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【『逃げ上手の若君』全力応援!】㉗-1古典『太平記』に見る〝首だけ男が大暴れ〟と〝武士のメンツをつぶしたら…〟エピソード(上)

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2021年8月14日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』第27話では、保科氏に続き新たに諏訪神党・四宮《しのみや》氏が登場しました。
 四宮氏は、信濃国更級郡四宮荘に起こった「諏訪神家族」(=諏訪神党)、あるいは四宮神社の「祝《ほうり》」(=神官)という記録が確認できました。
 『姓氏家系大辞典』という本には、「四宮左衛門太郎」とともに「保科弥三郎」の名が記されていて〝おおっ〟と思いました。二人は時行の挙兵の際に行動をともにしたようです。
 こうして、神党も五氏が登場しました(海野・望月・祢津・保科・四宮)。すでに登場した彼らの活躍もさることながら、これからもどんな個性的な神党の面々が登場するのか楽しみです。

 なお、征蟻党編で登場した「浅田忠広」は、『脳噛ネウロ』で主人公・桂木弥子の熱烈なファンだった「浅田忠信」のご先祖様のようです(ちなみに、浅田のモデルは松井先生の元担当編集者であるといったこの情報は、漫画好きな方のブログで拝見しました)。

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 さて、今回の〝麻呂(まろ)VS弥三郎〟編で、モブながら強烈な印象を放っているのが「最初の門番」さんです。ーーもう、ブラック過ぎて笑いが止まりませんでした。

 「私は首だけの状態で敵の尻から侵入し 内臓を全て貪り食ってから胸から飛び出し笑顔で死にます
 「あの人は誇りというかもう只のやばい人だよ!!」(←時行の突っ込みがツボった……)

 ところがこの元ネタなのですが、もしかしたら松井先生は相当『太平記』や南北朝時代について学んでいらっしゃるのではないかとも思ったのです。
 『太平記』には、中国の古典(故事)の引用がとても多くされていますが、そのひとつに「眉間尺《みけんじゃく》」の話があります。

 眉間尺は、父の仇である楚王を殺そうと父の形見の剣(この剣を楚王に渡さなかったことで眉間尺の父は首を刎《は》ねられたのです)を探し出したところに、父のかつての友人であるという旅人がやって来ます。旅人の提案を受け、剣の切っ先を口に含み自ら首を斬り落とした眉間尺のその首を、旅人は楚王に献上します。
 自分の命を狙う眉間尺を亡き者にしようとしていた楚王は大変喜び、その首を獄門にかけたのですが、三か月たっても眉間尺の首はまるで生きているようでした。
 楚王は眉間尺の首を煮るように命じます。七日間煮た果てに、首が少し目を閉じたように見えた時、それまで不気味がって近づこうとしなかった楚王が初めて、眉間尺の首に近づきました。ーーすかさず、眉間尺はくわえていた剣の切っ先を楚王に吹きかけ、切っ先は王の首を切り、眉間尺の首が煮られている鼎(かなえ)へと落ちました。
 煮えたぎる鼎の中で二つの首は食い合いを始め、眉間尺が負けそうになった時、事の成り行きを見ていた旅人が自らの首を切り落とし、鼎へと投げ入れて眉間尺の助けに入ります。二人の首は協力し合い、とうとう楚王の首を食い破り、ズタズタにしました。
 父の仇を討った眉間尺、友の恩に報いた旅人ーー二つの首は笑い声を放ちながら、煮崩れて消えたということです。
 ※鼎…食物を煮るのに用いる金属製または土製の容器。普通は三足。

 保科弥三郎の部下の「最初の門番」さんが、首だけで大暴れして敵を殺し、「笑顔で死にます」と言っているのは、眉間尺を意識しているのかもしれません。眉間尺の説話は誰もが知る有名な話ではなかったようですが、門番さんは知っていて、〝眉間尺かっこいい〟と思っていたので、〝私はこれでいく!〟と決めたのではないでしょうか(とはいえ、時行たちキッズには刺激が強すぎますね……)。

 ちなみに、このおどろおどろしい眉間尺の話が『太平記』で語られているのにはわけがあります。『逃げ上手の若君』にも登場しているある人物が非業の死を遂げた時の様子が、眉間尺と重ねられているのです。それはまたその時にお話したいと思います。

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 さて、門番さんのセリフの前のコマでは吹雪がこう時行に説明をしています。

 「国司から受けた屈辱の仕打ちがよほど誇りを傷つけたのでしょう ああなると誇りのために武士は喜んで死を選ぶ

 これについても、かなり強烈なエピソードが古典『太平記』にはあります。誇り(プライド)を傷つけられたら天皇だって容赦しない……実在の東国武士の話です。
 眉間尺に憧れた門番さんとは違った「やばい人」については、次回お話したいと思います(「週刊少年ジャンプ」はお盆で一週お休みだと思うので、「古典『太平記』に見る〝首だけ男が大暴れ〟と〝武士のメンツをつぶしたら…〟エピソード(下)」としてその間にお届けしたいと思います。

〔日本古典文学全集『太平記』(小学館)、ビギナーズ・クラシックス日本の古典『太平記』(角川ソフィア文庫)、『姓氏家系辞典』を参照しています。〕


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!


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