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いまわの際にそんな顔
お正月に出勤していると携帯に着信があった。
父の携帯の番号からだった。
私が二歳の時に父と母は離婚した。
父と暮らしていた記憶はない。
母との生活で家計が苦しいと感じてはいても、初めから居ない状態なので父親の不存在を寂しく感じた覚えがない。
離婚して数年後に父は再婚し2人の娘がいる。
私は大人になってからは1、2年に1回位会いに行くような距離感だった。
電話を取ると女性の声だったので胸騒ぎがした。父の長女だと言う。
はじめましての挨拶から始まり、父の容体があぶない事やそれにまつわる諸々を聞かせてくれた。彼女曰く以前であれば私に連絡を取らなかったと思うが、子供を持った事で少しあなたの立場を考えられるようになったから今回連絡した、ということだった。こんな非常時に私の存在を思い出し連絡をくれた事が嬉しかった。
早速次の日に父を見舞う事になった。
指定された駅の前で待ち合わせをし、彼女の妹が運転してきたワゴン車に乗り込んで姉妹と一緒に父と現在の奥様のいる病院へ向かった。
車は詳しくないけれど外側はピカピカで中もきれいでいい車だった。
2人とも小さい頃に一度だけ見かけた事があり、当時は私の方が可愛いと、強気に思いこんでいた。だけど今の2人はその当時の印象とは全然違って綺麗で可愛らしかった。
2人とも結婚をして家族がいる事や、最近の父の様子などを手短に説明してくれた。
妹の方は人見知りのせいか私を警戒してか口数は少なかった。
比べても仕方ないけれど自分ときたらマイペースに生きて独身で身なりもまあ地味目で2人より年上なのに同じ物差しで測ったらさえないかも、と思ってしまった。
病院に到着し、奥様と挨拶をした。長女から奥様はとても気の強い方と聞いていた。そんな奥様に長女は今回の件を説得してくれていた。
こんな状況下で私とは会いたくないだろうと思うと気まずかった。この度は、なのか、はじめまして、が正解なのか、自己紹介も違う、こんな時の挨拶の仕方は難しい。奥様は言葉少なだった。
では早速と、父と私を2人きりにしてくれた。
ベッドを囲むカーテンを開けるとそこに寝ている父がいた。父に会うのは2年ぶりかもしれない。より痩せて歳をとっている気がした。透析や弱った肺機能の過酷さを感じた。起こすのは悪いなと思いながらも時間もあまりないのでおそるおそる
「お父さん」と呼びかけてみた。
すると、ゆっくり目を開き私だと分かった途端、とんでもなく気まずそうな、今まで父の表情の中で一度も見たことのない嫌そうな顔をした。まさか私がここに居るなんて、このシチュエーションに私が居てはいけない、の表情。
父はほとんど声を出せない状態で力のない手で払う素振りをしたように見えた。
父はカウンターと小さな座敷がありそこに座れるのが2人だけの小さな居酒屋をやっていて、たまにそこに私が会いに行き、その都度奥様に会わせないように父は気を遣ってきた。気弱で繊細な父の気遣い数十年。
それらが台無しになったと感じたのだろう。
父からしたら会わせてはいけない組み合わせが一堂に会したものだからそのとんでもない動揺が伝わってきた。と同時にベッドの中で痛みで意識が朦朧としつつ静かに狼狽している父の姿に、申し訳ないような、可哀そうな気持ちになった。さらに容体悪化しそうな辛そうな表情。
私だって、実の父にそんな顔されてかわいそうじゃないか、それでも、それを上回る気の毒さを感じた。
向けられる拒絶感の中で何を話したらいいものか。困惑、混乱、落胆。これが最後の会話になるのにこれまでか。心がこわばって何も言葉が出てこない。お別れは何らかの言葉をかけあったりし願わくば心に少しのあたたかなともしびを持ち帰りたい、なんて自分勝手な淡い期待はそう都合よくいくわけもなかった。
これ以上ここに居ても父はより具合が悪くなってしまうだろう。ここはもう父と現在の家族の場所である。私の存在の異物感。自分の心をどこに置いたらいいのかわからない。なす術もなく、早々に姉妹と奥様に面会が終わった事を告げた。
父が亡くなったのはその2日後だ。
時間がたってその時の事を振り返ると「ありがとう」という言葉を発した記憶がない。
どんな人にでもお別れの際はありがとうという気持ちを伝えたいと思っていた。実際母を送る時や人との別れの際に言ってきたつもりだが、この時は言えなかった。むしろこの場所に来て「ごめんね」と言ったことは覚えている。父にあんな表情をさせて申し訳なかった。言葉もほとんど話せなくなっている状態の中、心を乱してしまい苦しい気持ちにさせてしまった。
それから一年近く経った頃、お墓ができたという連絡を長女からもらった。2人でお墓に行きランチをして別れた。これで一区切りついた。
長女や奥さんのおかげでほぼ最期の姿を見ることができたし、お別れもできた。
なんとなくずっと父は知らない間に死んで自分には知らされずお別れができないんじゃないかという思いがあったのでお墓参りまでできるようになって、色々あったけど私は恵まれていると思う。
父は私がいつでも会いに来れるように同じ町に店を出し続けていたと母から聞いていた。
だから、きっと、嫌われた訳じゃない。
ただ、父の守りたかったものが両立しなかっただけだと、そう思う。