雨虫
群がる羽虫がやかましく
胸もとを飛び交い喉のほうへ
上ってくるので目が覚めた
雨を知らせる虫の名を
わたしに教えたのはあなただ
夜の壁に走る光の筋は
もがいた絶望の
引っ掻き傷に相当する
酒も飲まないのに吐き気がする
ここはさっきまでいた場所だ
いてはならないほうの世界だ
わたしはこっち側へ
いつでもどこまでも行ける
忘れようとしたあの少女が
湿った指でわたしの手を引く
その向こうは黒ぐろと
なにもないのに彼女は笑って
標識の先の深淵を指さす
覗いた小ぶりな歯は
真珠の粒と同じに美しい
わたしはあなたと
行く勇気がないよ
か細い声で彼女に言うと
少女は笑うのをやめ
乱暴に手は解かれた
いいよ勝手にすれば
うなだれたまま深淵に
消えた彼女をずっと見ていた
群がる羽虫がやかましく
まだ胸もとを飛び交っている
雨を知らせる虫の名を
何れ 愛してみせると
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