小序マンガの協読(2013)
少女マンガの協読
Saven Satow
Feb. 23, 2013
「女性は自分たちの道徳的発達を、責任と人間関係を理解することにおける変化に結びつけている」。
キャロル・ギリガン『もうひとつの声』
少女マンガの黄金時代は70年代から80年代にかけてです。この時期の少女マンガ誌の読まれ方は、少年マンガ誌のそれと異なっています。少年たちが好きな雑誌を一人で読んでいたのに対し、少女たちは貸し借りをして回し読みしているのです。
この時期、少年マンガが週刊誌中心だったのに対し、少女マンガは月刊誌や隔週誌もまだ優勢です。月刊誌は電話帳のように分厚いものです。
どの雑誌を買っていたかはその少女の嗜好を表わしています。言わば、アイデンティティです。けれども、それは開かれています。違いを強調して排他的な態度をとると、不利益を被ります。
『なかよし』が一番好きだけど、『別冊少女フレンド』や『別冊マーガレット』も読みたいと思ったとします。でも、お小遣いは限られています。週刊マンガ誌も購読しています。そこで、他を持っている友達と貸し借りをして読むわけです。実に合理的な判断です。
この協読のシステムは同時代的に広く見られた自然発生的現象です。月刊誌だけでなく、隔週誌や週刊誌の貸し借りでもそのネットワークが機能しています。誰に教えられたわけでもないのに、全国各地の少女たちはその社会関係資本を構築してマンガを楽しんでいます。社交を通じてマンガを読む、あるいはマンガが社交を育むことが少女たちの間で日常化しているのです。
回し読みは出版社も承知していますから、他誌と激しく競争しつつも、発行部数も抑制的です。返品率は生産コストに関わりますので、出版社は返品を嫌うのです。発売日を逃すと、もう近所の本屋にはないこともざらです。少女マンガ誌では、同時期の『週刊少年ジャンプ』のように単独で400万部突破といった部数は発行されていません。
少年マンガは週刊誌が大半ですから、貸し借りをしている時間的余裕がありません。愛読雑誌を買い、他は立ち読みですませます。ですから、少年たちは個読になります。自分の好みと合う友達とマンガの話をしてセクト的に盛り上がるにとどまります。少女たちが同時代のマンガ全般に通じているのに比べて、少年たちには知識の偏りが見られるのです。
少年マンガが月刊誌から週刊誌へとヘゲモニーがシフトした時、少なくないマンガ家が筆を折っています。週刊ではテンポが速すぎていいマンガが描けないのが主な理由です。『スポーツマン金太郎』でスポーツマンガを切り開いた寺田ヒロオがその代表です。
月刊誌に掲載されたマンガは一か月間読まれると考えねばなりません。再読に耐えられる作品に仕上げる必要があるのです。それには、心躍らせる物語展開や魅力的なキャラクターだけでなく、凝った表現や豆知識、遊びなどを盛りこみ、何度読んでも新たな発見がある工夫が要ります。目の肥えた読者によるこの要求に応えるべく、少女マンガの質は飛躍的に向上します。
少女マンガは少女たちのソーシャル・キャピタルによって育ち、黄金時代を迎えています。少女マンガという物語を共有して少女たちは価値を協創していたとも言えます。少女マンガ誌にも激しい部数競争にさらされています。けれども、競争だけでは文化の土壌は豊かになりません。協力が必要です。少女マンガの協読は、文化の発展について考える時、大いに示唆を与えてくれるのです。
〈了〉
参照文献
キャロル・ギリガン、『もうひとつの声』、岩男寿美子訳。川島書店、1986年