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「朗読台本」仕事する前の彼は「星月堂へようこそ」

人の足取りはその人の性格に影響されていると思う。
 せわしない人の足取りは小走りで、のんきな人は少し重たげな音、僕の薫さんの足取りは少しゆっくりで、足音もそれほど立たない歩き方だ。
 
 僕は朝が苦手で、でも薫さんが朝から、ご飯の準備をしたり調べ物をしたり、動き回るから、僕も頑張って起きる。数時間後にまた、薫さんのベッドで眠ってしまうけど。
 
「ああ、おはよう」

 薫さんは小さく笑いながら、僕を見る。そしていつものように、頭を軽く撫でるのだった。僕も目を細くする。薫さん、ありがとうって。けれども、その言葉は喉を鳴らしてばかりの僕には伝えられない。

 あぁ、なんでこんなに大好きで、愛しているのに。
僕は猫だから、言葉として、薫さんに伝えられない。

 その日は朝から、薫さんは電話をしていた。

「いや、大丈夫だけど……相変わらず唐突だね」

「いいよ……明日、女性一名が追加で……そう、お初の人」

「大丈夫、不慣れな方だとしても、誠意をつくせば大丈夫さ」

「ああ、じゃあカモミールでお願いしようかな」

 優しい声で話す、薫さん。きっとこの電話はお仕事です。
 お仕事の時のまなざしは真面目であるけど、優しいのです。
誰かのためにつくせるのが、嬉しいのかな。でも、今日は休日なんだから、もっと休まなきゃ。僕は薫さんの足下で鳴きます。

「ああ、猫がね……じゃあ、今日はここで」

 電話を切ってくれました。薫さんは困ったように笑いながら僕を見ます。

「まったく、どうしたんだい」

 薫さんは僕を抱きかかえます。そして僕の瞳を覗き見るように、目線を合わせます。僕は目を合わせられると、猫の習慣なのでしょうか、とても緊張するのです。でもそれを悟らせたくなくて、にゃあんと一つ鳴きました。

「本当に甘えん坊だなぁ、君は……」

 薫さんは背中をささえてくれます。その軽やかな持ち上げ方に、僕はとても嬉しくなるのです。どうか、僕をもっと愛して。僕は愛してますよ。
 毎日毎日、休日以外は仕事のために僕を置いていったとしても。あなたは僕をとても大事にしてくれるのだから。こんなにキラキラした感情を、愛と呼ばずになんと呼べばいいのでしょうか。

 僕は前足を薫さんの肩に手をかけます。
薫さんは僕の背中を撫でながら、何かを呟きます。それは名前でした。
 誰かの名前。少し苦しげな声で薫さんは言いました。

「あの子も、君のように甘えてくれたら良かったのに」

「そうしたら、僕が……」

 僕を薫さんは、床におろしました。その顔はどこか切なそうに、僕を見ています。どうしてそんな顔をするのでしょう。僕も胸は苦しくなります。
 体が熱くなっていきます。

 ……僕は、薫さんに恋をしています。だけど知っているのです。
薫さんは別の誰かに恋をしていることを。しかもその相手に、事情があるのか、素直に告白できないことも。
 薫さんが本当に愛している人は誰でしょう。もしかしたら案外近くにいるのかもしれません。だけど、それは分からないのです。

 でも、薫さんの気持ちが本当は別にあったとしても、僕は……。
僕が薫さんのことを愛していることに、変わりはありません。

 いつか薫さんの隣にいるのが、僕でなかったとしても。
 僕は、薫さんが大好きなのですよ。

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