15回目 税務調査の在り方について 13

「税務調査の在り方 6 税務の組織(環境)はどうあるべきか」の続き

(4)現場を無視した机上の調査事務運営の弊害
 書類の紛失など何か不祥事が起こるたびに、調査事務の取り扱いが厳しくなって来た。税務調査に必要なものが禁止になるのである。これは本末転倒ではないか。
 象徴的な例を挙げれば、税務調査で借用を要する関係帳簿書類の留置きや税務調査でメモに必要な小手帳に対する取扱いや運用の在り方である。
 「現場で精査して、真に必要なものを留置きせよ」といった通達がある。これ自体はあるべき姿であると思うが、これが現場では「何で留置きしたのか」から始まって「コピーすれば留置きしなくて済むだろう」や「必要なものをコピーして、すぐ返却しなさい」などということになるのである。現場で借用の要否の判断をするのは簡単ではない。必要十分な留置きをすべきである。そして、物読みは原本でするものである。筆圧はコピーでは分からないし、筆跡や印影などもコピーでは不十分である。これは、調査の基本が無視されているのである。
 また、「年末や異動の時期には、留置き書類を一旦返却せよ」といった通達まで出てくる次第である。調査に必要があって留置きしたのであるから、必要がなくなるまで留置きするのは当たり前のことである。納税者側の要求に応じて一旦返却したら、破棄されてしまった事例があった。一旦返却してまた留置きしたとしたら、お互いにどれだけの事務量が掛かることか。
 深度ある調査をしたことがない者には理解できないと思うが、何度も物読みをしてやっと領収証の偽造が判明した事例は沢山ある。必要なものを必要なだけ、必要な期間留置きするのは当たり前である。これは、留置き物件の保管の在り方と上司のマネジメントの在り方の問題である。要は、納税者にきちんと説明をして、きちんと手続きをして、きちんと保管管理して、必要に応じて納税者と連絡を取り合えば留置きによる問題は生じないはずである。
 また、調査に当たっては、両手を空けていつでも動けるように、たすき掛けに背負える調査かばんを用意し、いつでもどこでもメモが取れるように小手帳(A6サイズ)を使うのがプロとして当たり前だと思っている。小手帳なら、胸ポケットにもズボンのポケットにも入るし、カバーを付けて紐を通してベルトに繋げば紛失することもないのである。ルール上では、A4サイズの調査用ファイルを使用することになっているが、これではかさばってどこでも開くことはできない。
 正しい在り方だと思うことが消極的な理由で否定されてしまうと、プロ意識や正義感がある者ほどモチベーションが低下してしまうのである。
 セキュリティーの強化も理解出来なくもないが、本末転倒になっては意味がないし、その方法と効果を十分に吟味して運用してもらいたい。
 
(5)問題に目をつぶる調査事務運営の弊害
 調査手続事務量が増大している。
 法改正によって調査手続が明確化され、法律的に税務調査は更正が前提になったが、現場では「調査のやり方は、これまでと同じで何ら変わっていない」などと修正申告を前提とした指示が行われており、更正を前提に調査をしていない現状がある。
 法の趣旨は、調査手続の明確化や説明責任の強化であり、更正を前提とした調査を示している。修正を前提とした調査と更正を前提とした調査では、その事務量の差が絶対的に大きい。事務量の面から、事実上当初から更正を前提にした調査はできないのである。
 これまでは、修正申告が叶わなくなった時点で更正を前提にした調査に切り替えていたが、新法では、調査結果を説明した後は調査を続行できず、修正申告が得られなければ結果通り更正しなければならない。調査というものは、その過程で問題点が次々に発生するものであり、調査額が常に変動するものである。納税者からすれば、修正申告をするかどうかは最後に決めればいいのである。調査の過程では修正申告の意向を示していても、土壇場で覆すことができるのである。特に、悪意を持った納税者への対応が難しくなったのである。
 修正申告を前提とした調査が未だに続けられるのには、いくつかの原因があるのではないか。
 一つには、納税者や税理士が、まだ調査手続の明確化を十分に理解していないことやまだぎりぎり税務調査の信義則が守られているからではないだろうか。
 もう一つは、現場の調査担当者が努力や苦労や無理をして対応しているからではないだろうか。
 現場では、法令上の調査結果の説明ではない旨宣言した上で、問題点の指摘という形で現時点の調査結果を説明し、修正申告の確信が得られた時点で法令上の調査結果の説明に切り替えて対応している。更正を前提にした調査に移行させるかどうかの判断が難しく、問題点の指摘を連発しながら納税者の意向を見極めているのであり、明確な調査結果の説明をしないままに修正申告に至っているのである。
 このような調査の在り方が、法の趣旨に照らして妥当なものかどうか。そもそも変わっていないことが変である。つまり、組織が見て見ぬ振りをして、組織全体が辻褄合わせで凌いでいるだけではないのか。
 
(6)的外れの危機管理
 職場での人間関係が希薄になり、コミュニケーション不足になっていないだろうか。
 統括官が皆下を向いて仕事をしている。統括官の仕事が多過ぎるのである。不祥事が起こる度に、チェック項目が増えて行く。結果、十分な指導・監督が出来なくなり、部下とのコミュニケーションも不足する。これでは、調査手法の伝承もままならないし、これだから非行が起きるのである。
 私が知るかつての統括官には余裕があった。部下の顔色を観察しながら仕事をしていた。よく部下と話をしていた。税務調査の話だけではなく、世間話もした。酒や麻雀にも誘われた。お陰様で、雑学から様々な専門知識まで吸収することができたし、対人力も強くなった。こうなると、個人的な身上も話せるようになる。そして、「この人の顔に泥を塗れない」となるのである。
 非行を防ぐ最大の武器は、コミュニケーションの日常化ではないだろうか。

(7)事なかれ主義の弊害
 組織では、以前から『風通しの良い職場環境の醸成』がうたわれて来た。
 組織における意見交換の場などで、幹部がよく「忌憚のない意見を述べてもらいたい」などと言うことがあり、私は調子に乗ってよく言いたいことを言ったものである。矛先は総務系統が多くなりがちで、幹部のお膝元ということになる。
 意見(苦言)を述べることは問題提起でもあり、係る担当者の行いを否定することになったり、負担を大きくしたりすることにもなる。解決策がセットになった意見ならば幹部も聞く耳を持つが、答えが用意されていない問題提起となると嫌がる幹部が多いのである。「忌憚なく」と言って置きながら、事を起こされると不愉快になるらしい。これも事なかれ主義ではないか。

(8)柔軟性を欠いた調査事務運営の弊害
 「組織は調査のプロを育成している」と言えるのだろうか。業種別指導を止めたようであるが、業種の精通者は育っているのだろうか。「この業種は私に任せろ」「あの業種は〇〇に聞け」「ITなら○○だ。国際取引なら○○だ」などの声は聞こえるのだろうか。
 調査官の調査能力を向上させて組織力を高めるには、机上研修、実地研修、業種別研修などの研修の充実を図って、業種、情報技術、国際取引などの精通者を組織的に作り、それらを上手に使う必要があるのではないだろうか。
 また、非協力問題事案の調査体制が適切なものと言えるのだろうか。
 非協力問題事案が増大しているが、調査体制が脆弱なため、調査事案の長期化、複雑困難化を招いている。
 どのレベル(国税局か税務署か、特官か特調かなど)で、どのような調査体制が適切か検討して決定する仕組みが脆弱ではないか。
 国税局の看板は、影響が絶大である。上手に使うべきである。
 
<まとめ>
 税務の組織に求められるものをいくつか述べたい。
①    税務調査が適正に行われるように税務環境を整備すべきである。
 例えば、
・調査計画件数の達成度にこだわらず、調査の内容(質)にこだわった調査事務運営を行う。
・調査能力を高め、職人(業種、情報技術、国際取引などの精通者)を育てるような人材育成をする。
・そのために、研修(机上研修、実地研修、業種別研修等)を充実させる。
・そして、できるだけ早く成功体験をさせる。
・調査に関するデータを集約して調査に活用するために、調査データバンク(業種別、科目別で、誰でも閲覧、書込みができるもの)のようなものを創設する。
②  正義感を育て、モチベーションを高めて、組織力を強化すべきである。
③  職員の使命感や責任感を高める(非行防止にもなる)ため、コミュニケーションが充実するような職場環境を醸成する。
④    厳格でありながら、思いやりのある組織体制を構築すべきである。
⑤  職員の背中を押す組織であるべきである。
⑥    現状を見定めて法律・通達を制定し、または改正すべきである。
⑦    税理士会や協力団体との協力関係を発展させるとともに、必要な(実効ある)指導・監督をすべきである。

<続く> 次回は、「7 納税者はどうあるべきか」になります。


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