感を持って内容にこだわって来たし、一方で調査件数のプレッシャーとも戦って来た。
 大口・悪質事案に本気で取り組めば、納税者側も本気で対応して来る。それが行き過ぎることもあり、結果としてトラブルになってしまうのである。でも正義は曲げられないので、その対応に相当のエネルギーと事務量を要することにもなる。そうすると、組織から「何をやっているんだ」ということになってしまう。組織に背中を押されるのではなく、足をすくわれるのである。納税者に悪意があれば、公正な税務調査は困難となり「課税の公平」は果たせなくなるのである。
 調査拒否や虚偽答弁に対して罰則はあるが、適用された話を聞いたことがない。『伝家の宝刀』とやゆされており、結局のところごね得になっているのではないだろうか。事なかれ主義によって、税務調査官のストレスは増大し、モチベーションが低下するのである。
 税務調査に「大義」と「正義」がなくなれば、とんでもないことになるのである。
 税務の組織としては、「課税の公平」を担保できる体制を構築しなければならないはずである。圧力に屈しない組織体制である。それには職員の強い「正義感」と高い「モチベーション」に裏打ちされた強力な組織力が必要なはずである。
 税務の組織に何が求められているのだろうか。税務の組織がどうあるべきかを探りたい。
 
<続く> 次回は、「6 税務の組織(環境)はどうあるべきか」になります。


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