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【小説】 2つの虹を見た日

 大学の講義が終わった帰り道、いつも一緒に帰る2人がいる。
 友だちの落ち着いたしっかりものの優等生の理恵と、オシャレが好きでいつも新しいことを見つけてくる美穂は、私とは正反対の性格をしている。
 あまり人と話すのが得意ではなく、クラスの日陰にいる存在の私と、クラスの日向にいる存在の2人がどうして仲良くなれたのかは、私も分からない。
 でも友だちって、見た目とか性格で決めるものではなく、自然となるものだと私は思ってるので、特に気にしたことはない。きっとこれからも、この先も、気にする事はないんだと思う。

 大学の講義がいつもより早く終わり、まだお昼ご飯を食べる前ぐらいの時間。
 その日は雨が降っていて、傘を忘れた私は雨が止むまで待つか、事務室に借りに行くか迷っていた。
大学には学食も購買もあるし、私は一人暮らしで、大学から徒歩5分のところに住んでいるから時間もある。2人は実家暮らしで、バスに乗って帰るから時間は限られていた。
 2人に一緒に待ってもらうのも申し訳なくて、先に帰ってもらおうとしたが、友だちの理恵が「せっかく早く終わったんだし、久しぶりにご飯でも行かない?」と提案してくれた。私たちはその提案に乗って、お昼ご飯を一緒に食べることにした。
そして、傘がないのは私だけだと思ったが、2人も持っていなかったようで、顔を見合わせて笑った。
 とりあえず雨を凌げるものはあった方がいいよねと話して、3人で事務室に行って傘を借りに行くことにした。

 事務室は、私たちの資格の申請や忘れ物、落し物の貸し出しなどをしてくれている。私たちは資格を取る授業を多く受けていたので、事務室に来る機会はたくさんあった。
 事務室ではいつも担当の人たちがデスクワークをしながら、学生を迎え入れてくれるのだ。

 いつも通りに事務室に行くと、楽しそうに、でも急いで外に向かって行く事務員がたくさん見えた。いつもとは違う様子に、何があったのだろうと少し不安になる。
 外はまだ雨が降っている。さっきよりも小雨で降ってはいるが、わざわざ濡れに行ってまでも外に向かう人たちのことがよく分からなかった。
「……どうしたんだろうね」
 私が理恵と美穂に問いかけると、事務の高良さんという男の人と仲のいい美穂が、丁度カウンターにいた高良さんに聞いてくれた。
「高良さん、みんな一体どうしたんですか?」
「虹が出てるんだって」
「え、でもまだ雨が降ってるじゃん」
 高良さんと美穂の会話を少し離れたところで聞きながら、外へ向かっていく事務の人たちをよく見た。するとさっきは気が付かなかったが、みんな携帯を持って外に向かっていた。
 事務室の人みんなが興味を持つ虹が気になり、私は2人に近づいて、口を開いた。
「ね、私たちも見に行こ!」

 外に出て目に入ったのは、青空に色がはっきりと映し出された虹だった。
しかもその虹は1つではなく、混ざり合うように2つ出ている。
 私は直ぐに写真を撮ったが、2人は虹に見とれていた。いつもならば、2人が真っ先に写真を撮っているのだが、その日は違った。
少しだけ降っている小雨も気にならないぐらいに綺麗な虹を静かに見ていた。
「綺麗だね……」
 理恵がぽつりと零した言葉に、やっと私たちは会話をする。
「初めて見た、虹って2つも出るんだね」
「私だって初めて見た!」
 私の言葉に美穂が同意して、楽しそうに笑う。
「今日はいいことありそうだね」
「今日は授業もう終わっちゃったけどね」
 理恵の言葉に美穂がそういうと、理恵はため息をついた。
「そういうことじゃなくて、まあ、あとは帰るだけなんだけどね」
「美味しいご飯食べようね……」
 理恵に対して私はそう言うと、2人は笑った。
「え、なんかおかしなこと言った!?」
 突然笑われたことに驚いていると、2人は笑顔のまま答える。
「優子らしいわ」
「ほんとにね」
 2人はそう言って、スマホを取りだし写真を撮った。
「あ、雨やんできた」
「ほんとだ〜! じゃあ、傘借りる必要亡くなったね」
 私がそう言うと美穂はそう言って、スマホをしまった。理恵も同じようにスマホをしまって、虹を見上げる。
 段々と薄くなって行く虹を見ながら、私はまたぽつりとこぼす。
「何食べに行こうか」
「食べることばっかり! じゃあ、そろそろ行こっか?」
 理恵の言葉に頷くと、2人は私の前を歩き始めた。なんでそんなに笑われてるのか分からなくて、首を傾げる。
 居なくなる前にもう一度虹を見ておこうと顔を上げると、虹は雲に隠れて見えなくなっていた。
「スマホの中に写真はあるけど、肉眼で見る光景の方が何倍も綺麗なんだね」
「当たり前でしょ? でもまあ、そんなボケた優子が好きなんだけどね!」
 美穂はそういうと、優子の方を向いて足を止めた。
「まあ、そんな優子だからいいんだけどね」
 理恵はそう言いながら、どんどん歩き始める。もう一度だけ空を見上げて、今日はいい日になりそうと心の中で思う。
「置いてくよー!」
「あ、まってー!」
 理恵の言葉が聞こえて、返事をしながら走り始めた。

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