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支援ツールとリハビリテーション法修正508条(2016)

支援ツールとリハビリテーション法修正第508条
Saven Satow
Aug. 14, 2016

「世の中はつらいことでいっぱいですが、それに打ち勝つことも満ち溢れています」。
ヘレン・ケラー-

 ウィンドウズやマックOSなどアメリカ企業のIT製品には、身体障碍者の支援ツールが常備されています。それはリハビリテーション法修正第508条に則っているからです。

 身体障害は戦争や事故、災害、病気などによって生じます。そうした人たちが社会参加するにはリハビリテーションが必要です。リハビリテーション方が障碍者を対象にしているのはそのためです。

 合衆国議会は、1998年、「1973年リハビリテーション法」に大きな修正を加えます。それは情報へのアクセスビリティの向上を図るものです。

 現代は情報社会です。そこで暮らすにはさまざまな情報を入手しなければなりません。けれども、情報へのアクセスビリティに関して健常者と障碍者に差があったら、基本的人権の平等に反します。安全地帯への迅速な避難が必須の津波害情報を音声だけで広報されたら、聴覚障碍者はその行動をすぐにとれません。障碍者の人権が健常者より軽く扱われていることになります。

 中でも画期的な修正条項は第508条です。条文を引用したいところですが、長いので、要旨をかいつまんで説明します。情報アクセスの技術的障壁を取り払い、身体障碍者でも利用できることを目指すと共に、その実現を迅速にすることを定めています。

 この法律は、すべての政府機関に対して、電子技術ITの開発・新規導入・保守・使用する際に実施することを義務付けています。また、障碍のある従業員・市民が政府機関の情報にアクセスする時障、その有無にかかわらず可能であるようにしなければならないと記しています。

 民間企業も政府に製品を納入します。また、市販した機器を用いて人々は政府情報を入手しようとするでしょう。この法律に従えば、民間企業も製品に障碍者支援ツールを常備しなければなりません。マイクロソフト社やアップル社の商品に最初から支援ツールが付属しているのは、そのためです。

 日本にはこれに相当する法律かありません。ただ、メーカーも米国に輸出していますから、同様の基準の作成を政府に求めています。なお、NECなど独自に障碍者対応の製品開発をしている企業もあります。

 常備されている支援ツールはあくまで最低限です。ウ障害は多様ですから、そのすべてに対応するためのツールを用意することはできません。

 ウィンドウズの読み上げソフトのナレーターは詳細読み上げができません。日本語には同音異義語が多く、漢字の大半は複数の読みを持ち、固有名詞を始めとした当て字もあります。それらを区別するために、音声しか使えない場面で日本語人は工夫をしています。「化学」を「科学」と識別する目的で「ばけがく」と読むのはその一例です。そうした工夫を施すことを詳細読み上げと呼びます。こういった高度な機能を使いたければ、専用ソフトのインストールが必要です。

 ウィンドウズを例に、支援ツールの簡単な説明をしましょう。同OSには「かんたんな操作」に支援ツールが収められています。コントロールパネルを開き、その項目を選びます。そこに主要な支援ツールとして「拡大鏡」と「ナレーター」、「スクリーンキーボード」、「ハイコントラスト」が表示されます。これらは同時に使うこともできます。

 拡大鏡は画面全体もしくは一部を拡大するツールです。弱視は矯正視力が出ません。そうした人の場合、通常の文字サイズでは見にくいですから、これを用いて拡大するのです。ただし、全体を拡大すると、縦横のスクロールが多くなることが難点です。また、視野欠損がある人では、拡大しすぎるとかえって読みにくくなることもあります。

 ナレーターは読み上げです。速度や音量、高低なども調節できます。なお、日本語の発音には北関東の訛りがあります。また、ナレーターを使ってPCを操作する設定も変更できます。ただ、ワードやエクセル、パワーポイントのファイルのドキュメントの読み上げは各ソフトで個別に設定する必要があります。

 ハイコントラストは文字や背景の色の変更です。色覚に障害があると、特定の色の区別が困難です。また、障碍がなくても、白内障は光が乱反射してまぶしく感じられますし、飛蚊症は白色の光景では黒い虫や糸くずが富んでいるように見えます。ウィンドウズでは背景を黒、文字を緑にするなどどのコントラストの設定が選択が用意されています。

 ただ、ハイコントラストを使用した場合、IEに表示されるウェブが確かでなくなることがあります。背景を黒にすると、ボタンが分からなくなるのが一例です。

 せっかくの支援ツールでも、ウェブのデザインが障碍者に配慮していないと、その機能を十分に生かせません。パスワードの入力に使っているサイトを見かけますが、読み上げソフトは画像内の文字を読むことができません。これは一例です。ウェブの制作者はOS付属の支援ツールを試し、不都合がある場合には修正することが必要でしょう。

 スクリーンキーボード肢体不自由のためのツールです。スクリーンにキーボードが表示され、マウス操作だけで入力ができます。筋ジスなどによりクリックすることが難しい場合にはホバリング帰納があります。マウスポインタを合わせたままにすると、クリックしたとされるものです。

 他にも、割愛しますが、「かんたんな操作」には障碍者支援のための設定変更が用意されています。聴覚障碍者用にサウンドをテキストやイメージで表示することもできます。もちろん、これらはあくまで最低限のツールです。さらなる支援となれば、専用のソフトや周辺機器が必要です。拡大鏡ならZoomText、読み上げであれば、PCトーかーなどが知られています。

 周辺機器で最も有名なのは点字キーボードでしょう。他にも様々な種類が考案されています。眼球の動きや呼気の反応する入力装置もあります。

 もっとも、マウスやGUI、無線LAN、タッチパネルにしても、30年前には必ずしも一般的ではありません。電算室にオペレータが常駐し、大型電子計算機が鎮座ましましていて、専門家だけが使っていたころには必要ではありません。言わば、それらは一般ユーザーのための支援ツールです。けれども、今では専門家も使用しています。障碍者の支援ツールも健常者がつかっても、便利です。

 支援ツールを調べると、障碍が多種多様だということに気づかされます。程度が違ったり、複数の障害を併せ持っていたり、個人的特性・事情が違っていたりしますから、障碍には個性が大きいのです。その対応の工夫は限りがありません。

 支援ツールは失われたものを補うわけではありません。身体の再生ではないのです。残ったものを生かす手段であり、身体の再構成です。頸椎損傷により首から下が動かない人がいたとします。支援ツールは維持されている首から上を生かして情報のアクセスビリティを可能にします。支援はできないことを補助するのではなく、できることを解除するものです。

 夜、酒の肴に何かないかと冷蔵庫を開けたとします。あれがない、これがないと言っているだけでは、いつまで経っても、何も食べられません。あるもので料理してつまみにするものです。

 ス支援ツールは障碍者の可能性を引き出す手段です。「できない」という消極性ではなく、「できる」という積極性への発想の転換です。「できない」と思い込んでいたら、障碍をめぐる環境は何も変わりません。それこそが障碍者の社会参加に不可欠な社会的共通理解なのです。
〈了〉

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