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友達家族の悲劇



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今年から高校生になった師岡風喜(もろおか ふうき)のコンプレックスは身長だ。
身長は平均以下で、クラスではいつも黒板前の席。中学校の時は髪が短く、スカートを履いていないと小学生男子に間違えられることも多々あった。高校に入ってからは髪を伸ばし、元々髪量が多く柔らかい髪質なので、ウェーブがかった髪がシルエットを大きく見せているが、どこか冬毛をまとった小動物のような印象を周りに与えていた。
まだ身体に馴染まない大きめの紺色のスクールカーディガンは、風喜の小ささを一層際立たせる。
カーディガンの袖は少し長く、手首が隠れてしまうこともしばしば。そんな姿が風喜の可愛らしさを引き立てるが、本人は意識してやっているわけではないので、可愛いと言われるたびに袖を捲って大きな膨らみを作ったりしていた。
風喜は、可愛いと言われることは悪いことではないと思うが、どこか馬鹿にされているような気もして、気にしすぎている自分が悪いのかと思うと自然に眉間に皺が寄った。
「フウ出れる?」
風喜が黒板前の席で帰宅の準備をしていると、クラスの前側のドアの外から声をかけられた。
声をかけたのはドア枠に頭をぶつけそうな長身の男子生徒だった。
髪が長く肩まで掛かっていて、前髪も長く眉に掛かっていて少し影があった。
「うん、今行くよ」
風喜は教科書をリュックサックに詰めながら、一冊だけ分厚い本を取り出した。
リュックサックを背負い、本を抱えながら声をかけられた男の子に近づく。
「お待たせ」
声をかけられた男子生徒は無表情のまま、体を横にしてドアの通り道を作り、風喜は男子生徒の横を通って教室の外に出た。
教室で何人かの女の子が声をかけた男の子を見ながら、顔を突き合わせて内緒話をしているのが見えた。
廊下を歩くと、声をかけてきた幼馴染の古井新(ふるい しん)が数歩後ろをついてくる。
階段を降りる前に風喜は立ち止まって後ろを振り返った。
「なに?」
振り返って風喜はシンの顔を見るために顔を上げた。
「シンちゃん、この前教室まで迎えに来ないでって言ったの覚えてない?」
「そうだっけ?」
シンは惚けてるのではなく真顔で答えた。
「はぁ~もういい」
大きなため息をついて、再び風喜は歩き始めた。
何も言わずにポケットに手を入れたまま、シンは風喜の後ろを衛兵のように付き従った。
下駄箱に着くまでに風喜は何度か視線を感じるが、それは全てシンのせいだった。
運動部に誘われる背の高さ、アイドルみたいな細い顎の顔立ち、気だるげで目つきは悪いがそれが年頃のクラスメイトにはかっこよく見えるらしい。
風喜にはただぼーっとしてるだけに見えるが、クラスメイトの女子にはそれが寡黙でかっこよく見えるらしいのが理解できなかった。
同じ中学校から高校に進んで、クラスが違うがこうやって一緒に帰る。
この関係性が高校に入ると変わるのかなあと風喜は思ったが、シンは変わらず何かと気にかけてくる。
風喜は嬉しいような、シンと一緒に居ると目立つのであんまり嬉しくない気もする。
「怒ってるの?」
「怒ってないよ」
下駄箱から外履きを取り出しながら、風喜はシンと目を合わせずに学校を出た。
住宅街の中にある学校から少し歩くと駅に続く大きな幹線道路があり、道はまっすぐ続いていて、道路脇の歩道はよく整備されていて、木々や植え込みもある。
数歩後ろを歩くシンの視線を感じながら風喜は手に持っていた本を開く。
「歩きながら本を読んだら危ないよ」
「わかってるよシンちゃん、でも歩道なんだから車に轢かれること無いよ」
「車だけじゃなくて自転車だって危ないよ」
風喜は本が好きで、暇さえあれば本に目を通すのが癖になっていた。本はお父さんの書棚にたくさんあるので、読んでも読んでもキリが無かった。
漫画から哲学書、文芸などなんでも一通り風喜のお父さんは乱読していたので、風喜もなんとなくお父さんの本棚の本を読みながらなんでも読むようになった。
特に好きなのは歴史や科学の本で、知識が付くのは面白かった。政治や経済に宇宙論、昔の大きな戦争などの話しのスケールが大きな本が大好きになった。
「今はなんの本読んでるの?」
「ミアシャイマーって人の『大国政治の悲劇』って本」
振り返って風喜は分厚い本を持ち上げてシンに見せる。
「面白いのか?」
「全くわかんない」
風喜は首を振って答えた。
面白いとか感情の興奮を得るためではなく、内容が分かんなくても本を読み、知識を得ようとする風喜の事を昔から見ていたシンはよくもまあそんな他の国の難しそうな話しを興味持って読めるなあと感心する。
シンは背が高く、運動部に誘われることも多かったが、運動神経がないためどの部にも入らなかった。文系の趣味にも特に興味が湧かず、いつも手持ち無沙汰であった。それでも、風喜に付き合ってたまに本を読むことはあったが、彼女の読書量には到底敵わなかった。
「気をつけて歩けよ」
風喜が素直に頷いたあと、また本を読みながら歩き始めたので、黙ってシンはまた風喜の後ろを付いていく。
「ちょっとシン、あなたなにやってるのよ!」
対面から大きな声で呼び止められて二人は立ち止まった。
突然二人の前に仁王立ちで現れたのは紛うこと無き美少女だった。
風喜とは対象的な流麗なストレートヘアが緩やかに盛り上がる胸元に掛かっている。
大きな瞳からは卑屈さの欠片も無く輝いていて、切れ長の目の形と相まって魅力的な姿をしていた。
容姿からはご令嬢という言葉がすぐに浮かんでくるのだが、声を掛けて来た瞬間に自らイメージを壊したがっているのか、眉間に皺を寄せて小さな顔に凝縮した怒りを見せていた。
「シン、本読みながら歩くの危ないからフウに止めさせなさいと何度も言ったわよね」
紺のセーラー服を着た女の子がローファーの踵で道路を叩きながら、真っ直ぐ二人に向かってくる。
「真田、なんでこの道に居るんだよ?」
「だってあなたたちスーパーに行くのにこの道を通るじゃない、待ち伏せよ」
声をかけて来たのは中学校時代のクラスメイトで都内の名門女子高に通う真田鏡花(さなだ きょうか)だった。
「だったらスーパーで待ってれば良くないか?」
「いやよ、私ひとりだけなんて寂しいこと私にさせるのシンは? バカなの? 気が利かなさすぎて逆に人としてこれから生きていけるのか心配になるくらい」
鏡花はハッキリと自分の都合だと言い切って、細い腰に手を当てて胸を貼る。
シンは面倒臭そうに手で顔を覆う。
「フウ、元気?久しぶりね」
昨日もバイト先で会ったが、鏡花は風喜の事をしばらく会ってない孫に出会えたおばあちゃんのように腕を回して抱きついてきた。
「キョウちゃん苦しい」
鏡花はいつもボディーランゲージに激しいが、風喜に対してはペットに対する愛情表現のように過激だった。
「もう心配掛けないで、ほら本を仕舞って一緒に手を繋いで行きましょ?」
「ごめん、ちょっと良いところだからもう少し……」
手を伸ばしていた鏡花を横目に本を読みながら再び風喜は歩き始める。
「好きにさせてあげたら?」
「危ないでしょ?」
「でも読みたいって言ってる」
鏡花とシンはお互い睨みあってから、舌打ちをすると二人は適度な距離を挟んで風喜の後を追う。
風喜は二人の視線を感じながらも、本に目を通す。
そんな二宮金次郎みたいな状態の風喜の後ろを、紺色のセーラー服姿の美少女と髪の長い美少年が後ろを付いていく。
鏡花とシンは二人とも背が高く、背筋を伸ばして前を向くと視界には風喜が入ってこないので、少しだけ頭を下げて前を歩く風喜の事を見ていた。
後ろを歩きながら鏡花とシンは最初は離れて歩いていたが、段々と風喜に近づいて行き、ピッタリと風喜の後ろに付いていた。
「ちょっとシン、あなた少し離れなさいよ」
「真田も少しフウから離れた方が良い」
「嫌よ」
「フウは本をひとりでゆっくり読みたいんだから気を効かせたら?」
「私はフウと一緒に居たいの、こういう場合は男の子が気を利かせるのが正しいでしょ?」
「政治的には正しくないと思うけど?」
「私は選挙に出てるわけでも社会正義に訴えてるワケでも無いの、久しぶりに会う女友達同士の交流に対して気を使ってといってるの」
「昨日も会ったし、夜だってずっとLINEしてただろ?」
シンは通知をオフにしている三人のLINEグループの事を思い出した。だいたいずっと鏡花が風喜に話し掛けてる。
「シンは学校で風喜に毎日会えるけど、私にとってはこの時間しか風喜と会えないのよ。少しはこの時間を譲ってくれたって良いじゃ無い」
「だからって本読みたいフウの邪魔しても良いって事は無いだろう?」
自分の頭の上で行われる不毛な口論に辟易しながら風喜は毎度の事ながらシンと鏡花の言い争いに自分の意見を言うのを何時からか参加する事を諦めた。
自分の意見を言ったところで、片方に肩入れすると微妙なバランスが崩れてしまうのでいつも何も言えなくなる。
鏡花に肩入れするとシンはずっと無表情になるし、シンに肩入れすると鏡花は身振り手振りで外国のデモに参加してる人みたいに抗議してくる。
「大体シンは・・・・・・」
「真田さぁ・・・・・・」
シンと鏡花は互いが声を上げようとして黙ってしまった。
「どうしたの二人とも?」
「なんでも無いわ」
「早くバイト先に行こう」
シンと鏡花はお互い顔を見合わせることも無く、黙って風喜の後を付いて歩く。
自分の後ろで口論してる分には呆れるが、まあ二人とも楽しそうだから良いかと思うときもあるのだが、黙られると何を考えてるのかよく分からなくて風喜は居心地が悪かった。
自分の頭の上で繰り広げられる戦いも、無ければ無いで寂しい気もするが平和で良いと思った。
ただ平和というのはだいたい仮初めのものだということもなんとなく風喜には分かっていた。せめて今日のバイト中ぐらいはこの平和が持ってくれれば良いのにとは思った。
そもそも二人ともひとりで居ても目立つし、他に友達も多い。
でも何故か風喜に近づいてお互い影響力を行使してくる。
まるで軍事大国が間に立つ緩衝国家を自陣営に取りこもうと、その力で干渉してゆさぶってくるようだった。
風喜を自分の味方に引き込めば、相手に対して圧倒的な有利に立てる。
大国は自国にとって合理的に行動する。
今読んでいる『大国政治の悲劇』は攻撃的現実主義・オフェンシブリアリズムと呼ばれる強い力を持つと自然と周りに手を出して影響力を行使し始める。大国の自然な行動原理を説明している。
じゃあ大国の間に挟まって翻弄される緩衝国家はどのようにすれば良いのかという部分に関しては、「悲劇」として諦めろとしか言ってないようなので、風喜は本を読みながらなんだか我が身を笑った。
まあいつもの事だから干渉せずに放っておけば良いかと風喜は思ったが、二人の喧嘩は遂に武力衝突に繋がってしまった。
「なんで二人ともバイト中に喧嘩してるの?」
「だってシンが余計な事を言うから」
「真田がなんか突っ掛かって来るから・・・・・・」
夜の住宅地の小さな公園、外灯下のベンチに座らされて鏡花とシンは頭を項垂れる。
ベンチの前には腕を組んで目線が合った風喜が睨みを効かせていた。
バイト帰り、夜も遅いがまだ帰宅中の人などで道にもひとけがある時間、お茶を飲めるファミレスなども空いている時間だが、お金持ってない風喜とシンは公園のベンチで無駄話をするのが好きなので、よくバイト先の近くの公園に来ていて、鏡花もそれに付き合う。
だが今日は鏡花もシンも黙って帰ろうとしたので無理やりに風喜が誘って二人を夜の公園のベンチに座らせていた。
「あんなバックヤードで喧嘩したら周りの人にも迷惑掛けるでしょ」
バイト中、風喜がレジに入っていた時に品出しのバックヤードから戻って来た人がバックヤードで廃棄野菜の投げ合いがあったと聞いて、まさか同級生がそんな事やってるとは思わなかった。
「だってシンが私がゴミ捨て場に持っていこうとしたゴミ袋を黙って私から穫ってひとりでゴミ捨て場まで行こうとするから・・・・・・」
鏡花が子供のように相手を見ずに拗ねた態度で講義した。
「だからって後ろから足の裏で思いっきり蹴っていいの?」
シンは鏡花に思い切り蹴られて前のめりに転んだことを思い出した。
「シンのそういうところが腹が立つのよ」
子供のように顔を背けて頬を膨らましながら鏡花は怒る。
「別にゴミ捨て場に行く用事があったからついでに持って行こうと思っただけで、真田の仕事を奪ったわけじゃない。自意識過剰だ」
「はぁ?私からゴミ袋持って行くとき面倒くさそうにフって笑いながら持って行ったでしょ!?」
シンの吐き捨てるような台詞に鏡花は直ぐに反応した。
「してないよ」
「ほら、今も馬鹿にした態度悪い!」
ベンチの上で肩を突き合わせて鏡花とシンはお互い睨み合っている。
背景が暗くて外灯のスポットライトが当たってる二人の顔は見慣れてる風喜が見ても絵になっていて綺麗だった。ゴミを捨てるのがどっちが正しかったなんてくだらない話題じゃなかったら、ロマンチックな場面だったかもしれないのになあと風喜は溜息を付きたくなった。
「二人ともやめやめ」
立っていた風喜が二人の間に割って入る。
「もう、なんでそんなに最近ふたりともギスギスしてるの?」
割り込むように、お尻を二人の間に入れて風喜はベンチに座り込んだ。
「別にいつもの通りよ」
「そうだよ、中学の時と変わらない」
風喜は腕を組んでベンチの真ん中にふんぞり返る。
「違う、なんか変」
三人でベンチに並んで座る。
断言する風喜を見てシンはバツが悪そうに、鏡花はどこか嬉しそうだった。
「まあ二人に仲良くしてって言うのはもう難しいと思うんだけど」
「そうね」
「まあそうだけど」
三人とも鏡花とシンの相性の悪さは納得していた。
「折角バイト先で三人一緒に居るときくらいは喧嘩は止めようよ」
「私だってフウと居るときに喧嘩なんかしたくないわ」
胸に手を当てながら鏡花は風喜の顔を覗き込む。
「フウと一緒に居れる時間を大事にしたいもの」
大きな目、切れ長で憂いを帯びた表情で迫られて風喜は鏡花の瞳に吸い込まれそうになった。
同性でもドキドキするのだから男の子だったらどうなってしまうのだろうか?
「そのためにわざわざしなくてもいいバイトしてるんだからね」
「あぁ?」
先程までの美少女はすぐに鬼のような形相に変化した。
「別にバイトしなくても良いのにわざわざフウが心配だからってバイトする必要ないと思うけど?」
鏡花の家がお金持ちでバイトしなくてもお小遣いは十分にあることを知ってる。
「あなたに私がどこで働こうが文句言われるなんてね。シンだって別にフウと一緒のバイト先選ぶ必要なかった」
スーパーのバイトは風喜が本代を稼ごうと思って始めた事だった。バイト初日には鏡花とシンが見に来てバイト時の風喜のエプロン姿をスマホで写真を撮られたりした。
そして次の日には二人ともスーパーのバイトに申し込んでいた。そしてバイト初日になんでお前もバイトに申し込んでいるんだと、二人がバイト初日から喧嘩をして、風喜は周りの人に頭を下げて謝っていた。
「大体ねあなたはフウと一緒に学校に居るんだから別にバイトまで付きまとわないで良いでしょ?」
「別に付きまとってるワケじゃない」
シンはシングルマザーの家庭で裕福な方ではない。やっぱりお小遣いがもっと欲しいからというのがバイトの理由だった。
「ウソよ。心配してるのにいつも中途半端」
頭に血が上った鏡花は風喜の前に身体を乗り出して、シンを問い詰める。
「私は学校以外は風喜といつも一緒に居たいと思ってる」
胸に手を当てて鏡花は訴える。
「そんなのフウもいい迷惑だろう?」
「シンみたいに中途半端に付きまとうほうが迷惑よ」
「真田はフウの保護者のつもり?」
「そうよ、知らなかったの? バカなのねあなた、知ってたけど」
シンはベンチの背に身体を預けて、首を上げて真っ暗な空に顔を向けた。
「狂ってる」
「私はシンみたいに中途半端な気持ちでフウの側に居るなんて嫌よ」
そう言うと鏡花は風喜を自分の身体に抱き寄せた。
「ふぎゅ」
鏡花の大きな胸に顔を押し付けられて風喜は変な声を上げた。
「私も同じ高校行きたかった」
「何度も聞いた」
シンはまだ顔を空に向けてる。
鏡花は祖母と母親からどうしても同じ都内の名門女子校に行ってくれと懇願されていて、家出騒ぎまでした後で都内の高校に進学を決めた。
「だからバイトの時間ぐらいはフウと一緒に居たいの」
「フウはぬいぐるみじゃないんだから、つきまとい過ぎてどうするの?」
風喜はなんとか顔だけ上げて息を吸うことが出来て、目の前には瞳に涙を溜めた美少女、鏡花の顔がある。
「あなたもフウのこと気にしてるからこうやって側にいるんでしょ?」
鏡花は風喜をひっくり返してお気に入りのぬいぐるみを抱き抱えるように肩の上から手を回した。
シンも顔を向けて、鏡花と大好きすぎて遊び疲れてボロボロになったペットのような風喜を見る。
「僕は別に鏡花みたいに過保護に心配してない。フウの好きなようにすれば良いと思ってる」
「そういってバイトに付いてきたりする中途半端な教育方針はやめなさい」
鏡花の指摘に我慢していたシンも声を上げる。
「教育方針ってなんだよ!」
「私はフウをもっと可愛くしたいの、ずっとこのまま可愛らしいままでいて欲しいの」
鏡花は風喜をお気に入りのぬいぐるみのように抱きしめる。
「それは真田の勝手な願いだろ?」
「だから責任持って干渉してるの」
「フウは人形やペットと違う」
シンは鏡花に抱き抱えられている風喜を助けようと手を伸ばすが、途中で引っ込めてしまった。
「ほらあなたの中途半端なところがまた出たわ」
鏡花の冷笑にシンはベンチから立ち上がった。
「いい加減にしろよ」
シンは鏡花を睨みつけるが鏡花も臆することなく睨み返す。
「何よ、シンに何かできるの?」
一触即発な空気を破ったのは風喜だった。鏡花の回された手を払い除けるとベンチから立ち上がって前に進んだ。
「フウ何処に行くの?」
立ち上がったフウがゆっくりと二人の方を向いた。
収まりの悪いボリュームのある髪、鏡花に抱き抱えられて揉みくちゃにされたので乱れた髪は風喜の顔に掛かっていたが、そこから怒りの双眸が鈍く光る。
「キョウちゃん、シンちゃん」
呼ばれた二人は返事もせずに、鏡花は背筋を伸ばして手を膝元に、シンは改めてベンチに座り直した。
「二人共、一週間私と話すの禁止」
ゆっくりと歩き出して風喜はその場を去った。
「えちょっとフウ、今から?」
縋るように鏡花は手を伸ばす。
「もう始まってるから声掛けないで」
「いつまで?」
「一週間後のバイト前まで」
なぜバイト前までなのか?バイト後の方が時間的にあってるとシンは思ったが、多分バイト後だと今日みたいに帰りが遅くなるからだろうとシンは思った。
意外と細かな配慮で風喜はそこまで怒ってないのかもと思い、仕方なく鏡花にシンはほとぼり冷めるまで待とうと声を掛けようとする。
「怒ってもフウは可愛い」
恍惚とした表情をした後で鏡花は直ぐに真顔になった。
「そんな事言うとまた一週間禁止伸びるよ」
「だからシンだけに言ってるの」
外灯の下、ベンチに座る憂いを帯びた表情の美少女と、下を向き苦悩する美男子の二人はとても絵になったのだが、誰も子供に見捨てられた両親のようだとは思わなかった。

喧嘩別れをしてから次の日も、風喜は教室で帰り支度をしてアルバイトに向かう準備をする。
全くあの二人はいつもいつも私の事で喧嘩するんだからと思いながら、次の日の授業終わり帰り支度をしながら風喜は昨日の事を思い出していた。
ちゃんと見守ってるとか子供じゃないんだからと鏡花の過干渉にはすこし腹が立った。でも心配してくれてるんだからと気持ちの揺り返しが来て悶々とする。
風喜はふとクラスの扉の外を見る。
今日、シンはクラスに迎えに来ていない。
一瞬待った方が良いのかと風喜は考えてしまったので、待たなくても良いという決意表明をリュックのチャックをいつもより速く締めて固い一週間の絶縁宣言の意思表明とした。
リュックサックを背負い、いつものように本を手に抱えて教室を出る。
廊下を見渡してもシンは居なかった。
ホッとするような、残念なのか自分でも分からずに風喜は下駄箱まで歩く。
「うん?」
何か視線を感じて振り返るが、誰も風喜の事は見てなかった。
気にしすぎだと思って風喜は再び歩き始めて、下駄箱で外履きに履き替えて学校を出る。
今日もバイトがあるので、帰宅せずにそのままバイト先の大型スーパーへと向かう。
昨日三人で歩いた大きな道にでて、風喜はまた本を読みながら歩こうとおもって本を開く。
するとまた背中に視線を感じて振り返ったが、そこには誰も居なかった。
「見えてる・・・・・・・」
風喜の呟きは聞こえなかったのか、街路樹の影から制服のスカートは見えたままだった。
紺色のセーラー服は間違えなく鏡花だろう。多分学校で感じた視線はシンで、申し合わせて二人で待ち伏せして後から付いて来ていた。
二人とも風喜が一週間口聞かないと言ったら本当に一週間口聞かないのを知っているからコソコソとしてるのだ。
鏡花が後をつけようと言って、シンは止めようと言っても渋々と付いて来たのだろう。
二人の行動に風喜は呆れながらいつものように無視を決め込んだ。
「子供っぽいなあ」
そんな事を考えながらも、いや、あの二人のコソコソと後を付ける方が子供っぽいではないかと思い、風喜は首を横に振る。
鏡花はいつも心配性で過干渉で、シンはいつも見守ってはくれるがなに考えてるか分からない。
二人とも美人で美男子だし、自分の事なんか放っておいて欲しいのになぜかずっと干渉してくる。
大国と大国に挟まれた小さな緩衝国家の命運は大国によって決まる。
読んでいるミアシャイマーの『大国政治の悲劇』は当たり前の事が書いてあるなあと、風喜がこの本に興味を持っていた部分の事を思い出したが、やっぱり当たり前の事しか書いてない。
自分が小さな存在だとしたら、一生何かに寄り添って生きていかなければならないのだろうか?
小さなものはより大きなものに従わなければいけないのであれば、自分はなぜ生きてるのだろうか?
上手く立ち回って行けばいいという話しと、自分の主権というのはどこに有るのか常に明確にできている人なんて居るのだろうか?
「危ない!」
掛け声と共に風喜は襟首を捕まれて身体を後ろに仰け反る。反動で読んでいた本は道路に落ちた。
目の前を大きなトラックがゆっくりとカーブを曲がって横断歩道を横切る。
風喜は後一歩、二歩で巻き込まれる距離だった。
「何やってるのフウ、危ないでしょ!」
「大丈夫かフウ?」
鏡花とシンは二人同時にフウの襟に手をかけていて、シンは引っ張った後すぐに手を離し、鏡花は胸元に風喜を抱きしめた。
「もうボーッとして歩いちゃ危ないでしょ!」
鏡花は風喜の両肩に手を置いて、目を合わせて怒る。
「ごめん」
すぐに風喜は目を伏せて鏡花と視線を外す。
「ほら、本は仕舞っておいて」
シンが道路に落ちていた本を拾い上げて風喜に渡す。
「ありがとう」
風喜は本を受け取って両手で抱きかかえた。
「ほら、フウ行きましょう?」
鏡花は風喜に手を差し出した。
「手繋ぐの?」
「だって手を握ってたら本を読めないでしょ?」
良いアイデアでしょ?と鏡花は爪の手入れが行き届いた綺麗な手を風喜に差し出した。
風喜は本を左手に持ち直して右手で鏡花から差し出された手を握る。
「フウ?」
風喜は鏡花の差し伸べられた手をじっと見る。
「キョウちゃんの手綺麗だね」
「どうしたの急に?」
風喜は鏡花の握った手を凝視した後に、ゆっくりと手を離して再び両手で本を抱きしめた。
「ごめん絶交中だった」
風喜は二人に頭を下げて、歩道の信号をもう一度見る。
都合よくちょうど青に変わったところだった。
「まだ一週間たってないから、ほんとごめん」
そう言って踵を返して風喜はバイト先のスーパーまで走っていった。
「ちょっとフウ・・・・・・・」
「待って真田」
シンは追いかけようとする鏡花の手首を掴んだ。
「またちょっかい出すとフウに嫌われる」
「分かってるわよ」
鏡花は手首を回してシンの握った手の親指の先と自分の親指の付け根を合わせる、握ったシンの左手を身体を寄せて肘を合わせるように身体を寄せると簡単に握ってた手を外した。
「護身術使わなくても離してっていえば離すよ」
「こういうの身体が勝手に動くの」
鏡花は可愛げもなくシンの握った手を簡単に外した。
「とりあえずフウが納得するまで待とう」
「なんであなたは我慢できるわけ?心配じゃ無いの?」
シンが指をさす。
「僕は信号が赤だったら渡らない」
「あなたにはフウの信号が見えてるの?」
「まあ付き合いが長いからね」
「私、やっぱりシンの事が嫌い」
鏡花はシンから顔を背けて、シンは何も答えずに鏡花と並んで信号を待った。
信号待ちをしている二人を置いて、風喜はアルバイト先へと急いでいた。
前を見て歩きながら先ほど手を差し伸べてくれた鏡花の手のことを思い出す。あんな風に、心配されて手を握ってくれた人が昔居た。
差し伸べられた鏡花の手の感触を思い出しながら風喜は自分の小さな手をみる。
ふと風喜は離婚して家を出て行った母親のことを久しぶりに思い出した。
「そうかお母さんか・・・・・・・」
風喜は母親みたいな人ではなく、自分を生んでくれた本当の母親が居たことをすっかり忘れていた。
風喜が後ろを振り返っても二人はまだ付いて来なかったので、無性に怖くなってバイト先まで駈け足で向かった。

「シン! だから私あなたのそういうところが大っ嫌いなのよ!」
シンと風喜が通う高校の門の前で、胸座を掴まれながらシンは明日クラスで何か言われるだろうなあと途方に暮れた。
「落ち着けよ真田」
「なんでこれが落ち着いてられるのよ!」
鏡花はスマホを取り出して画面をシンに見せつける。
「見てこれ!ずっと既読スルーよ!」
「だから真田のそういうところがフウが嫌がってるんだろ!?」
鏡花は朝から[今日は風喜に話し掛けて良い解禁日ね学校まで迎えに行くわ]とひとりだけテンションの高い投稿をグループにしていたのだが、既読は一人、シンの分しか付かない。
鏡花はシンに[シン、絶交は今日のバイト前だけど私より先にフウに話し掛けないで!]とメッセージを投稿すると、[今日風喜は学校に来ていないぞ]と返信した。
そこから鏡花は何度も直接風喜に[フウ大丈夫風邪? 体調不良? お見舞い行くよ]などメッセージをしたが反応が無かった。
「フウの家に行ってみましょうよ」
「フウの家はお父さんがリモートワークでずっと居るから、もし行って学校に行ってないのがバレたら余計に心配掛けてよくないよ」
「じゃあどこに居るか分からないままで良いの?」
「それは心配だけど・・・・・・フウにも何か考えがあるんだろ」
その時、鏡花のスマートフォンからメッセージの通知音がした。
「あっ反応あった」
画面には風喜がよく使うネコのキャラクターが頭を下げてごめんなさいの吹き出しが出てるスタンプが送られて来た。
「今どこに居るの? って直接聞いたらダメよね?」
「冷静になったね」
「どうしよう、何聞けばいいかな?」
珍しく鏡花はシンに縋るように声を掛けた。
「今、誰の事考えてる? って聞いてみて貰える? 僕のスマホから打つより、これは真田からメッセージ投げた方が良いと思う」
鏡花は一瞬躊躇したが、諦めてシンに言われたままメッセージを入力した。
すぐに既読メッセージが付いて、風喜から返信があった。
[お母さん・・・・・・だと思う]
鏡花は不思議そうな顔をして画面を覗き込む。
「多分、居る場所分かったけど真田も行くよね?」
「本当に分かったの?」
「多分って言った」
シンの煮え切らない態度に鏡花は腹が立った。だが先程のメッセージでフウが何を考えてるのか分かるのは幼なじみだからなのだろうか、羨ましいと鏡花は思った。
「私、フウの携帯に見守りサービス入れてあるんだけど、それを使ったらこの場合ダメなのよね?」
シンは溜息を付く。
「最後の手段は最後まで使わないから抑止力として働くんだよ」
「なんの話し?」
「フウからの受け売りだから出典元はわかんない。さあ日が暮れる前にフウを見つけよう」
「どこに行くの?」
「前に三人で行った場所だよ」
シンのもったいぶった言い方が鏡花は納得いかなかったが、今はいがみ合ってる場合じゃない事くらい分かっていた。黙ってついて来る鏡花を見て、本当に心配してるんだなとシンは少し風喜が羨ましいと思った。

平日の公園にもそれなりに人が居て、ましてや観光地だということで日本人だけじゃなくて色々な言葉を話す人が居るんだなあと芝生の上に設置されたベンチからの風景を見ていた。
日は陰り初めてはいるが、夏に向かって日照時間は延びているので、まだ外は明るい。
そろそろ学校が終わる時間かと思って、朝から我慢してたスマホのメッセージを見てから一時間は過ぎた。
そろそろ帰らなければ行けないのに、まだ帰りたくはなかった。
持ってきた本は全て読んでしまったので、何となく流し読みをもう一度していた。
風が吹くと普段とは違う匂いがしてくる。
風喜が朝から来ている公園は港湾内の海沿いに面している公園だった。
横浜にある山下公園は大きな公園ではないが海に面して長く、大きな桟橋と昔の大きな船が繋留されている有名な観光地だ。
だが、人がごった返す場所ではなく何となく人が来て、ベンチで休んでからまたどこかに行く人が多い。
ここで昼過ぎからずっと椅子に座ってるのは風喜くらいで、公園の固いベンチに座り過ぎてお尻が痛くなった。
帰らなきゃ行けないんだけどなあと、思いながらも風喜は顔を下に向けて、膝の上に開いた本の表紙を見た。
『大国政治の悲劇』
歴史ものが好きなお父さんの本棚にあった本だが、ページが多いし全部読んで書いてることは大国に挟まれた小さい国は大人しく大国に従ってないと怪我するぞという身も蓋もない話だった。
だから大国は好き勝手していいなんてのはただの暴力だと思うが、現実はいつもそうなのだろうか? 攻撃的現実主義(オフェンシヴ・リアリズム)なんてカッコイイ名前付けてるけどワガママ言いますって宣言してるだけではないかと思った。
大きなため息をついてから風喜はベンチに背を預けて空を見上げる。
「いたい」
山下公園から見上げた空からは、細長い手刀が降ってきた。
「もう、なにやってるのよ」
鏡花の横にはなぜか息を切らして走ってきたシンが立っていた。
「二人ともよく私がここに居るってわかったね」
「私は残念ながらピンってこなかったわ」
鏡花はベンチの後ろから回り込んで風喜の右手側に座った。
腕を組んで怒りながら、鏡花は風喜から顔を背ける。
「全くなんで駅から走らなきゃならないんだよ・・・・・・」
息を切らしたままシンは風喜の左手側に座った。
風喜はまた二人に挟まれてしまったと思った。
三人でこの公園に居るのは初めてでは無かった。
ちょっと遊びに行こうと三人の通っていた中学校に一番近い駅から私鉄で地下鉄を通って横浜中華街の入り口まで通ってる長い路線があって、休日にみんなで遊びに行った。
行くまではなんとも思わなかったが風喜は今見ている景色、大きなビルと大きな橋に囲まれて、古い船が繋がれている海沿いの公園に着いたときふと、自分がこの公園にお母さんと来た事がある事を思い出した。
来るまで気がつかない思い出だった。
小学校の頃にはお父さんとお母さんは離婚してからほとんど会ってない。
会いたくないわけでは無いが、会って何を話せば良いのか分からない。
お母さんというのが自分にとって必要なのかどうなのかよく分からないのだけど、鏡花みたいに心配してくれる存在なのかとは思った。
三人揃ってベンチに座りながら誰もが声も上げずにただ目の前に広がる公園の景色、海沿いのビルや倉庫、動いている白い船を見ていた。
「ごめん、子供っぽい事して」
風喜は目の前の港の景色を見ながら言った。
「どうして今日学校行かなかったの?」
鏡花は顔を見ずに、背筋を伸ばして前を見ながら風喜に学校をサボった理由を聞いた。
「うーんよくわかんないけど」
風喜は鏡花とシンの顔を交互に見てから言った。
「この前キョウちゃんと手を握った時、なんかお母さんの事思い出してからなんか頭の中がスッキリしなくて、悶々としちゃって」
鏡花はまたお母さんに重ねられてそんなに自分は老けてるのだろうかと思った。
「それで自分から二人に絶交って言っておいてそれを相談するのも違うし、どうしようって考えてたら学校行きたくなくなった」
「フウはそういうところ結構思いっきりがあるわよね」
鏡花は横目でシンを見る。
「お母さんのこと、あんまり覚えてないんだけどこの公園で手を繋いで歩いたのは凄く覚えてる」
茫然自失、不思議そうに話す風喜を見て鏡花は抱きしめそうになったが、シンの視線を感じて我慢した。
「それでここで本を読みながらその時の事思い出そうとしてたら、その時もお母さんに前向いて歩きなさいって怒られながら手を引いて貰ってたんだ。昔から私は誰かに子供みたいだって心配させてるなあって」
風喜は笑いながら話す。
「別に子供の時の話しなんだから良いじゃ無い」
「今も変わらないよ」
風喜は首を振る。
「変わりたいの?」
「背が伸びてたら変わってたかな?」
風喜は自分の頭の上に手を載せる。
「前向かないで歩き出す癖は背の高さ関係ないでしょ?」
鏡花と風喜は小さく笑った。
「私たちも悪いわよね、フウを子供扱いして」
「僕はフウを子供扱いしたつもりはないけど?」
話をまとめようとした鏡花にシンは物言いを付けた。
「はぁ、あなたがフウに対して中途半端に心配してるのが問題なんでしょ!?」
「真田がすぐに心配しすぎて過干渉するのをフウが嫌がってるんだろ」
風喜を挟んでまた鏡花とシンが顔を付き合わせる。
「だからそういうのが嫌なの」
ベンチの真ん中に座り込んでいた風喜は片手ずつ二人の顔に手を当てて二人を引き離した。
「鼻に指入ったわ」
「あっキョウちゃんごめん」
心配そうに風喜は鏡花に寄り添う。
「どうして欲しいのフウは?」
シンの質問に風喜は考え込んだ。
「別にこうやって三人で居るのもちろん嫌いじゃない」
風喜はベンチに座り直して風喜は前を見る。
「でもどちらかとだけ居るのもあんまり想像できない」
ベンチに腰を深く預けて風喜は足を浮かせて膝で動かす。
「二人が探しに来てくれるの凄く嬉しいけど・・・・・・」
風喜は頭を下げる。
「でもなんだか寂しい気持ちもするのは何でだろう?」
下を向いてる風喜に鏡花は手を肩に回して抱きしめる。
「フウは頭使いすぎなのよ」
「そうかな?」
「そうよ。寂しいんだったら私とシンを呼んで会えば良いし、鬱陶しかったら逃げれば良いのよ。それが我が儘だって言うなら、そうよ我が儘だって胸を貼れば良いのよ」
風喜は少しだけ鏡花に身体を預けた。
「最初から無いものねだりするのは困るけど、無いものだと思い込んで何もしないのも私は嫌だわ」
鏡花らしいハッキリした物言いに風喜は笑った。
「私ね、御祖母様とお母さんが卒業した学校に行くの嫌だったんだけど、高校だけ同じ所に行ってくれれば後は絶対何も言わないって約束してきたの」
風喜の両手を取って鏡花は目を輝かせて訴える。
「だから高校三年間だけは風喜と一緒の学校に行けないけど、その後は一緒の大学に行ってルームシェアだってできるの、そのためのバイトだってしてるし絶対今度は私の思い通りにしてやるの!」
手を握られて風喜は真顔になった。
「真田、フウが引いてる」
「シンはルームシェアしても入れないから。その前に同じ大学行けるかどうか頭悪いから心配だけど」
鏡花はシンに向かって哀れそうに眉を潜める。
「これからも一緒に居る前提なの?」
「嫌ならフウに金輪際絡まないでね」
「あーもう、結局こうなる」
風喜は握られた手を引っ張って、そのままシンの方に向かって倒れ込んだ。
「ちょっとフウ」
風喜はシンに寄り掛かってそのままズルズルと膝の上に身体を預けた。引っ張られた鏡花も風喜に覆い被さる。
「今日バイトどうするの?」
シンに身体を預けて空を見ながら風喜は呟く。
「ああ、そうだったな」
「忘れてたわね」
喧嘩した上に遅刻、無断欠勤なんて三人ともバイトを辞めさせられてしまう。
でも三人一緒だったらまあ良いかというのも口には出さないが三人とも同じ意見だった。
鏡花と風喜は同時に起き上がって、ベンチから立ち上がった。
「シンちゃん」
風喜は左手を差し出した。
シンは躊躇した後、差し出された手を握った。
「危ない」
ベンチから起き上がろうと力を入れた時、風喜が引っ張られそうになった時、慌てて鏡花が風喜の身体を押さえた。
「キョウちゃんも」
開いている右手を鏡花にさしだす。
「ありがとう」
風喜を中心に三人で手を繋いだ。
「これでキョウちゃんとシンちゃんで手を繋いだら円になるね」
「無理よ鞄持ってるから」
鏡花は風喜に右手に持ってる革鞄を見せた。
「じゃあ三人でバイトに行こう」
風喜が声を掛けるが、三人とも足が出ない。
「手を握ってると歩き辛いわね」
「並んで歩く良いアイデアだと思ったんだけどな」
風喜は二人の手を離して前に進んだ。
シンが歩きはじめる前に公園の海とは反対の方にある白い建物に目が向いた。
横浜山下公園の横に立つ大きな看板が屋根に付いている白い壁の古いホテルが目に見えた。
「真田、この公園に初めて来たときの事憶えてる?」
「中学校の時でしょ?」
「お昼食べようって真田が誘って入ったホテルのレストランのランチ代が五千円で、僕とフウは無理だって断った」
「何よ、私が世間知らずだって言いたいの?」
「その後どこも混んでるからコンビニでおにぎり買って食べようって話しになって、このベンチに三人で座ったんだ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「よく覚えてないわ」
シンは美味そうにコンビニのおにぎり食べてる鏡花の顔と、どこか悩みながら海に浮かぶ船を見ていた風喜の事を思い出した。
帰りの電車で風喜を抱きしめながら寝ている鏡花にのし掛かられながら風喜から昔お母さんとあの公園に行ったことあるかもという話しを聞かされた。
その時風喜が何故かとても怖がっていて、隣に座ったシンの手をずっと握っていた。
久しぶりに風喜の小さな手を握ってシンは昔の事を思い出した。
「僕はどうしてあげるのが良いのかよく分からないんだ。真田みたいに覚悟があるわけじゃないから・・・・・・」
「しょうがないわよ。あなたも頭がわるいから」
シンは眉間に皺を寄せて鏡花の顔を見る。
「シンもフウと同じ考え過ぎなの、そんなの隣で手を握ってあげるだけで良いのよ。それだけで不安なんてその時は消えるの、また不安になったら手を取ってあげる事ぐらいしかできないじゃない?」
鏡花はシンを真っ直ぐに見る。
「だからたまには後ろじゃなくてフウの横に立ってあげてよ」
そういって鏡花はシンの背中を押した。
「キョウちゃん、シンちゃん、今から走れば直通電車間に合うかも!」
風喜が手を振って二人に合図する。
「分かったよ」
「すぐ行くわ」
風喜は声を掛けた後、二人よりも先に駆け出して行った。
「ほらフウが走ってるから危ないから付いて行って」
「また走るの?」
二人とも風喜を追いかけて走り始める。
「結局私たちっていつもフウを追いかけてるだけなのよね」
「お母さんは大変だね」
「お父さんこそ娘の成長が嬉しいでしょ?」
立ち止まってお互い胸を付き合わせて鏡花とシンは目を合わせた後、二人とも大きく溜息を付いた。
「私は結局フウも大好きだけど、まあシンの事も少しだけ心配してるわ」
鏡花は鞄を持ってない方の手で髪を弄る。
「そうやって他人だけ心配してると後で大変だよ?」
「何よ、すぐに知ったかぶって!」
鏡花は鞄を持った手でシンを叩く。
また喧嘩してる二人を見て風喜は何故あの二人が付き合わないのか不思議に思った。
結局戦いというのは相手が負けを認めるまで続くのだから、二人とも早くどちらかが折れれば良いのだけど、それまで自分は間に立たされ続けるのだろう。
それは悲劇なのだが、当事者としてはもう少しこの間に挟まっていたいと思った。

END


あとがき

ミアシャイマーの「大国政治の悲劇」買ったんですけど、読んでないんですよね(笑)

干渉をテーマに書いてみようかなあとおもったんですけどね、うーんなんともだったかな・・・・・・

あとこの話はNovelAIで絵を作って、そこからイメージ広げてみようと思って試しにやってみたんですが、どうなんですかね?
あんまりいつもと変わんないかも。

文字数結構おおくなっちゃてもう少し短くまとめたかたんですけど、キャラクター三人ぐらい居るとどうしもて長くなっちゃう。




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