政策のレイヤー構造(2013)
政策のレイヤー構造
Saven Satow
Oct. 01, 2013
「ある物が黒くないからと言って、白だと結論づけることはできない」。
フェルナンド・デ・ローハス
政治的課題に対処するためには政策が必要である。その政策を実現するためには制度が必要である。その制度を運営するためには予算が必要である。その予算を作成するためには計画が必要である。その計画を設計するためには根拠が必要である。その根拠は、政治的思惑や裁量が入りにくく、一般的に理解できるために、科学や理論に基づいている必要がある。
実際の政策の決定過程はこんなにすっきりしていない。「ゴミ缶(Trash Box)」と譬える研究者もいるほどだ。けれども、こうしたレイヤー構造で考えるならば、ある政策がうまくいかなかった場合、このいずれかに問題があったと検証できる。
3・11以降、こうした課題と政策の組み立てが合理性を欠いているケースが少なからず見られる。政策の失敗はそこだけでとどまらない。思いもかけぬ悪影響を広範囲にもたらす。東電を存続させたことは言わずもがなであるから、別の事例を示そう。
2013年9月21日付『朝日新聞』の「現場から 大震災と経済」によると、復興が遅れて自治体予算が滞留しているあおりで、被災地の地銀が国債の保有を増やしている。復興事業が遅れているため、自治体の予算執行が進んでいない。中央政府から振り込まれた資金が地銀に滞留している。けれども、寝かせているわけにもいかず、去りとてリスクの高い運用もできないので、安全とされる国債購入をせざるを得ない。
復興事業が進んでいない理由は、個別的で、数多くある。工事の事業者が現われなかったり、価格が折り合わなかったりして入札が不調に終わる場合もある。また、将来の負担増を見越して公務員を増員せず、人手不足から事務処理が遅れている場合もある。さらに、地域のニーズと国から指定された使途があっていない場合もある。予算の執行の遅れであるから、問題は計画にある。その根拠が果たして合理的であったかどうか問われる。
復興計画により、11・12年度の予算規模は約17兆円に達し、自治体が地銀に持つ口座にそれが政府から振り込まれる。加えて、被災者が受け取った保険金や義援金、東電からの賠償金なども銀行に流れこむ。被災3県の地銀8行の預金残高は11年3月期の約14.8兆円から13年3月期には約19.8兆円にまで拡大する。このマネーが国債購入へと向かう。
地銀8行の2013年3月期の国債保有残高の合計は3.7兆円である。震災直後の11年3月期の2.1兆円から約75%増加している。地銀全体は約15%増、メガバンク傘下の主力行が約8%増であるから、被災地が突出していることがわかる。特に、仙台市に本社を置く七十七銀行は11年3月期の約8600億円が13年3月期には約1兆9900億円に増大し、全国の地銀で最も国債を保有するまでになっている。倍以上に膨らみ、資産保有としてとても健全な状態とは言えない。
地銀は国債を買いたくてそうしているわけではない。復興予算の滞留という非常事態に対応するために、安全とされた資産を購入しているだけだ。
現在の日本国債の価格は健全な需給の結果と言うよりも、この行き場を失ったマネーによって低く抑えられている可能性がある。それは日銀の金融政策の効果を歪める一因ともなり得る。中央銀行が金融緩和をしながら、地銀が国債を購入するので、金利が上がらない。復興予算でありながら、被災地ではなく、中央政府の財政を支えている。
地銀が国債を大量に保有することはリスクが伴う。長期金利が上昇すれば、国債の資産価値が下落する。インフレが進めば、長期金利が上がり、地銀の資産が目減りし、経営に悪影響を及ぼす。
そもそも復興予算は使われなければならない。予算執行が順調になれば、地銀は国債を売却する。そうすると、国債価格は上昇、金利も上がる。復興計画の不備がこのように日本国債の価格や金利にまで影響を及ぼしている。
復興予算の滞留以上に政策の整合性が破綻しているのは消費税の税率の8%への引き上げである。野田佳彦首相は、13年10月1日、来年4月より消費税の税率を8%にすると発表する。しかし、この増税が何のために行われるのか曖昧になっている。
3・11後の最重要課題は震災からの復旧・復興だったが、当時の菅直人首相ではそれが進まないとして与野党問わず激しい「菅おろし」が起きる。ところが、代わりに登場した野田佳彦内閣は、3・11など関心事でないかのごとく、税と社会保障の一体改革を中心的政治課題に据え、消費税の税率アップを三党合意にこぎつける。12年末の政権交代によって誕生した現政権は社会保障の議論をどこかにやり、増えた税収を泡銭と捉え、バラマキの原資と見なしている。
政府は有識者に意見を求めていたが、社会保障を理由に予定通り挙げることを支持する人が多い。政府は、もちろん、増収分の大半を社会保障関連に使うと言っている。時期の関係で、14年度の増収分は約5.1兆円にとどまる。それらの大部分は基礎年金の財源の不足分や高齢化に伴う医療費・介護費の自然増、社会保障のために重ねた財政赤字の穴埋めなどに充てられる。社会保障の水準を挙げる充実に使うのは5000億円である。
ところが、政府や与党の思惑は違う。それは予算作成ルールを改革していないことから明らかである。増分主義のままで増税したら、いつも通りのルールで使われ、赤字を増やすだけに終わる。3%の増収があり、それを社会保障費に充てられるとしても、公共事業も増大するとすれば、計算が合わない。来年度の予算規模も巨大さが予想されている。
課税には理論が要る。政府も承知しているから、税と社会保障の一体改革を唱えている。累進課税と失業保険を関連させるビルト・イン・スタビライザーは税と社会保障を一体として考える発想である。ところが、今回の課税には、それを謳いながら、理論が見えない。予算編成の惰性はその現われである。
景気対策が用意されているように、社会保障費の増加の課題に対処するための消費税の税率アップという論理は後退している。今回の増税は先の政策のレイヤー構造がまったく成り立たない。社会保障の財源としての増税なら、その制度の運用具合によって妥当性を検証できる。また、失敗によって生じる悪影響も検討し得る。しかし、8%のアップは課題に対応していないので、成否を問うことさえできない。強いて言えば、景況がその基準となっているが、それでは支離滅裂だ。戦後の増税の中でも最も断片的なものであり、ここまで政治が劣化したかと情けなくなる。
〈了〉
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