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Wattpad、あるいはコミュニティ・ドリブンの時代(2019)

Wattpad、あるいはコミュニティ・ドリブンの時代
Saven Satow
Dec. 10, 2019

Wattpad社のヴィジョンは、物語を通して世界を繋げ、楽しませることであり、その一環として、ストーリーテリングのプロセスを進化させる革新的な方法を絶えず探しています」。
イヴァン・ユエン

1章 ソーシャル・ライティング
 20194月にアメリカで公開された映画『アフター(After)』は、出来はよくありませんが、新たな表現の生成過程を取り入れています。監督はジェニー・ゲージ、主演はジョセフィン・ラングフォードとヒーロー・ファインズ=ティフィンです。日本では20197月日からNetflixより配信されています。

 この映画はアンナ・トッド(Anna Todd)が2014年に発表した小説『AFTER』を原作にしています。彼女はこれを文学アプリ「Wattpad」で公開、それが話題となって書籍化、さらに映画化へと至っています。当時、アルタ・ビューティーの化粧品カウンターで働く25歳の彼女は、携帯電話から作品の1章分をほぼ毎日投稿することを1年以上も続けています。そうして完成したのが『AFTER』です。これが話題となって書籍化、いくつかの言語にも翻訳されています。彼女はその後もWattpadを通じて小説を公開、ベストセラー作家として人気を博しています。

 この経過は、2005年から始まった美嘉のケータイ小説『恋空』を思い起こさせます。これはケータイ・サイトの「魔法のiらんど」に掲載、そのBOOKランキングで160日間連続首位維持します。それが話題となり、書籍や映画、ドラマへと媒体が広がっていきます。

 魔法のiらんどを始めとする文芸投稿サイトが定着した日本ですが、Wattpadの知名度は決して高くありません。しかし、Wattpadは世界最大級の文学コミュニティです。アラン・ラウ(Allan Lau)とイヴァン・ユエン(Ivan Yuen)によりカナダのトロントで2006年に開設され、アカウント数は6500万人、投稿作品は4億を超えています。アクション、アドベンチャー、サイエンスフィクション、スピリチュアル、スリラー、ミステリー、ホラー、ファンタジー、ランダム、ロマンス、ヴァンパイア、狼男、古典小説、歴史小説、ノンフィクション、詩、短編小説、超常現象、ユーモア、ティーンフィクション、二次創作などさまざまなジャンルの新しいユーザー生成ストーリーを公開するためのインターネットコミュニティです。 

 魔法のiらんどと違い、Wattpadは投稿・書き込みのみならず、Facebook同様、閲覧する際にもログインが必要です。魔法のiらんどは1999年にサービス提供を始めています。一方、Wattpadの開設はSNS時代に入った2006年です。魔法のiらんどがオンラインサービスのスペースとすれば、WattpadSNSのコミュニティでしょう。実際、アンナ・トッドもそうですが、作者がコメントやメッセージなどの読者の反応を参考に作品を書き直したり、話を進めたりすることも行われています。ソーシャル・ライティングが実践されているわけです。

 インターネットサービスは時代と共にコミュニティの方向に向かっています。それはアプリの意味合いの変化からもわかります。アプリ、すなわちアプリケーションソフトは特定の作業をするためのソフトウェアでしたが、スマホの普及と共に、サービス体験のためのコミュニティへと意味が広がっています。文学アプリなら、それは文学コミュニティとして利用されているのです。

 ところで、批評家にはつらい現状ですが、日本は新人を対象にした小説の文学賞が非常に多く実施されています。雑誌や新聞、自治体、財団、文学館など主催団体もさまざまで、賞金も10万円から100万円を超すものまであります。英語圏にはこうしたリクルート・システムはあまりありません。小説家になりたければ、一般的に言うと、出版社に売りこむか自費出版するかかの選択になります。それと比べて、小説家を目指すのであれば、日本ではその道は開かれています。

 もちろん、受賞しなければ、作品を世の中の人に読んでもらうことは難しいものです。けれども、日本には、英語圏と比較して、小説家になる道が多く用意されていることは確かです。

 ただ、枚数や締切、書式など応募規定に従って完成した未発表作品を投稿しても、結果が公表されるのはおよそ半年後です。その間に、編集や作家が審査してその文学賞の受賞に値するかどうか作品を選考します。小説家志望にはこうした制度への不満もあることでしょう。それは結果公表までの長い時間、審査過程の不透明さ、応募規定の形式主義、未完成作品の門前払いなどです。

 魔法のiらんどを始めとする日本の文芸サイトは従来のリクルート制度では零れ落ちる読者層をターゲットにした小説を掘り起こしています。必ずしも文学史的意義や文学関係者からの評価が伴わなくとも、そういった作品の公開は草の根を育むことに寄与しています。業界がわからなくとも、読者は理解しているというわけです。魔法のiらんどNOVELは少女を主な読者層に設定しています。人気作は魔法のiらんど文庫として出版されます。

 楽天koboが示すように、2010年代に入り、電子書籍の出版が編集経験のない一般ユーザーでも容易になっています。けれども、無名の作家の作品がおいそれと売れるものではありません。出版社はそのブランド力のみならず、多額の広告費をかけて書籍を宣伝しています。知られなければ、作品は売れません。

 文芸投稿サイトは無名作家の作品を無料で公開しています。読者はそれを承知した上で閲覧しています。サイトは本が置いてあるのではなく、投稿作品が掲載されている印象があります。楽天koboが書店とすると、魔法のiらんどは雑誌です。ビュアー数はマンガ誌が行う読者アンケート、人気作品の文庫化はコミックス化に相当します。

 魔法のiらんどは日本の出版環境に適応して成長しています。一方、Wattpadは英語圏を始めとする世界の出版事情を背景にしています。そのためか、日本ではさほど浸透していません。反面、日本ほどリクルート・システムが整備されていない国や地域も多いですから、作家活動を継続できるようにしたり、新たな文学体験を提供したりするサービスを開発しています。作者と読者のコミュニティにおけるソーシャル・ライティングに基づいた作家のためのパブリッシング・プラットフォームです。

2章 Wattpad
 Wattpadへの投稿は、「作品情報」を記す必要があります。題名と要約、主要登場人物、ジャンル、言語、タグ、ターゲット年齢層、著作権形態、成人向けの有無を記入・選択します。投稿は章に分け、各々にタイトルを付して行います。

 このフォーマットは英語圏の慣例に従っています。Wattpadは短編も受け入れていますが、英語圏で小説というと、長編を指すのです。それが伝統的に中短編中心の日本文学が英語圏において商業出版を前提にした翻訳がされにくい一因です。

 ユーザーを増やした大きな理由は評判となった作品が書籍化や映像化されるケースが少なからずあることです。この辺りは、市場規模はともかく、魔法のiらんどとさほど違いがありません。

 ただ、Wattpadは作家に活動の経済的基盤を確立できるサービスを用意しているところが異なっています。2013年、作家がファンから資金を募る「Fan Funding」をリリースします。作家がファンに向けて動画を通じて自身の活動の目的や作品の意図、今後の抱負などプレゼンを行い、創作・出版を続ける資金を呼び込みます。また、2016年にはアメリカのTVチャンネル「ターナー」と共同し、Wattpadが抱える作品や作家を斡旋する「Wattpad Studios」を始めています。加えて、同年、NBC傘下の「ユニバーサル・ケーブル・プロダクション」ともコンテンツの映像化に関する契約を結んでいます。

 こういったメディアミックスは決して新しいものではありません。1960年代後半から講談社が東映と連携、同社の雑誌に掲載されたマンガをテレビや映画の映像化にする試みを進めています。その代表が現在も続く『仮面ライダー』シリーズです。Wattpadはこれを文学作品で行ったところに画期性があります。

 Wattpadは、ネット・サービスの強みを活用して新しい読書体験の提供に意欲的です。その一つが20172月にローンチしたチャットフィクション・アプリ「Tap」です。チャットフィクション(Chat Fiction)はチャット型メッセージ・アプリの敬体で読む小説のことです。アメリカで2015年頃に生まれたとされ、多くのアプリが登場し、ティーンの間で流行しています。ストーリーがチャット画面のようなイユーザー・インターフェース(User Interface: UI)で進行していきます。イメージとすれば、LINEの会話です。

 余談ですが、出版社の配信している日本の電子書籍は印刷物に近い画面デザインをしています。小説など縦書きが標準という有様です。しかし、電子書籍はPCやタブレット、スマホで読みます。ですから、そのUIに合ったデザインの方が詠みやすいものです。出版社は電子書籍を自分たちの利益を損ねるものとして普及を妨げるのではなく、新たな読者層の開拓手段と捉えるべきでしょう。

 また、20177月には「Tap Original」機能をリリースしています。動画や画像、サウンド、声などをそのチャットに追加できるのです。 テキストと音声メッセージを組み合わせた読書体験を提供しています。視覚障碍や読書障害を始め音声メッセージをやり取りするスマホ・ユーザーは少なくありません。メッセージの送受信は今やテキストだけではないのです。こうした環境に対応したサービスが「TapOriginal」です。

 さらに、ノンフィクションに関しても、「Raccoon」をローンチしています。これは動画のサービスで、ユーザーは創作した12分の短冊動画でノンフィクションのストーリーを配信できます。

 こうした映像サービスは他社もすでに行っています。違いはそこにストーリー性を求めていることです。通常、SNSのノンフィクション投稿動画はある体験を映し出します。送り手は受け手に対してその共有を求めます。しかし、ストーリー性のある動画であるなら、文脈に沿って共通理解が生じます。文脈の共有ですから、読者、より正確には視聴者の設定が不特定多数ではなくなり、創作・鑑賞はコミュニティ形成へと向かいます。実際、Wattpadは、毎週、テーマを決めて、動画を募集するコンテスト「story challenge」を実施しています。Wattpadはあくまで文学コミュニティであり、「文学性」が欠かせないのです。

 この共有のプロセスはアメリカの精神科医ロバート・バトラー(Robert Battler)が考案した「回想法(Reminiscence: Life Review)」の中のグループ回想法から理解できます。回想法は主に高齢者から人生の歴史や思い出を受容的・共感的態度で聞く心理療法です。これをグループで行う場合、テーマを決めて始めます。テーマを共有していることで、お互いの思い出話に共感しやすくなるのです。参加者全員がお互いにテーマを了解していると認知して集団を形成しているのですから、それはコミュニティと捉えられるでしょう。こういう集団における特赦な知識を米国の哲学者デイヴィッド・ルイス(David Lewis)は「共有知識(Common Knowledge)」と呼んでいます。

 Wattpadは新たなモデルの文学産業の構築を目指していると言えるでしょう。作家の継続的活動のための経済基盤を支援するサービスを提供しています。その一方で、従来と違った読書体験のツールを用意して新規読者の獲得を図っています。

 『アフター』のプロデューサーを務めたアーロン・レヴィッツ(Aron Levitz)Wattpad Studiosゼネラル・マネージャは、ユニバーサル・ケーブルとのパートナーシップを公開する際に「最近のコンテンツ開発に関して、直感や推測の入る余地はない。データ・ドリブン、そしてコミュニティ・ドリブンのエンタメの時代が来る。Wattpadがその道を切り拓いている」と述べています。「ドリブン(Driven)」は原動力という意味です。「データ・ドリブン」はビッグ・データ時代を踏まえれば、されるべくしてなされた首長でしょう。もちろん、これは映像化の際の判断材料のことで、「ジャンプ・システム」と違い、データを根拠に作家の創作活動へ介入するわけではありません。

 より重要なのは「コミュニティ・ドリブン(Community Driven)」です。これは作者と読者の連帯感のことですが、エンタメに限りません。伝統的に、文芸はその共同体を形成し、共有する美意識を交歓するものです。平安時代の歌合せが一例です。また、そうした共同体は決して狭い者だけではありません。知縁とも呼ぶべきネットワークが広がっています。室町時代の連歌師や江戸時代の俳人は全国を旅して回り、各地の愛好家と交歓しています。

 こういったコミュニティでは作家と読者が固定的関係ではありません。いずれも、出来不出来はともかく、鑑賞すると共に創作もします。コミュニティは参加者に聞いているだけでなく、自分も作ってみたいと思わせるものです。近代に入ってからは出版産業の発達に伴い、私淑のコミュニティも出現します。吉本隆明は太宰治に私淑し、直接会いにも行き、その後、自らも物書きになり、「60年代のカリスマ」として多くの新たな表現者に影響を与えています。これこそが真の「コミュニティ・ドリブン」です。この原動力により文学は歴史を通じて継承・発展してきたと言えるのです。

 作家と読者の固定的関係のままではコミュニティも文学の将来への寄与は限定的です。ある小説家が数万人のファンを抱えていたとしても、文学の草の根は育ちません。書く人を次々に生み出してこそコミュニティの意義があります。印刷物が私淑のコミュニティを発展させたとすれば、文学アプリはソーシャル・ライティングによるそれを生み出すことでしょう。こうした「コミュニティ・ドリブン」の時代が来ることをWattpadは予感させるのです。
〈了〉
参照文献
オバラミツフミ、「これからの小説は『チャット×音声』?ストーリーで世界を席巻するプラットフォームの快進撃」、『AMP』、2018.319日更新 
https://amp.review/2018/03/19/wattpad/amp/
Jonathan Shieber、「無名の作家や映画監督を発掘してハリウッドに送り込むスタートアップたちのエンターテインメント改革」、金井哲夫訳、『TC』、2018922日更新
https://jp.techcrunch.com/2018/09/22/2018-09-17-startups-are-giving-writers-and-filmmakers-more-ways-to-make-it-in-hollywood/
Maggie Rulli & Deborah Kim, ‘How this author turned her One Direction erotic fan fiction into a lucrative empire: Anna Todd is the author behind one of the hottest erotic fiction series’, “ABC NEWS”, ‎24‎ ‎October‎ ‎2019‎ ‎07‎:‎28
https://abcnews.go.com/Lifestyle/author-turned-direction-erotic-fan-fiction-lucrative-empire/story?id=66480603


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