砂時計
こんばんは、さわひろ子です。
きょうは、ライブの間に
挟んでいたおはなしを。
ふんわり、なんとなく、
楽しんでいただけたら
うれしいです。
ちょっと長めの、
前後編組のおはなしです。
「砂時計」
1st stage
砂時計を見ると、
ぼんやり浮かぶんです。
どこかの新聞で読んだ詩の言葉が。
時は過ぎ去るのではなく。
なんだったっけ。
古い映画の台詞みたいで、
素敵だなあって、
確かに思ったんです。
【ムーンリバー】
きみとは随分長く連れ添って、
今頃になって諦めていた
子どもを授かりました。
内弁慶の娘が、歯を食いしばって
はじめての学校に向かいます。
春を告げる黄色い花が、
溢れそうに咲いています。
【mimosa】
その夜、きみと久しぶりに
お酒を飲みました。
時間っていうのは
いつの間にか過ぎ去って、
捉えられないねえ。
ぼくは、あの詩を
思い出そうとします。
いや、なんだったっけな。
酔いがまわってきたのかもしれないな。
【まつりのあと】
五月の連休を迎え、
今日までよくがんばった娘は、
くいしばった歯をほどいて、
口を開けて寝ています。
寝てたらかわいいんだけど、
起きたら怪獣なのよねえ。
きみは、怪獣の頭をそっと撫でました。
【dragon】
娘は、梅雨の時期には学校に慣れ、
放課後になると玄関に
ランドセルを放り出し、
友だちと走り回って
遊ぶようになりました。
子どもの頃って、
遊びの選択肢が今よりうんと
多かった気がします。
これから、かくれんぼを
してくるそうです。
夕立に気をつけてね。
【かくれんぼ】
はじめての夏休み、
家族で海に出かけました。
娘は夏生まれで、
名前に船の帆という字を
入れています。
海岸沿いのお土産屋で、
吹き硝子の砂時計を
じっと見ていたので、
誕生日にと贈りました。
【海里】
夏がゆっくり終わりに
近づいています。
子どもは終わらない宿題を枕にして、
よだれを垂らして寝ています。
柔らかいほっぺたを
夕陽が照らしています。
大人はこうして、
久しぶりに夏休みというものを
味わうのですね。
【故郷】
2nd stage
(mcなし)
【赤とんぼ】
夏休みが終わると、
秋はすぐそこです。
娘はあれ以来、
砂時計をすっかり気に入って、
ひっくり返しては
流れ落ちる白い砂を
見つめています。
ほら、今日はお祭りだよ、
早く着替えて遊びに行こう。
祭囃子が聞こえてくるでしょう。
【豊穣祭】
縁側で十五夜のお月さまを見ました。
まんまるでおいしそうだねえ、
と娘はうっとりしています。
ほんとだねえ。
白玉粉を買ってきたから、
みんなでお月さまを
つくって食べようか。
【〇一】
動物園に出かけました。
そろそろ冬が近づいています。
猿たちは身を寄せ合い、
ペンギンは嬉しそうに
行進しています。
ツキノワグマは今年冬眠すると
貼紙がしてありました。
ずっと寝てるなんてつまらないね、
と娘は言いますが、
ぼくはぜひ仲間にしてほしいです。
【冬眠】
寒さは深まり、
夜中にコーヒーを飲みながら
話すぼくときみの声が、
ぽつぽつと
リビングの床に零れます。
窓を開けて、
砂時計をオリオン座に
重ねてみます。
風が入って冷たいと
きみが笑います。
星の見えない
どしゃ降りの夜のことを、
きみはもう忘れたでしょうか。
【真夜中】
枯れ枝に小鳥がいるのを
子どもが見つけました。
あれはつぐみだよ。
冬になると日本にやって来て、
春には北の方へ帰っていくんだ。
日本にいる間はさえずらないから、
口をつぐんでいるのでつぐみ、
と呼ぶそうだよ。
本当はどんな声で鳴くんだろうね。
【つぐみ】
新聞で読んだ詩を
思い出すのよね。
きみは、娘の砂時計を
傾けながら呟きました。
「時は
過ぎ去るものではなく、
からだのうちに、
こころのうちに、
降り積もるもの」
あ、それだ。
何でもない特別な季節が、
降り積もっては、
ぼくたちを形づくってゆくのでしょう。
何でもない特別な旅の終わりまで。
大きな砂時計のように。
また春が来ます。
【銀河】
アンコール
七色
某月某日
at
江古田砂時計
pf.久保田拓馬
per.まぁびぃ
裏ばなし
老夫婦とこどもの、
長編のおはなしでした。
中に出てくる詩は、もとは
産経新聞に
投稿された詩だったそうです。
砂時計のように、
降り積もってゆく時間は
けして右から左へ
過ぎてゆくものではなく
すこしずつすこしずつ
ひとや場所を
つくってゆくのだなあと
思って作ったおはなしでした。
あたたかく嬉しい
ご縁をいただいての夜でした。