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修飾語とModifier(2)(2012)

第2章 絞りこみと飾りつけ
 「修飾語」に当たる英単語は”Modifier”である。これと同じ語源の”modification”には「限定」の意味がある。「修飾」は、むしろ、”decoration”であろう。「修飾語」よりも「限定語」の方が英語のニュアンスを伝える。日本語の修飾語の定義は、ある語句が別の語の意味を飾りつけることである。一方、英語のそれはある語が別の語の意味を絞りこむことである。

 この文法用語をめぐる日英の違いは冠詞の有無から説明できる。日本語では裸のまま普通名詞を使えるが、英語においてはそうはいかない。

 時計を集めていた。
 時計を拾った。
 時計を落とした。

 I collected watches.
 I have picked up a watch.
 I have dropped my watch.

 日本語ではいずれも「時計」とプレーンの普通名詞ですんでいる。一方、冠詞もしくは所有格といった決定詞をつけるか、複数形にしないと、英語においては普通名詞を使うことができない。裸の普通名詞は事典や辞書の見出しなどに用いられるだけで、具体的な個物ではなく、抽象的な概念、すなわちイデアを表わしている。

 英語では、実際に普通名詞を使う場合には、具体的な個物に合わせて概念を限定する必要がある。この考えが修飾語にも拡張される。修飾語句は、概念を飾るのではなく、絞りこむためにつけられる。例えば、”a black wallet”では、”wallet”の集合の中から”black”なものの任意の一つを限定したのであって、そうではないものは淘汰されている。文法書では、こうした形容の働きを「限定用法」と記されている。

 他方、日本語はプレーンの普通名詞で抽象的な概念と共に具体的な個物を指し示すことができる。修飾語は、そのため、特に飾る必要があるときに、付け加えられる。例えば、「黒い財布」では、それが持つ特徴の中から「黒い」をピックアップして飾ることで、他と差異化する。

 英語では、名詞が形容詞的に用いられる場合がある。その際、修飾する方の名刺は単数形に限られる。ここで必要とされているのは概念であって、個物ではないからだ。ただ、名詞の形容詞的用法は、新たな一つの名詞の創造とも考えられる。名詞に修飾機能があるとは必ずしも言えない。

 名詞の形容詞的用法に関してこんなエピソードが伝えられている。1989年、福岡ドームを中核とする複合商業施設の名称が「ホークスタウン」となることを知った佐藤清文という東京在住の大学生がダイエーに手紙を書いている。主旨は次の通りである。英語の名詞の形容詞的用法では、"Yankee Stadium”のように、単数形を用いなければならないので、「ホークタウン」が適切である。海外からお客様を招くのに、おかしな英語を使うことは貴社のイメージにとってあまりよくない。しばらくして、「ホークスタウン」のパンフレットが彼の元に送付される。2004年にダイエーが事実上倒産したニュースに接した際、彼は人の話に耳を傾けない企業の末路はこうなるのだと確信している。なお、現在でも「ホークスタウン」の名称がつかわれている。

 主語や述語動詞、補語、目的語の四つを「文の主要素」と呼ぶ。言うまでもなく、これらのみで構成されている文だけではない。主要素の意味を限定して詳しく説明したり、捕捉説明したりする附属的な語句が「修飾語」である。文中で名詞を修飾する役割が形容詞、それ以外にその機能を果たすのが副詞である。形容詞は英語で”adjective”と言い、「名詞に付加される語」に由来する。名詞の他、代名詞も修飾する。冠詞も形容詞の一種である。また、副詞は”adverb”で、語源は「動詞に付加される語」である。動詞だけでなく、形容詞や他の福祉、名刺、代名詞、句、節、文全体を修飾する。

 英語で動詞は修飾語として用いられない。他方、日本語では動詞を修飾語として使うことができる。「ゆれるまなざし」がその一例だ。日本語の修飾が飾りつけで、限定ではないことの表われである。

 英語では、名詞の前に積み重ねられた形容詞の優先順位は、限定の階層構造に基づいている。この決まりは厳しい。と言うのも、修飾語の順序によって意味が変わることがあり、わかりにくいという問題にとどまらないからだ。

 青い
 ビニールの
 バッグ

 この三つを合成する場合、日本語においては「青いビニールのバッグ」でも「ビニールの青いバッグ」でもかまわない。「青い」と「ビニールの」の間に飾りつけの優先順位はない。

 一方、英語ではそんな曖昧さはない。

 blue
 plastic
 a bag

 この三つを合成する場合、”a blue plastic bag”の語順でなければならない。”plastic”は素材、”blue”は色というバッグの属性を示している。属性は階層構造を有している。素材は色よりもバッグにとって変更しにくい特徴である。そのため、素材が色よりも優先して名詞を修飾する。

 日本語では前置修飾のみだが、英語において、”something new”のように、名詞の後に形容詞が配置される表現もある。名詞の前後に複数の形容詞が置かれている場合、後の語が最後に修飾する。後置修飾語は前置よりも階層が表層に位置している。

 後置修飾を考える際に、主要なトピックとなるのが句と節である。主語と動詞は含まないものの、複数の語が集まって文中で品詞の機能を果たすのを「句」と呼ぶ。修飾の積み重ねによって語がまとまって句を形成する。この句形成も修飾の重要な機能である。それによって複数の単語の集合体が一つの形容詞もしくは副詞として扱える。それぞれ「形容詞句」、「副詞句」と言う。また、主語と述語動詞を備えた語群が文の一部をなしているのが「節」である。句だけでなく、節も修飾の役割を果たす場合がある。節は動詞を修飾語句に用いるための一つの方法である。形容詞の働きをするのが「形容詞節」、副詞が「副詞節」と名づけられている。

 句の基本構造は前置詞+名詞である。前置詞の働きは句形成だとも言える。この名詞の位置に節が来る場合もある。連続的に配置する際、そのため、句が節の前である。節は句よりも被修飾語の絞りこみが広い。名詞・形容詞・副詞を修飾する際には、句や節はその直後に必ず配置される。ただし、被修飾語が動詞の時はその限りではない。動詞を修飾する副詞は、文中、比較的自由に位置取りができる。動詞は英語で”verb”と言い、語源は「語の中の語」である。動詞の強い磁場により、それを修飾する際の副詞はどこにいようとその関係が明白である。

 前置修飾の形容詞・副詞に比べて、後置修飾される句・節は被修飾語の核心から遠い。修飾語句は、前後のいずれにあっても、被修飾語から離れるほど、限定が広くなる。これは住所を記す際の決まりごとを思い起こせば納得できるだろう。

 Sherlock Holmes lives at 221b Baker Street in London.

 前置修飾と後置修飾はどちらも被修飾語を限定する。ただし、前者の方が後者よりも核心に近い。

 The taller man in black is Will Smith.

 ウィル・スミスは黒服のうちの背の高い方の男と言っているのだから、後置よりも前置修飾語が絞りこみの強さがある。後置修飾語句がなくても文として成り立つが、前置では、それがないと、文法上おかしなものになってしまうことも少なくない。この例文でも、”in black”がなくても文法上のミスはない。他方、定冠詞がなければ、意味が通らない。

 このように、英語の修飾語句の優先順位は絞りこみの規則に従っている。英文を和訳する際、日本語としての自然さが必要であるから、そのルールも明瞭になるだろう。

 日本語の修飾は飾りつけである。先に配置される修飾語は被修飾語から遠い飾りのものになる。コート、ジャケット、シャツ、下着の順に身体に近づく。しかし、タイピンとカフスボタンの距離感ははっきりしない。ここが英語の絞りこみと違う点だ。英文和訳の際に、前置修飾の順番はどちらの言語も同じと考えられる。問題なのは日本語にない後置修飾の扱いだ。後置修飾では、後に行くほど被修飾語の核心から遠くなる。外側の飾りになっていくと見なすことができる。後置修飾は後から優先して訳すのが日本語の修飾の規則と適合する。

 “ Sherlock Holmes lives at 221b Baker Street in London”は次のように和訳できる。

 シャーロック・ホームズはロンドンのベーカー街221bに住んでいる。

 「ロンドンのベーカー街221bに」は「住んでいる」という動詞を修飾している。「ロンドンの」と「ベーカー街221bに」の語の被修飾語からの距離は英語と同じである。なお、この和訳は不正確である。正しくは「シャーロック・ホームズの住所はロンドンのベーカー街221bだ」である。

 これに則れば、句と節が併用されている文では、節が句よりも前に訳される。日本語では節が句よりも前に置かれた方がわかりやすくなる。

 さらに、同様の見方から、前置修飾と後置が併用された文の場合、前者を後、後者を先に和訳する。副詞句や副詞節が後置されているとは限らないが、修飾語と被修飾語の絞りこみの遠近感から訳の順序を判断すればよい。

 日本語におけるわかりやすい修飾語の順番は、長い修飾語句から前に置くことではない。被修飾語の飾りつけとして周辺に位置するものを前に配置することである。概して、外側の飾りほど長くなる傾向がある。日本語は原則的に前置修飾だけなので、被修飾語からの遠近が修飾語の位置に反映される。

 本多勝一の第二原則の例文にも、この規則が適用できる。日本語はSOV型の言語である。倒置などはあるものの、述語動詞の前に他の語句が置かれる。語句の優先順位は、飾りによりもたらされる動詞との距離感によって決まる。句と節の並びが示しているように、飾りつけが多い語句ほど動詞から遠くなる。そのため、一般的に、長い語句が前に来る。これは、外側の飾りの語句ほど、被修飾語より離して配置する規則の援用である。日本語の語順のゆるやかさがここで効いてくる。

 以上から、日本語でわかりやすい文を書く際の修飾語の優先順位の規則は、こう結論づけられる。日本語における修飾は飾りつけである。被修飾語にとって周辺に位置する飾りの語句ほど先に配置する。また、特に強調の必要がない場合、飾りつけの多い語句ほど先に、すなわち動詞から離して置く。さらに、語順は文脈によって変更されるが、それにより誤解が生じそうな時、読点を用いて、対象の領域を限定し、修飾語と被修飾語の関係を明確にする。

 この規則は、短い文章であれば、意識しなくても、たいていの人ができる。けれども、長くかつ複雑な文章になると、うまくいかないことも少なくない。わかりやすい文章術として、単文の積み重ねを勧める理由もここにある。それは、確かに、実用的な指南である。ただ、暗黙のうちに行われている行為をあえて意識してみることで、文章の読み書きに関する理解が深まる。わかりやすくなる仕組みをわかることにより、読み書きがさらにわかってくる。いつも使っている言語にもっと敏感になってもよい。
〈了〉
参照文献
池上彰、『ニュースの読み方使い方』、新潮文庫、2007年
伊藤笏康、『言葉と発想』、放送大学教育振興会、2011年
本多勝一、『日本語の作文技術』、朝日文庫、1982年
文部省、「くぎり符号の使ひ方」1946年
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kijun/sanko/pdf/kugiri.pdf


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