細い歩道で人とすれ違うとき 首だけでヘコッと会釈をする。 なんの感情も乗っていない仕草。 言葉にするなら すんませんー。どうもー。だろうか。 とはいえ口に出す価値さえないような無味無臭の感情。 それゆえの会釈。 お互い悪くないし、特別良いことをした訳でもない。 今日は良いお天気ですね という挨拶を略すまでもない。 だからこその会釈。 あなたを認識していますよ。 争う気はさらさらありませんよ。 腹を見せる程の大事じゃないですよね。 この場を取り繕うための会釈。 無くても
1時間半=30分 1時間を半分にする=30分 の意味だと思っていた。 少し考えたら、30分をわざわざ回りくどい言い方をする必要がないことに気づきそうなものなのに。 半分にする対象を明示しないと不親切な気がしちゃったんだもの。 いまでも覚えている 幼馴染みと小学校の廊下を歩いているときに 1時間半って90分じゃなくて30分でしょ?とそれらしく語ってしまったことを。 彼女はそれが30分だと納得してくれたことを。
学生時代に何度か行ったことのある古着屋に、久しぶりに行ける機会があった。 実に6年ぶり?もっとかも。 派遣のバイトで数える程しか行くことがなかった場所にある。 今でもお気に入りの一軍Tシャツを買ったお店。 店内を見渡すと、目についたのはパーカー。 好みだけど予算ギリギリ。 それでも滅多に来られない立地の店。 すぐに脳内会議が始まる。 こんなに頑張って生きてるんだから、買っちゃえば?? いやいや、あんた、この系統はどうせ買っても着ないでしょ その前に、頑張ってないじゃんw
数字が好き。 子どもの頃から算数が好きだった。 歳を重ねるうちに、いつの間にか数字そのものに魅力を感じるようになっていた。 その程度は性癖と呼んでも良いほど。 素敵な数字柄を見ているときは交感神経が活発になるのを感じる。 デザイン性がなくとも、素数一覧表を眺めているだけだって喉が渇く。 私は当たり前に数字柄が好きなので、世間的にも一定数の需要があるはずだと思っている。 それなのに。 その割に商品が少なすぎる。 この大インターネット時代に休日の全てを注ぎ込んだって、出
いつだって帰りたい。 家にいたって家に帰りたい気持ちは持ち続けている。 もっと。もっと家に帰れるはず。 そう信じているのだ。 そりゃ家に帰りたくない日もある。 楽しすぎる飲み会はずっと終わらないでほしい。 それでも、結局家に帰れるから楽しいのだと知っている。 いつだって家に帰れる安心感。 旅行は大好きだけど、家にも帰りたい。 理想は0泊7日の旅行。 毎晩家を経由して、旅行したい。 家のベッドじゃないと眠れないとかじゃない。 一旦家に帰りたいだけ。 最近は家の近所のホ
気軽に旅行に行けなくなって久しいけれど、旅先でステッカーを買うのを恒例にしていた。 ロシアに遊びに行ったときには、プーチンのステッカーを買った。 ロシアと言えばマトリョーシカとかイースターエッグとか、土産物は色々あるけれど、プーチングッズも沢山あった。 行った先々で土産物屋さんを見て回って、質感とか構図が気に入ったステッカーを1つ買った。 我が家でたくさんのステッカーコレクションとともに飾られたプーチンのステッカー。 今は見るたびに不愉快な気持ちになるけれど、まだ剥がさな
大好きなMyFFF。 最近輪をかけて配信ライブが過多なせいで、課金しても長編を観る時間がなさそう。 今回は無料公開されている短編だけを楽しむつもり。 まだ17作品全部は観られていないけれど、今のところの1番好みだったのは「勇気をだせ!」。 ざっくり言えば弱々しい男の子が憧れの女の子に告白をする話で、テーマとしては私のストライクゾーンを大きく外れている。 そういう意味でも、MyFFFというお祭りじゃなきゃ観なかったと思う。 実際観てみると、告白された彼女の機転の効かせ方
最近、どうもトイレットペーパーが高い気がする。 いつも近所で一番安値のドラッグストアに行き、一番安い銘柄を買っている。 今の値段でも買えなくはないんだけど、私はケツを拭けたら充分なのだ。 今までと同じ紙質なのに。 100円も高いトイレットペーパーを目の前に、何度購入を延期したことか。 温暖化の影響? 2年前のトイレットペーパー不足で生態系が崩れたの? 一時的な値上げ? これから一生この値段なの? 店頭でのトイレットペーパーたちとの対話が絶えない。 家の在庫がなくなった
無限ファンデーションを観た。 1月中はDOKUSOで無料配信されていたし、音楽映画が好きだから。
家でダラダラしていると、救急車の音が聞こえてきた。 3台の救急車が右へ左へ、走り去っていった。 最近急に救急車が増えた気がする。 救急車を見かけるたびに 「がんばれー」 という母の声が頭の中で響く 母は救急車や消防車を見かけると がんばれー といつも応援していた。 まるで いってきます 行ってらっしゃい の挨拶のように。 当たり前な顔をして。 そんな母を横目に育った私も 救急車を見かけるたびに がんばれー と言葉に出てしまう大人になった。 がんばれー 私に応援され
状況が深刻であればあるほど、脳内にうっすら存在するギャルが思考を止めてくれる 生まれてこのかた、ギャルだったことはなかった。 コロコロコミックとドッジボールを愛するクソガキ時代を送り、女子がメキメキと女子になっていく中高時代は周囲に付いていけずボソボソ。 いつだって校内のギャルとは対極に存在してきた。 そんな私にだって脳内にうっすらとギャルが育まれている 子どもの頃にテレビで見ていたギャル。 V6に部屋を掃除してもらっていたギャル。 私が知っている平成初期のギャル。 大
目が覚めた瞬間、ガバッと身体を起こして部屋干しの衣類を指差し確認する。 ある…取り込んである… ホッとして、身体の力がするする抜けていく 布団に身体を横たえて微睡む。 悪夢を見た。 夢の中の私は目を覚まして、何の気なしに窓を開けた。 夜中に雨が降っていたみたいで、洗濯物が汚くずぶ濡れて、冷えきっていた。 いつもは念のため取り込んでから眠るのに、洗濯物のことを忘れて寝てしまったようだ。 ずぶ濡れた洗濯物を眺めながら、すぐさま洗濯スケジュールを組み立て直す。 昨日洗濯した
敗者復活。 さや香の漫才でめちゃくちゃ笑った。 正直、投票しても良いのか迷うほどに自分の笑いのツボでしかない。 私にはこのネタが面白いのかどうかを冷静に判断する基準を持ち合わせていなかった。 何度見ても赤子のように笑ってしまうもの第1位。 喧嘩仲直り王のAマッソ。酒を取り返そうとして空振った村上さんがびたーんと床にぶっ倒れるところ。 頭を空っぽにして、何度でもケラケラ笑ってしまう。 単独の幕間でびたーんと倒れる村上さんも、目の前でびたーんを浴びれると思っていなくて最高に楽し
錦鯉が強かった 面白いとか面白くないとか、好きとか嫌いとかを越えて、強すぎて笑うしかなかったし優勝するしかなかった。 私は基本的にしゃべり漫才が好みで、サイコなネタとボケ連発のネタが好き。 その点では、最終決戦はどの組も好みの系統で、どの組を応援しようか迷った。 オズワルドの友達のネタは大好きで定期的に動画を見ているから、パワーアップしていて笑いすぎて泣いた。 錦鯉とインディアンスが出ていたトッパレ(A)で、錦鯉とインディアンスに丸を付けて投票した日を思い出したりもした。
深夜高速を岡崎体育がカバーした。 そもそも原曲が最高だし、岡崎体育アレンジも間違いなかった。 昔聴いた斉藤和義アレンジも好きだったな。 いや、最初に深夜高速を聴いたのは斉藤和義アレンジだったかもしれない。 斉藤和義のアルバムを大量に借りた時に、生きてて良かったの集いを聴いたんだったか。 その後に学生時代にニコニコ動画で見た、ボーカルが頭から血を流しながら深夜高速を歌う姿はは衝撃的だった。 血が滾るのを感じた。 その前からフラカンのアルバムを借りて聴いていたけれど、あの動画
去年の春から、急に第2次世界大戦中のヨーロッパ関連の映画を観漁り始めた。 子どもの頃、図書室でアンネの日記を読んでショックを受けた。 その日から何日も悪夢を観るようになってからというものの、これまで戦争ものは避けてきた。 自分のなかでやっと消化できるようになったので、気になっていた映画を端から見始めた。 世界史は中学レベルで終わっていた上に、当時でさえクラスの最下層を漂っていた。 初めて知ること、言葉だけ知っているけれど状況がよく分からないままだったこと。 人物名や戦