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『キュクロプス』とイラク派兵(2006)

『キュクロプス』とイラク派兵
Saven Satow
Mar. 23, 2006

「無から有を生ずる」。

 合衆国政府は、イラク戦争により犠牲となったイラクの民間人が3万人を超えたと発表しています。しかも、治安は悪化する一方で、本格的な政権の発足にも目処が立っていません。ジョージ・W・ブッシュ大統領は、3月21日の記者会見で、自らの任期中の米軍の撤収は困難と認めています。極めて薄い根拠と甘い見通しに基づいて始まった戦争は、今や破壊と混乱をイラクにもたらしているのです。

 ブッシュ政権でさえその開戦根拠の希薄さを認めているのに、小泉純一郎首相は、いつもの通り、自らの政治判断の非を謝罪する気はないようです。その応援団も派兵が妥当だったのか検証もせず、無責任な態度に終始しています。小泉首相は、「イラクは大量破壊兵器がないことを証明しなければならない」や「どこが危険であるかなど私にわかるわけがない」、「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域」などエウリピデスのサテュロス劇という茶番劇『キュクロプス』の科白まがいの国会答弁を繰り返し、自衛隊を派遣しています。

 「キュクロプス」と呼ばれる一つ目族の巨人ポリュペモスは「俺に手出しをできるものは誰もいない」と豪語し、オデュッセウスに名前を尋ねます。彼は「ウーティス」と名乗ります、これは「誰でもない」という意味です。この人食い巨人にしこたまワインを飲ませて泥酔させ、その目をつぶしてしまいます。

コロス 一体誰にやられた?
ポリュペモス やりやがったのは「誰でもない」だ。
コロス それなら誰もやっていない。
ポリュペモス 「誰でもない」が俺の目玉をつぶしたのだ。
コロス それなら目玉はつぶれていない。
ポリュペモス からかいやがって。「誰でもない」はどこにいる?
コロス 誰でもないならどこにもいない。

 ポリュペモスは巨体を揺すりながら、オデュッセウスを呪い、悪口雑言を吐き出し、この劇は終わります。ポリュペモスは、存在しないアルカイダとの関係ならびに大量破壊兵器を理由に侵攻したものの、「誰でもない」自動車爆弾に苦しめられるイラクでの米軍に似ています。

 劇には終焉があります。けれども、今のイラクには幕の下りる時期が見えません。小泉政権とその応援団はこの終わりのない茶番劇をまだ続ける気でいるのです。
〈了〉
参照文献
丹羽隆子、『はじめてのギリシア悲劇』、講談社現代新書、1998年

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