アモック、あるいは動機なき無差別殺人(2014)
アモック、あるいは動機なき無差別殺人
Saven Satow
Mar. 06, 2014
「犯罪に理由が必要なのか?」
アーサー・ショークロス
動機なき無差別殺人は「アモック(Amok)」として前近代のマレー文化圏でしばしば見られます。英語に「見境をなくす」という意味の”run amok”がありますが、これに由来しています。「アモック」は「アトムズ・フォー・ピース(Atoms for Peace)」の曲で知っているかもしれません。
アモックは文化結合症候群あるいは文化依存症候群の一つで、特定文化との結びつきが強い病と考えられています。ですから、マレー語の名称がそのまま使われています。
アモックの症状はこんな具合です。突然、無差別と思われる対象に激しい暴力的行為を加えます。刃物を振り回すことが多く、取り押さえられるか、その際に殺されるか、自殺するかといった結末に至ります。こうした症状は主に男性のマレー人の間で見られます。
なお、対人恐怖症が日本で多いとされ、文化結合症候群に含められています。
アモックは、大航海時代、マレー半島にやってきたポルトガル人などからヨーロッパへ伝えられています。その後、マレーは英国の植民地になり、渡ってきた医師がこの症例の記録を残しています。19世紀末に元警官が10人近くを無差別に殺傷した事件も起きています。
伝統的村落では地縁血縁が濃密です。通常、犯罪もそこから生じると考えられます。けれども、アモックは動機がはっきりしません。マレー人の多くはイスラームですから、自殺が許されていません。そのため、自暴自棄の間接的自殺と解釈する向きもありますが、原因はわかりません。動機なき無差別殺人を精神の変調と捉えるのも何かに憑りつかれたように凶行に走ると見えるからでしょう。
ただ、前兆があるとされています。つらい目に遭ったり、屈辱を覚えたりするなど精神的なダメージを感じ、引きこもり、抑うつ状態に陥るようです。精神が過度の緊張状態に囚われ、孤立化し、突如、見境なく暴力行為を働くというわけです。
アモックは文化結合症候群とされてきましたが、そう捉える理由は今ではあまりありません。近代化と共に、マレー文化圏で確認されなくなっています。反面、動機なき無差別殺人が他の近代社会でしばしば起きているからです。近代化がマレーからアモックを減らしたのに対し、先にそれを達成した欧米や日本で発生するようになったと思われるのです。柏で起きた刃物を用いた無差別殺傷事件にも、アモックが見てとれます。
アモックの発症を地域文化に限定し、その理由を決定するのは時代遅れです。むしろ、普遍的に検討する必要があります。ただ、動機なき無差別殺人が決して新しくはなく、古くから起きていたことは確認しておかなければなりません。今の先進国社会を見るだけでは不十分です。マレー文化圏の社会変化を詳しく考察することが現代のアモックを考える一つの手がかりになるでしょう。
各事件には確かに個性があります。同一のものはありません。けれども、類型化すると、犯罪に歴史や社会が見えてくるものです。それを考慮する時、本質が洞察されることもあるのです。
〈了〉
参照文献
内堀基光、『「ひと学」への招待』、放送大学教育振興会、2012年