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2003年4月7日アトム誕生(2003)

2003年4月7日アトム誕生
Saven Satow
Apr. 07, 2003

「人間がやってることが正しいかくるっているかは……機械がよくしっとるんじゃよ」。
手塚治虫『アトム大使』

 2003年4月7日は鉄腕アトムの誕生日とされています。アトムが最初に登場したのは『鉄腕アトム』ではなく、『アトム大使』です。これは、1951年4月から1年間、月刊マンガ誌『少年』に連載されています。けれども、評価は芳しくありません。そこで、脇役だったアトムを主人公にした『鉄腕アトム』が始まることになるのです。

 映画『A.I.』にもアトムの影響が見てとれます。それに限らず、『アトム大使』のストーリーは、今日から見ると、ハリウッドが飛びつきそうなアイデアに満ちています。

 21世紀初頭のある日、地球にそのパラレル・ワールド、すなわち"もう一つの地球"から、大移民団がやってきます。そのもう一つの地球には、日本もアメリカもあり、地球人と名前も容姿も骨格も人間関係まで同じというもう一人の自分がいるのです。ヒゲオヤジも、お茶の水博士も、天馬博士もいるというわけです。

 違いは、デビー・レイノルズのように、耳が大きく、外に突き出ていることだけです。ただし、宇宙人の天馬博士は交通事故で息子のトビオを失っても、アトムをつくることはせず、代わりに、生物を小さくする薬を完成させています。

 もう一つの地球ははるか昔に爆発して滅んでいます。そこに暮らしていた人々は、何千年もの間、宇宙艇に乗って宇宙をさまよっています。

 地球人も最初は、何しろもう一人の自分ですから、宇宙人を歓迎します。けれども、窒素や酸素などより合成した宇宙食を食べていた彼らも次第に地球の食べ物を摂るようになって、食料難が起こり、各地で対立が起こるようになります。

 地球人の天馬博士は、アトムをめぐる嫉妬心から、宇宙人の天馬博士を秘密警察に逮捕させます。彼は例の薬を奪い、開発者に浴びせかけ、小さくしてしまいます。ファシストの黒シャツを思い起こさせる赤シャツ隊が、天馬博士の指揮の下、その薬を仕込んだ銃を使い、各地で、ナチスの「水晶の夜」を彷彿とさせる宇宙人狩りを始めます。宇宙人は怒り、ついに地球人との全面戦争の開始を警告します。

 そこで、お茶の水博士は地球人でも宇宙人でもないロボットのアトムを「平和使節」として宇宙人に派遣するのです。

 アトム大使は、単身、宇宙人の宇宙艇へと乗りこみます。彼は宇宙人を説得、その後、地球人も大使の意見に耳を傾けます。けれども、天馬博士は頑として受けつけません。しかし、その博士も部下によってゴミのように小さくさせられ、アトムの交渉は成功するのです。

 『アトム大使』における最大の悪役は天馬博士です。博士は野心家で、独占欲が強く、目的のためには手段を選びません。けれども、天馬博士は、実は、私たちの同時代人です。

 天馬博士は次のように紹介されています。

 ひのえうまの年うまれ。群馬の人、本名午太郎(うまたろう)。家は代々馬鈴薯さいばいをいとなむ。練馬大学を卒業後、馬力に馬力をかけうまく高田馬場にある、科学省任官試験にダーク・ホースとしてパスした。海馬の研究では博士の右に出る駒はいない。ついに科学省長官に出馬、いまに馬脚をあらわすなどと、野次馬に馬鹿げた下馬評をされている。

 「ひのえうまの年うまれ」ですから、博士は1966年生まれです。東京オリンピックの2年後で、旅客機の墜落事故が金曜日に相次ぎ、ビートルズが来日しています。また、『鉄腕アトム』のテレビ・アニメが終わった年です。

 『鉄腕アトム』の雑誌での連載は1968年に終わっていますから、天馬博士はリアル・タイムで『鉄腕アトム』を楽しんだ世代ではありません。朝日ソノラマから出版された『鉄腕アトム』全21巻や講談社版『手塚治虫漫画全集』を読み、情報としては知っていたかもしれません。また、1989年の手塚治虫の死去にショックを受けていたかもしれません。『鉄腕アトム』を同時代的に体験していない人がアトムをつくったというわけです。

天馬博士はちょうどバブル経済の時期に大学生活をすごし、その後、失われた10年と呼ばれる時代に、科学省に勤務しています。日本経済の栄枯盛衰を味わい、東西冷戦構造の崩壊や湾岸戦争、ユーゴ内戦、阪神大震災、地下鉄サリン事件、オスロ合意とその頓挫、9月11日の同時多発テロなどを博士は見聞きしていたでしょう。

 その天馬博士によってアトムはイラク戦争で揺れる世界に、2003年4月7日、誕生します。『アトム大使』の天馬博士は今の時代の空気を具現しています。移民排斥やファシズム、科学技術の悪用、扇動政治による武力紛争の危機などまるで今の寓喩です。

 一方、アトムはデビュー作で戦争を回避するための「平和使節」として活躍しています。アトムが体現しているものは現代最も必要とされているものです。現代人はまさに「アトムの時代」に生きているのです。
〈了〉
参照文献
手塚治虫、『鉄腕アトム』1、カッパ・コミックス、1964年

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