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作ることの無力さを知る
昔から作ることが好きで、作る仕事に就きました、という人は多いと思う。
自分もそうだった。
それで作る仕事に就いてみて、
作れば作るほど、作ることの無力さばかりを思い知らされる。
作った直後の完成品には、足が付いていない。
赤子のように、自分で歩くことができない。
歩けないままではただのゴミになってしまう。
少なくとも対価を必要とする場面では。
だから私たちは、作ったものに足や羽をつけて、
作った
山の上に建つアンテナは美しくないのか
大学の授業で、山の写真をスクリーンに映し出して教授が言った。
「こんな美しい山の頂に、こんな醜いアンテナが建っていることに
危機感を持たないような人間が芸術やっててはいけない」
結構前のことなので曖昧だが、こんな旨のことを言っていたと思う。
腑に落ちない。
自分が路地裏を巡ったり室外機の写真を撮ったりして喜ぶような人間だからかもしれないが、果たして山の上に建つテレビアンテナは本当に美しくないのか
東京湾岸地域を歩く時に感じる違和感についての考察
お台場とか、あのへんの街を歩いていると、なんとなく違和感があることに気がついた。この前、友人と展示を見るためにお台場へ行った時にも、なんでなのか気になって考えていて、渋谷、新宿とかのいわゆる「東京」と何が違うのか、それは「街の主観的な大きさ」なんじゃないかと思った。
臨海地域を歩いていると、まるで自分が小さくなってしまったかのような感覚になることに気づいた。
不思議の国のアリスか、ガリバー旅行
夜の散歩と世界の解像度
最近、歩く時間は大切だなあと思う。
自転車で移動している時に考えることは、本当にとりとめがない。
安全確認もしなければならない。
残りの思考の枠を、自動思考レベルの雑多な思考が、
無意識に浮かんできては散々埋め尽くした後消えていく。
気づいたら目的地に着いている。
あれ、そういえばここじゃなくて違う建物に行こうとしてたはずなのに、
自分はなんでここにいるんだ、としばらく駐輪場で立ち尽くす。
歩
「かけた時間がそのまま形になるもの」を作る
ろうそくを溶かして固める。
ろうそくを溶かして流し込んだだけ、やがて冷えて固体になり、
装い新たなろうそくが出来上がる。
それは、卒業制作のアイデアに悩んでいる時期だった。
友人が学園祭で売るためのろうそくを手作りしていて、
それを手伝ってほしいと言われた。
ろうそくを作るのは初めてだったのと、
アイデア出しに息が詰まっていたので、気晴らしがてら、と承諾した。
3時間ぐらいの作業で、20個くらい