詐欺と電話(2008)
詐欺と電話
Saven Satow
Nov. 12, 2008
「私は誰かに電話をかけるより、腰を下ろして手紙を書く。電話は大嫌いだ」。
ヘンリー・ミラー
2008年1月から9月までのいわゆる振り込め詐欺の被害総額は、警察庁によると、236億円で、過去最悪のペースで増加している。警視庁は10月を取り締まり強化月刊とし、人海戦術で防犯に務める。しかし、それでも劇的に減ることはなく、中には、警官の制止を振りきって振り込んだケースまであるほどだ。
手口も多様化し、なおかつ巧妙になっている。古典的な「オレオレ詐欺」だけでなく、「振り込め詐欺」や「還付金詐欺」など次々と新手の詐欺が登場している、さらにはATMを使わないタイプさえ現われている。ただ、電話を使っているという点は共通している。「テレフォン詐欺」と読んだ方がいいかもしれない。
これだけ報道され、おまけに、警察や金融機関も警戒しているのに、なぜ騙される人が後を絶たないのだろうと疑問に思う人も少なくないだろう。実は、この犯罪は電話の持つ特性を利用した詐欺だからである。
交渉に関する研究では、電話を用いた交渉を「電話交渉戦術」、もしくは「テレフォン・ネゴシエーション(Telephone Negotiation)」と言う。これは電話の特性を利用した奇襲作戦である。電話を突然かけて一方的にまくし立てながら要求を突きつけ、かく乱させて、電話を切る直前に交渉の妥結を迫る。
電話はかける側が圧倒的に有利である。かける側は周到に準備をできるし、いつにするかも決められる。他方、受け手にとって、突然の電話は不意打ちであるから、用意もできていない。両者は対等な関係ではない。
加えて、電話で会話すると、時間感覚が長く感じられる。金銭の交渉の際、お目もじであれば、30分は長くない。けれども、受話器を持っていると、長く感じられる。声だけで、顔も見えず、表情やしぐさから得られる相手に関する情報もない。30分は長電話である。そのため、短時間で結論を出さなければならないと心理的に追いこまれ、プレッシャーがかかる。
電話交渉戦術は相手の準備不足をつき、心理的に焦らせ、自分に有利な結果を導き出そうとするだまし討ちである。
当然、こんな交渉では受け手にとって内実のあるものにはならない。そのため、電話交渉に対する基本的な姿勢は、一旦断ることになる。今はちょっと理由があって話せないから、後からこちらからかけ直すなど準備不足を補うことをするのが適切である。かけ手優位を逆に利用するわけだ。実際に交渉慣れしている人でも、電話交渉戦術に対して断るのが賢明である。
そもそも、電話では聞き間違いや聞き漏らし、ど忘れが起きやすく、交渉としては建設的とは言えない。どうしても断れない場合は、会話を引き伸ばし、ゆっくりと穏やかに交渉し、準備不足の態勢を立て直すのがいいだろう。
電話を使った詐欺は、このように、それだけで犯人側が有利である。しかも、携帯電話が普及し、かつてよりも電話の特性に対して無自覚になってもいる。しかし、電話でのコミュニケーションは同等の立場で行うわけではない。かかってきた電話に出た瞬間から、その人はすでに不利な状態に置かれている。
〈了〉
参照文献
高杉尚孝、『実践・交渉のセオリー―ビジネスパーソン必修の13のコミュニケーションテクニック』、日本放送出版協会、2001年