ヒートアイランドと芝生の校庭(2013)
ヒートアイランドと芝生の校庭
Saven Satow
Oct. 13, 2015
「隣の芝生は青い」。
フリーライターの小川裕夫の『都内で進む校庭「芝生化」 始まりはヒートアイランド対策』によると、東京都内の小中学校の校庭の芝生化が進んでおり、その発端はヒートアイランド対策である。2006年、東京都環境局がヒートアイランド対策として計画を策定、それを受けて、翌年より都は校庭の芝生化に取り組み始めている。もっとも、これは「緑の東京10年プロジェクト」の一環である。都市公園や海上公園の緑化を推進する事業で、そこに校庭の芝生化も含まれている。
郊外よりも都市域の気温が高い際に、等温線を描くと、高音部が都市に集中る。この現象を熱の島に見立て、「ヒートアイランド」と呼ぶ。各種のデータから郊外から都市に向かうにつれ、最低気温が高くなっていく。その都市域の平均黄尾は100年の間に摂氏で3度も上昇している。また、それと連動して熱帯夜の日数も増加している。
ヒートアイランドはもはや熱による公害、すなわち熱害と言ってよい。毎年、夏になると、ヒートアイランドの影響による熱中症患者が多数発生、命を落とす人も少なくない。ヒートアイランドの社会的コストは膨大で、熱害を無視ないし軽視した建築家やディベロッパー、行政の社会的責任は大きいと言わざるを得ない。
ヒートアイランドの成因は昼夜別に考えられている。前者はコンクリート・ジャングル化に伴う地面の乾燥と人工排熱、後者はそれに加えて熱容量が大きい地表面の蓄熱である。さらに都市は、概して、風が弱く、大気による熱交換が抑制される効果やエアロゾル増加の温室効果も挙げられている。
こうした従来の認識に対して、酒井敏京都大学大学院人間・環境学研究科教授は再考を促している。夜間はともかく、昼間のヒートアイランドの成因は違うと言う研究成果を発表している。なお、専門化とは成果を論文で公表する研究者のことである。
酒井教授によると、都市の中心と周辺の日中の気温を詳細に調べたが、都市部も郊外もほとんど違いがない。けれども、人工衛星のデータを見ると、都市部の地表面が郊外よりはるかに高温だと示している。日中の都市が暑く感じられるのは空気ではなく、地表に理由がある。
高温の物質からは赤外線輻射、すなわち輻射熱が放出される。都市を覆う人工物の表面温度が高いために、その輻射熱によって暑く感じるというわけだ。
表面温度は表面積の大きさと関連している。表面積が小さければ、表面温度は高くならない。真夏の晴天の日、熊谷の駐車場に10時から14時まで乗用車とミニカーを置いたとしよう。乗用車のボンネットは目玉焼きがつくれるほど熱くなっているが、ミニカーを素手で持ち上げられる。
樹木の場合、太陽光を吸収するのは葉である。葉一枚の表面積は小さい。表面積が小さいので、表面温度が熱くならない。
巨大なものや広大なものが都市を覆っている。それに対し、郊外は木々が多い。この違いから地表面の温度は都市が郊外より高くなる。
酒井教授が京都を調べた際、最も表面温度が高かったのは自衛隊の駐屯地である。そこには巨大・広大な人工物に溢れている。ヒートアイランドに対する自衛隊や米軍の基地の影響は今後より調査されるべきだ。
ただ、酒井教授の調査は意外な場所も表面温度が高い実態を明らかにしている。それはゴルフ場である。ゴルフ場は大半が芝生に覆われている。しかも、芝の一本一本は表面積が非常に小さい。表面温度が低いと予想される条件なはずだ。
原因は風通しである。樹木は、幹や枝は言うまでもなく、葉にも隙間がある。風通しがよいので、空気による熱交換がおこなわれている。他方、芝生は密集していて風通しが悪い。空冷されないので、表面温度が高くなる。
酒井教授は、この性質をフラクタル次元を用いて科学的に解き明かしている。それはフラクタル幾何学においてより細密なスケールへと拡大するに伴いフラクタルがどれだけ空間を満たしているように見えるかの統計量である。フラクタルは図形の部分が全体の自己相似になっていることだ。いささか乱暴な譬えを使うと、雑誌の表紙にその雑誌の表紙を持ったモデルという設定は部分が全体の自己相似になる。
自然科学において単純な現象は決定論、複雑なものは確率論で捉える。前者は因果性が明確なので、方程式によって解き明かす。後者はそれが不明確だから、統計を用いて全体像を把握する。単純と複雑の間の曖昧なものを捉えるのが最も難しい。
酒井教授の測定によると、自然の樹木のフラクタル次元はほぼ2である。これを利用すれば、表面温度が高くなることを抑えられる。そこで、教授は同じフラクタル次元を持つシェルピンスキー四面体に着目する。その形に小さな葉を並べて人工木陰を「フラクタル日よけ」として考案する。これは、現在、実用化されている。
酒井教授の研究によれば、芝生化が必ずしもヒートアイランド対策になるわけではない。京都のゴルフ場が示す通り、芝生は表面温度が樹木に比べて高い。ヒートアイランド対策はこうした最新の研究を積極的に取り入れる必要がある。
ところで、小川の記事は芝生化をめぐって興味深い状況を報告している。芝生化された校庭は従来の体育の授業だけではなく、理科の実験や総合学習など幅広く利用されるようになっている。さらに、学校と地域住民との交流の場としても活用されている。芝生は維持のための手入れが不可欠である。けれども、それは教員や生徒だけでは間に合わない。そこで地域住民が協力することになる。最近では校庭で地域の行事も実施されている。
ヒートアイランド対策はともかく、芝生は地域コミュニティの再生に寄与している。コミュニティが活発化する際、シンボルがしばしば機能する。住民同士がバラバラだったり、新旧住民の間で触れ合いがなかったりしていても、シンボルが媒介になって人々が地域の絆を確認するというわけだ。芝生がシンボルになって住民の社会関係資本を増加させ、地域コミュニティを生き生きとさせている。
地域コミュニティにとって絆は資本だ。社会関係資本の大きい住民は社会的問題を自分事として取り組む。ヒートアイランドも同様である。芝生の校庭はやはり大きな意義がある。
〈了〉
参照文献
小川裕夫、「都内で進む校庭『芝生化』 始まりはヒートアイランド対策」、『THE PAGE』、2015.10.12 16:20
http://tokyo.thepage.jp/detail/20151012-00000005-wordleaf
京都大学、「フラクタル,フラクタル日よけ,フラクタル日除け,ヒートアイランド対策,節電対策,生物模倣,バイオミミクリー」
http://www.gaia.h.kyoto-u.ac.jp/~fractal/index.html