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リテラシー・スタディーズ、あるいはリテラシーと批評(2)(2007)

2 リテラシーと科学
 今日、リテラシーはさまざまな領域に拡大し、全般的に、意味の読解力を指すとして用いられている。「情報リテラシー」、「メディア・リテラシー」、「科学リテラシー」、「インターネット・リテラシー」、「リサーチ・リテラシー」、「健康リテラシー」、「金融リテラシー」など現代社会における必須のリテラシーは増える一方である。

 1989年に出版された『すべてのアメリカ人のための科学(Science for All Americans)』のイントロダクションにおいて「科学リテラシー」は次のように定義されている。

 科学リテラシー──自然科学や社会科学、ならびに数学とテクノロジーを含包するもの──には多くの事実があるが、それらとして次のような点が挙げられる。自然界になれ親しみ、その統一性を尊重すること。相互に左右される数学、テクノロジーおよび科学における重要な諸方法に気がつくこと。科学の鍵となる概念・原理を理解すること。科学的な思考法のための能力があること。科学、数学やテクノロジーが人間の営みであり、それに伴う強みと限界が何であるかを知っていること。個人的・社会的目的のために科学的な知識・思考法を使えること。

 健康情報を裏付けているのが科学なのか似非科学なのかを見分けるというのは、こうした科学リテラシーの一例である。

 星浩は、2007年5月8日付『朝日新聞』の「政態拝見」の中で、捏造が発覚してテレビ局が批判されると、朝日新聞に次のような内容の抗議電話が殺到したと紹介している。「納豆を食べてもすぐにやせるはずがないことは、多くの『国民』が常識として知っているはずだ。捏造は批判されて当然だが、その番組を見て納豆を買い込んだことへの反省も大切だ。自分のことは顧みず、相手が弱いと見ると攻撃を強める風潮がある」。これらの講義は直感的であり、メディア・リテラシーに則っていないし、その議論に達していない。

 中山健夫京都大学教授は、07年2月13日付『朝日新聞夕刊』の「科学」欄において、そうした情報を読みとる際の6つのヒントを挙げている。

分子と分母
「或村で80歳以上の男性10人中8人が喫煙者」だったとしても、煙草を吸っていると長生き出来るとは言えません。
 20 年前、60歳だった村人のうち喫煙者が100人で非喫煙者が10人だったなら、非喫煙者のほうが高率で80歳まで長生きしたことになります。

バイアス(偏り)
30年代に米大統領選で二つの民間調査がありました。約240万人の調査で有利と予想された候補者が、2万人の調査で有利と予想された候補者に敗れてしまいました。
 240万人調査は対象者を選ぶ段階で自動車登録名簿等から選び, 裕福な層に偏った為です。2万人調査は有権者全体の比率に似せる工夫をしていました。

平均への回帰
健診等で血液中のコレステロールを測り、平均より異常に高い人達に食生活指導をして、 数ヵ月後に下がったとします。しかし、これだけでは指導の効果があったとは言えません。コレステロール値は常に変化し、たまたまその時に高い値を示した人もいます。こういう人達は、もう一度測ると集団全体の平均に近い値になる傾向があります。はじめに比べて下がって見えることがあり、「平均への回帰」と呼ばれます。

資金のスポンサー
米カリフォルニア大の研究者が、80~95年に出た受動喫煙の危険性に関係する106の論文を調べています。
 煙草産業から研究資金をもらった研究者は、そうでない研究者に比べて、遙かに多く危険性を否定する論文を書いていました。スポンサーへの配慮が働いたと考えられます。

比較群
胃癌の原因になる食事を突き止める為、日本人患者百人を調査し、共通したのは味噌汁だったという結果があったとします。でも、味噌汁は多くの日本人が食べます。「胃癌でない人(比較群)は、味噌汁を食べていなかった」という情報がないと、本当に味噌汁が胃癌の原因なのかは判断出来ません。

ホーソン効果
米国の町で、作業効率を上げる為、照明等の効果を調べたところ、調査があるからと作業員が良い成果を上げようとしたことが、最も大きな効果をもたらしたという皮肉な結果が出ました。
 こうした現象を町の名から「ホーソン効果」と呼びます。
 薬をもらった患者が、良くなろうと生活習慣を改善し、薬自体の効果以上に優れた結果になることもあります。

 この6点はメディア・リテラシー全般にも適応できる。メディア・リテラシーは、メディアの情報を批判的に読み解いて、その真偽を識別し、活用する能力である。扱われるメディアには、公的機関やマスメディア、映画、音楽、出版業界、広告、インターネットなど幅広い。メディア・リテラシーは「テレビと政治」や「戦争とメディア」、「広告と科学」、「インターネットと情報」などのトピックとしてすでに多岐に亘って論じられている。情報操作や世論誘導、公平性・中立性、似非科学、デマ、プロパガンダなどは依然として同時代的な問題である。「映像とは客観の顔をした主観である。多くの歴史が勝者の歴史であるように、映像もまた権力者の意向を反映している」(高橋和夫『国際政治』)。

 メディアを通したものには取捨選択が働いており、何らかの意図に従い、示されているそれぞれに意味がある。それを読みとり、批判的に接する態度は情報の氾濫する現代社会には必須である。そのためには、結果だけでなく、その過程を知る必要がある。送り手側の事情、さらには各メディアに固有な技法を考慮することで、彼らの言い訳が本当に妥当であるかどうかも吟味できる。リテラシーに焦点を当てることはプロセスの検証にほかならない。

 リテラシーは読み書きの能力である。読み方だけでなく、書き方もわかっていなければならない。書くプロセスを知った上で読むことが批判的読解につながる。


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