名阪国道、あるいは日本一危険な道路(2015)
名阪国道、あるいは日本一危険な道路
Saven Satow
Jan. 05, 2015
「僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る」
高村光太郎『道程』
この年末年始、天候不良により各地で交通渋滞・事故が頻発しています。その中で、名阪国道上の立往生が目を惹きます。これは国道25号線の通称で、奈良県天理市と三重県を結ぶ片側2車線の自動車専用道です。西に名阪高速、東に東名高速に挟まれた区間を指します。
三重県内の名阪国道で、2015年1月1日午後10時から2日未明にかけて、関ICから伊賀IC間の下りが軽鎖、約150台が立ち往生しています。3日未明に再び関ICと上野IC間の上下線が通行止め、約70台が動けなくなっています。
この名阪国道は「日本一危険な道路」として知られています。1993年のデータを紹介しましょう。全国の高速道路の実延長当たりの事故率を比較すると、全高速道路1km当たり死亡事故が0.057件、全自動車専用道0.094件、首都高0.112件、阪神高速0.084件発生しているのに対し、名阪国道は0.314件です。突出して高くなっています。この年、供用延長距離231.4kmの首都高で死者数26名、同73.3kmの名阪国道で23名とほぼ同じ水準ですから、いかに重大事故が多いかわかるでしょう。
ちなみに、世界一危険な道路はボリビアの「ユンガスの道」です。首都ラパスから北東のユンガス地方への約80kmの山岳道路です。切り立った断崖を通り、すれ違うのさえ難しい狭い道幅で、滑りやすく、ガードレールもありません。スリップ等で谷底に転落して死亡という事故が後を絶ちません。「死の道路」と呼ばれています。
実は、名阪国道は高速道路の構造令の制定された1970年の前に建設されています。名阪国道は制定が1962年、開通が65年です。政府が工期を63年4月から65年12月下旬までの「千日間」という短期間に決めたことに由来し、「千日道路」の別称があります。工期が短ければ、工費も少なくて済みます。政府はコストのかかる難工事が予想されるところを避けてコースを選定することになります。高速道路が何たるかの知識や経験が十分でないままコストカットの突貫工事でつくられたため、今日から見て、非常識な道路になっています。存在してはいけない道路が運用されているのですから、危険なわけです。
特に、高嶺サービスエリアから天理東ICまでの区間が恐怖の道です。三重側から奈良県に下る7kmの区間で高低差400mもあり、勾配率は6%を超えます。現在の高速は5%未満です。しかも、カーブが連続していて、半径が200m以下のヘアピンカーブまであります。極めつけは、五ヶ谷カーブです。これはブロークンバックカーブ、いわゆるΩカーブで、自動車専用道では聞いたことがありません。加えて、サービスエリアは出入口が共用で一つのみ、大型車の駐車スペースがなく、加速帯も短いのです。
高速に挟まれた国道ですから、大型車は利用したくなります。大型車混入率は20%前後と高い値を示しています。と同時に、規制速度の時速60kmを上回る走行が常態化しています。構造上も危険な道路に、これらも加わり、名阪国道は「涅槃国道」と呼びたくなるほどの危なすぎる道路なのです。
片側2車線の自動車専用道なのに、正面衝突事故も起きています。勾配がきついので、走行車線と追越車線で速度乖離が生まれます。上下いずれでも、走行車線は低速を余儀なくされる大型貨物車が走ります。空荷の貨物車や普通車は追越車線に集まり、交通量が増え、車間距離がつまります。ここで、下りの追越車線走行の車両にハンドル操作の誤りなど何らかのトラブルが生じると、中央分離帯を突き抜けて、対向車に正面衝突、3名死亡といった惨事になります。
また、大型車の追突事故も多いのです。サービスエリアは大型車が利用できません。夜間、眠くてたまらなくなったドライバーは、しかたがないので、路肩に駐車することになります。もちろん、眠いけれども無理して走っている運転手もいます。彼らは駐車している車両を走行していると誤認知して、そちらに吸い寄せられて追突、死亡といった具合です。
現在、名阪国道は改善され、ここまでひどい状況ではありません。コンクリート製の中央分離壁を採用したり、大型車の利用できるサービスエリアをつくったりなど危険な要素を改めています。また、1990年代後半には電光表示板により事故を伝える注意喚起システムを導入、2014年からタイヤの滑り止め効果を高めた舗装技術を採用しています。構造上の問題もありますので、限界もありますが、安全性は向上しています。ただし、事故が多発する「日本一危険な道路」の汚名は返上できていません。名阪国道は、全国の高速道路と自動車専用道路での10km当り死亡事故件数は2012年が0.95件とワーストです。
こうした改善は税金を使いますから、科学的エビデンスが必要です。それぞれの道路に個性もありますので、一般論をそのまま適用できません。実態を調査、その原因を分析、対策を考案、費用を計算しなければなりません。
自動車はマンマシンシステムですから、道路の安全性は工学的観点からだけでは不十分です。認知心理学の協力が不可欠です。学際的研究による科学的エビデンスが必要ですので、いかに危ない道路であっても、改善には数年かかってしまいます。しかも、その改善が効果を上げているかどうか検証することも要ります。
今日の世界における交通事故の発生件数は中国とインドでほぼ4割を占めています。急速な自動車の普及による事故の相関的な増加も大きな要因です。また、子どもの頃から運転を見て育っていないので、安全な走行をどうすればいいのか体得していないこともあります。
ただ、それだけでなく、自動車交通の経験が乏しいため、安全な道路建設の知識が不足していることも一因と考えられます。そのことは名阪国道からも明らかです。日本もかつてそうで、長い道のりを経ています。危険な道を安全にすることを地道に続け、これからも行わなければなりません。管理者が恣意的にこうした方がいいと決めつけて、わざわざ危ない道に戻しては、犠牲者を増やすだけです。この道はいつか来た道ではいけません。安全な道路を建設するにも、交通のリテラシーが必要です。今後はこの経験や知識も国際的にさらに共有されることが求められていくでしょう。
〈了〉
参照文献
蓮花一巳他、『交通心理学』、放送大学教育振興会、2012年