どんな本を子どもに手渡すか

デンマークの子ども図書館で働いていてよくあることのひとつに、保護者から、子どもが何を読んだら良いかわからないのでおすすめの本を紹介してほしいと依頼されることがある。ところがしばらく話を聞いていくと、保護者の中に既にどんな本であるべきかのイメージがあったり、あるいは本棚へ案内すると、保護者自身が子どもの頃に好きだった本を見つけてしまい、それを子どもに勧め始めるということもある。そういう本は装丁が古かったり、言葉遣いや時代背景が今の時代と合っていなかったりすることも多く、そうなると子どもはあまり乗り気にならない。親からすると、自分が子どもの頃にはまってとても面白かった本だからこそ、自分の子どもにもぜひ読んでほしいと力が入ってしまうのだけれど、そういう本が子どもに受け入れられることは、私の経験ではあまり多くはない。もちろん本自体に問題はないし、古くても長年愛されているから本棚に残っているわけで、良い本であることはたしかだ。そんな時私が思うのは、その本が良書であるかどうかより、今その本を手にしている子ども本人が、その本を読みたいと思うかどうかが一番大切だし、尊重されなくてはいけないということだ。

良書を子どもに読んでほしい、読ませたいと願うことは、本好きな大人なら自然なことだと思う。でも子どもに本を手渡す仕事をしていて思うのは、子どもといえども好みがあるので、それを尊重してあげないと良い読書体験にはつながらないということだ。子ども一人ひとりが、今、この瞬間に読んでみたいと思える本、あるいはそれになるだけ近い本と出会えることが、今後、読書を楽しいものとして続けられるかにとても影響していると思う。これは特にあまり読書をしない子どもについて言えることで、読書をしない子どもに、良書だからと半ば強引に本を勧めると、かえって逆効果になる。

本を自分で選べない子を助ける時、私はなるべくその子と対話しながら、楽しかった読書体験を聞き出すようにしている。どんな本が面白かったか、どんなジャンルの本が好きか、そういった対話の中で、なるべく楽しかった本に近いものや、面白かった本の作者の本を探し提案してみる。そしてもしその本を10ページほど読んでみて、あまり気が進まなかったら、また違う本を探しにおいでと付け加えるようにもしている。また、学校図書館でも、友だちから勧められたから読んでみたいと、具体的な本を探しに来た子には、全力でその本を探すし、ないときは他の図書館から取り寄せてでもその子に手渡すようにしている。それは、その子の「読みたい」という気持ちが楽しい読書の根底になるものであり、そういった経験が読書を続けていくためには不可欠なものだと思っているから。読めと言われた本を、苦痛を感じながら読むことほど悲しい読書はない。読んでいて面白い!と感じる本と出会えれば、その本は、その子に次の本への橋渡しをしてくれる。面白いという読書体験ができれば、たとえ大人から見たらくだらないものだったり、大した内容ではないと思えるものでも、読書は次へとつながっていく。そうしながら少しずつ読書の幅が広がるのではないかと思いながら、日々子どもたちに本を手渡している。

(写真はある公共図書館の自転車。幼稚園や保育園にたくさん貸し出した本を届けに行くためのもの)

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