見出し画像

『恐竜の世界史──負け犬が覇者となり、絶滅するまで』 失われた世界の新たな歴史

そこに描かれている恐竜の姿に圧倒されつつ、胸をワクワクさせてページを繰った子どもの頃。そのワクワク感を思い起こさせてくれるような快著である。

2010年代に描かれる恐竜は、かつてわたしたちが見聞きした恐竜とはまるで異なっている。というのも、恐竜にまつわる研究がこの20年ほどで著しく進展し、恐竜のイメージが大きく書き換えられたからだ。驚くなかれ、たとえば新種の恐竜は、平均して週に一度のペースで発見されているのだという。本書は、そうした研究の進展を背景にして、気鋭の若手研究者が新たな視点から「恐竜の世界史」を再現しようとしたものである。

よく知られているように、恐竜は三畳紀、ジュラ紀、白亜紀といった地質年代を生きていた。だがじつは、従来のイメージとは異なり、恐竜はすぐさま生物界の覇者にのしあがったわけではない。三畳紀(とくにそのうちの2億3000万年前~2億100万年前)の恐竜は、それほど大型化しておらず、その生息数も生息域も限られていた。言ってみれば、彼らは「負け犬」であり、「ずっと日陰暮らしを強いられていたのだ」。

転機が訪れたのは2億100万年前。史上最大規模の火山噴火が発生し、それが引き金となって、急激な気候変動と生物の大量絶滅(三畳紀末の大量絶滅)が生じる。恐竜がどのようにしてその災厄を切り抜けたのかはよくわからない。だが、その災厄が恐竜にとってターニングポイントとなったのはたしかだ。彼らの宿敵であった偽鰐類(ワニ系統の主竜類)などは、そのほとんどの種が姿を消していた。そうして生じた空所に進出し、恐竜はその生息域や種数を拡大させていくのである。

こうして真の恐竜時代が幕を開ける。ジュラ紀とそれに続く白亜紀が恐竜の天下であったことは、わたしたちの誰もが知っているとおりだ。ジュラ紀(2億100万年前~1億4500万年前)には、大型竜脚類のブラキオサウルスが悠然たる姿でその地を見下ろしていた。また白亜紀(1億4500万年前~6600万年前)には、ティラノサウルスが暴君として君臨し、移動するトリケラトプスの群れが大地を揺らした。

ところで、それら有名どころの恐竜に関しても、この何年かで新たな事実が浮かび上がってきている。ティラノサウルス・レックス(T・レックス)を例にとってみよう。かつてその恐竜は直立し、尾を引きずって歩く鈍重な生物として描かれていた。だがいまは違う。それはいくぶん前傾姿勢をとりつつ、尻尾でうまくバランスをとりながら、器用かつダイナミックに前進していく。そして、その首と背中には羽毛が生えている(下図参照)。

ティラノサウルス・レックス。本書第6章扉より。

それだけではない。最近の研究では、T・レックスが群れで狩りをしていた可能性や、その知能がチンパンジー並みであった可能性が指摘されている。アルバートサウルスやタルボサウルスは、複数個体の化石が同一の場所で発見されていて、まず間違いなく群れで行動していたと考えられている。とすれば、それらと近縁なT・レックスも同様だろう、というわけだ。

また、CTスキャンの技術を用いて、その頭骨から脳の3次元モデルを作成した結果、T・レックスの脳は相当に大きいことがわかってきた。脳の大きさを体の大きさと比較して算出する脳化指数(EQ)は、なんと2.0~2.4。その数字は、ヒト(7.5)やイルカ(4.0~4.5)には及ばないものの、チンパンジー(2.2~2.5)にほぼ等しく、イヌやネコ(1.0~1.2)を凌駕する。「これらの数値をもとに考えると、T・レックスの知能はだいたいチンパンジーと同程度で、イヌやネコよりは高かったことになる」。どうやら、最強/最凶の恐竜は、強靭な肉体を持っていただけでなく、賢い脳も備えていたようだ。

というようにして、本書は恐竜の新たなイメージと新たな歴史を提示していく。クライマックスは、6600万年前の出来事を描いた第9章。そこで著者は、恐竜の視点をとりながら、そのとき何が起きたのかを詳細かつ具体的に描写している。その描写は臨場感にあふれていて、生々しくすらあり、恐竜ファンでなくとも喝采と悲鳴を同時にあげたくなることだろう。

本書をことさら魅力的なものにしている要素がもうひとつある。それは、恐竜のイメージを書き換えてきた研究者たちの活動が生き生きと紹介されていることだ。しかも、そこで登場する人物たちがじつに個性的で、じつに熱い。

大学院生という身分でありながら、三畳紀後期の恐竜観を一変させた「チンルの四天王」。「小作農出身教授」であり、中国を恐竜研究の世界的な拠点へと押し上げた呂君昌。そして極めつけは、著者のブルサッテ自身だ。15歳の頃、恐竜絶滅の原因に感銘を受け、あのウォルター・アルバレスにじかに電話をかけてしまったのだという。いやはや。

若かりし頃はジャーナリストも志していたという著者は、ライターとしての能力も秀逸。わたしもこれまで何冊か恐竜の本を読んできたが、そのなかでも本書はとびぬけてエキサイティングであると思う。こんなにエキサイティングな本は、もうこの夏に読むっきゃないだろう。いささか値の張る本ではあるが、読む価値は十分すぎるほどにある。

※図版提供:みすず書房

いいなと思ったら応援しよう!