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サイバー攻撃を模倣する不正選挙(2024)
サイバー攻撃を模倣する不正選挙
Saven Satow
Dec. 13, 2024
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」。
孫子
近年、ソーシャル・メディアを利用して他国の選挙に干渉することが国際的に問題になっている。中でも、ロシアによると思われる世論誘導は選挙結果まで波及するケースが生じている。2024年11月に実施されたルーマニア大統領選挙はその代表例である。
事前の世論調査では、連立与党の現職首相で、中道左派の社会民主党(PSD)候補のイオン=マルチェル・チョラクが優勢、極右ルーマニア統一同盟(AUR)候補のジョルジュ・シミオンが追い上げるという情勢である。ところが、実際の選挙結果は無所属で極右のカリン・ジョルジェスクが1位、中道右派のルーマニア救出同盟(USR)候補のエレナ・ラスコーニが2位、チョラクは3位である。ジョルジェスクは選挙前の支持率が1%未満の泡沫候補、ラスコーニも下位だ。いずれの候補も可ハンスの得票率を確保できなかったため、上位二人の毛選投票になるが、この番狂わせは国内外に衝撃を与える。
ジョルジェスクはロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛したり、NATOに懐疑的な態度を取ったりする人物である。そのため、ロシアによる干渉が選挙結果を左右したのではないかとの疑惑が沸き起こる。実際、第1回投票後の12月4日、政府は国外発の大規模な影響工作が投票結果に影響していたと伺わせる情報文書を秘密愛除している。
第2回投票は12月8日である。しかし、その2日前の6日、ルーマニアの憲法裁判所は大統領選挙の第1回投票の結果を無効との判断を下す。つまり、あれは不正選挙だったというわけだ。
倉茂由美子記者は、『読売新聞オンライン』、2024年12月9日 22時30分更新「フォロワー5万人のインフルエンサー『報酬もらった』…ルーマニア大統領選巡り『関与を後悔』」において、その手口について次のように伝えている。
やり直しが決まったルーマニアの大統領選挙を巡り、TikTok(ティックトック)を使って極右のカリン・ジョルジェスク氏の選挙活動に関与したインフルエンサーが「報酬をもらった」などと証言を始めている。マニュアルの存在や偽アカウントの多用などSNSでの情報操作を裏付ける形となっている。
大統領選を巡っては、11月24日の1回目投票の公平性が損なわれたとして、憲法裁判所が6日、やり直しを決定した。情報当局などが公開した文書では、ジョルジェスク氏は選挙活動費をゼロだと申告していたが、100人以上のインフルエンサーが宣伝に関与し、報酬として計約38万ドル(約5700万円)が支払われた。ジョルジェスク氏に関係するアカウントは約2万5000に上ったとしている。ジョルジェスク氏はこうした指摘を否定している。
約5万人のフォロワーがいるアレックス・ストレミツェアヌさん(27)は、「投票率を上げるキャンペーンとして投稿を請け負った」とTikTokの投稿で告白した。インフルエンサー向け仲介アプリで引き受け、マニュアルに従って、大統領に求める資質などを語った自身の動画に「♯大統領選挙2024」と付けた。特定候補を支援する目的ではないと説明されていたが、動画には「ジョルジェスクに投票します」といったコメントが大量に投稿されたという。
ストレミツェアヌさんは本紙の取材に、自身の動画についたコメントの多くは「偽アカウントからだった」と説明。「ジョルジェスク氏に利用されるとは知らなかった。彼の価値観には共感できず、関与したことを後悔している」と釈明した。
選挙干渉の方法は、SNSに偽アカウントを大量に用意して、特定候補には肯定的、対立候補には否定的な投稿を繰り返すような単純なものではない。そうした牧歌的なやり方では泡沫候補を得票率トップにまで押し上げることなどできない。
記事に登場するインフルエンサーはジョルジェスクの支持者ではなく、むしろ、批判的である。投票率向上キャンペーンの趣旨に賛同して、TikTokに動画を投稿している。依頼者の提供するマニュアルの指示に従ったが、内容は「大統領に求める資質など」を語っただけで、特定候補を応援するものではない。しかし、「♯大統領選挙2024」のついたその動画には、「ジョルジェスクに投票します」といったコメントが大量に投稿される。こうなると、アルゴリズム上フォローと関係なく、この動画は上位に表示される。
日本語のSNSでも、選挙とは別に、似たような光景をしばしば目にする。投稿者のコメントも記されていないマスメディアの配信記事をポストしたツイートにネトウヨ的な返信が大量に付けられていることがある。プロフィールを見る限り、投稿者は一般市民で、特に感想もないニュートラルなツイートである。それに対して特定の考えを書き込むのは社会性に欠ける行為でしかない。
しかし、選挙の際にこうした手口は有効である。このインフルエンサーはニュートラルである。その投稿に特定候補を支持する大量のコメントが寄せられるとしたら、閲覧者は影響される可能性がある。有権者全員を誘導する必要などない。結果に影響する程度の人数を動かせればよい。少なからずの有権者は特定の候補を強く支持しているわけではない。そういった人たちは目にした情報の印象で支持を決めることがある。これは、日本の首相が外遊に出ると、マスメディアの報道量が増え、内閣支持率が上がることからもわかるだろう。
この記事が詳記する世論誘導の方法で興味深いのは、それがサイバー攻撃の手口と重なることだ。投票率向上キャンペーンという公共性の高い活動を装い、その参加にインフルエンサーを誘導する。これは「トロイの木馬(Trojan Horse)」である。このマルウェアは無害もしくは有用なプログラムやソフトウェアに擬態してユーザーの知らない間に悪意のある動作を行うサイバー攻撃だ。90年代から現在に至るまで社会問題化する事件を何度も引き起こしている。
また、この不正行為は第三者のハードウェアを踏み台にしている。これは古典的と言えるサイバー攻撃のやり口である。例えば、「分散型サービス拒否攻撃」とも呼ばれる「DDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack)」はターゲットとなるWebサイトやサーバに大量にアクセスしたり、データを送りつけて負荷をかけたりしてダウンさせることを狙うものである。その際、複数のコンピュータを踏み台にして攻撃して、張本人を特定しにくくする。第三者の投稿を踏み台にして世論誘導を図った今回の手口はこれと似通っている。
今回の手口はトロイの木馬を使って第三者のハードウェアを利用するサイバー攻撃を応用しているように思える。トロイの木馬やDDoS攻撃はインターネット黎明期に登場したものである。現在のサイバーアタックはここで言及した以上に極めて巧妙になっている。不正選挙の手法もそれを参考に新たな方法が考案されるだろう。民主的な選挙が公正に行われるためには政府やプラットフォーマーによるSNSの規制が不可欠である。ただ、それには偽情報対策だけでは不十分だ。日本のSNSの投稿をめぐる現状はルーマニア大統領選挙で見られた世論誘導が入り込みやすい状態である。不正選挙を防止するには、サイバー攻撃の対策を踏まえる必要がある。
〈了〉
参照文献
倉茂由美子、「フォロワー5万人のインフルエンサー『報酬もらった』…ルーマニア大統領選巡り『関与を後悔』」、『読売新聞オンライン』、2024年12月9日 22時30分更新
https://www.yomiuri.co.jp/world/20241209-OYT1T50188/