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インターネットの理念と地域振興(2011)
インターネットの理念と地域振興
Saven Satow
Aug. 16, 2011
「助くるは心の中の深き水。賢者はそれをくみ出す」。
『箴言』20:5
「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて(From each according to his ability, to each according to his needs)」。ベルリンの壁崩壊後、このカール・マルクスの『ゴータ綱領批判』のスローガンは廃墟の碑文として扱われている。しかし、今日、それはクラウド・コンピューティングとして実現している。ユーザーはデータ・センターの施設を所有せず、インターネットを介して、必要に応じてそのサービスの提供をサーバーから受けとる。
インターネットをめぐる新たな技術・サービスが登場すると、それは都市の新風景として描かれがちである。クラウド・コンピューティングも例外ではない。クラウド・コンピューティングは、検索すると、グローバル化による国際競争が激化する中、ビジネスを変えると紹介する多くのページにヒットする。しかし、インターネットの理念は「自立・分散・協調」である。これは自治体のあるべき姿でもあり、クラウド・コンピューティングも地域振興への活用が大いに期待される。
インターネットと地域振興と言うと、従来、マーケットのグローバル化の観点から語られる。インターネットを使えば、市場を国内のみならず国外にも拡大でき、地域の産品の売り上げの向上や観光客の増加につながるというわけだ。これは決して間違っていない。「伝統工芸品」は、国内では時代遅れだから、そう呼ばれているのであって、その文脈のない国外にとっては新鮮に映り、消費者数も馬鹿にならない。
クラウド・コンピューティングは地域の風景を変える可能性がある。それは地域の生活基盤を強化し、新たな産業振興につながる。クラウド・コンピューティングはストリーミング・データ、すなわちリアルタイムの情報の収集に適している。この解析を活用すれば、社会インフラの高度化やセキュアな環境整備に有効であり、地域の活性化に役立てる。
今、脱原発実現のために注目されているスマート・グリットは、クラウド・コンピューティングの活用例の一つである。収集したストリーミング・データをクラウドによって高速処理することで、電力を供給・需給の両サイドから制御し、最適化する送電網である。これによって電力の需給がより効率化され、地産地消で、各種トラブルの際には融通し合える分散型エネルギー・システムの構築を可能にする。これはインターネットの理念「自立・分散・協調」そのものである。脱原発は、インターネットをその理念に忠実に利用することで、到達の道が開かれる。
しかも、再生可能エネルギー技術の開発が促進されるのみならず、各地に分散した発電設備・機器を設置・管理・補修するための雇用も地域に生まれる。こうした手に職をつける職種は技能の訓練・習得を必要とするため、従事者は不況にも強い。また、だからと言って、高度な専門教育を必須としてもいないので、地方の実業高校の卒業生のいい就職口である。
また、プローブ情報の収集・解析に基づく高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems: ITS)もクラウド・コンピューティングの有力な応用実践例である。プローブ交通情報は、自動車の移動位置と車速から渋滞・混雑情報、ワイパーの動きから天候情報、ブレーキのかけ具合から燃費情報を集めて生成された道路交通情報である。これらを利用して事故や渋滞の解消、省エネや環境対策などさまざまな課題の解決を図るのがITSである。国土交通省によってすでにスポットが各地に設けられている。
こうした発想を応用すれば、道路や橋、トンネルなどの状況を管理し、適切な補修・補強を可能にする。また、3・11はセキュアな街づくりの必要性を人々に痛感させている。災害対策にもこうしたアイデアが生かされることは間違いない。
重要なのは、インターネットに関する技術・サービスがいかに地方に雇用の拡充をもたらすかという点である。さもなければ、インターネットの理念に反することになり、地方の置かれている現状の維持もしくは悪化につながるだけである。
産業振興を考える際に、地方の高卒者が将来に亘ってライフ・サイクルに応じて暮らしていける雇用の創出を出発点としなければならない。地元に有望な仕事があれば、若者は出て行かず、街は活気を呈し、弱まった中間層が復活する。地方の活性化は国全体のそれにつながる。かつては製造業が地方に進出し、高卒者を正規雇用していたが、為替レートや人件費の国際敵割高から、工場が海外に移転し、残ったところでも、非正規雇用を増加させる。二次産業の成長と共に、一次産業は衰退していき、現状維持もおぼつかず、余力に乏しい。政府はこの動きを加速させることはしても、改善には積極的だったとはとても言えない。今、地方経済の疲弊は著しい。
そんな中、2011年7月19日、トヨタ自動車は、東北に建設する新工場に13年を予定に訓練校を併設することを発表している。工業高校の卒業生を受け入れ、自動車工として必要な技能を訓練・習得させる。これは確かに英断であるが、本来は政府がやるべきことだろう。
世界各地で「スマート・シティ」構想がすでに進められている。それはITを駆使し、各種のエネルギー効率を高め、省資源化を推し進めた環境配備の都市プランである。正直、既得権益にしがみつく連中の抵抗も合って、日本は立ち遅れている。ITは進化が速いが、それを社会インフラの高度化やセキュアな環境整備への活用となると、たやすいことではない。人件費が少々高くても、さまざまな蓄積がある日本でなら十二分に可能である。産業振興はこの点から考えられて然るべきだ。何しろ、世界で最も廉価で高速大容量のブロードバンド回線を日本ではほぼ国中で使える。それを使えば、地方で高卒者が将来に亘ってライフ・サイクルに応じて暮らせるような産業振興ができる。
実は、インターネットの活用の点で国際比較すると、政府・起業・個人のいずれも高くない。総務省が2010年9月にまとめた『次世代ブロードバンド政策』によると、利活用の項目では企業が8位、個人が9位、政府に至っては18位である。この大いなる公共財を日本は生かしきれていない。もったいない話だ。
条件がそろっている以上、必要なのは考え方である。クラウド・コンピューティングも「自立・分散・協調」から認識するならば、都市の新風景にとどまらず、地方に非常に広範囲な雇用をもたらし得る。インターネットの理念に忠実にそれを活用することが地域振興の有望な可能性である。『コンピューターおばあちゃん』のヒットから今年で30年が経つ。もっとITを生かしていてもいいはずだ。
〈了〉
参照文献
ITS-Japan
http://www.its-jp.org/about/
社団法人日本インターネットプロバイダー協会
http://www.jaipa.or.jp/