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アメリカ人との交際術から見るトランプ・安倍会談(2016)

アメリカ人との交際術から見るトランプ・安倍会談
Saven Satow
Nov. 20, 2016

“If you pick up a starving dog and make him prosperous, he will not bite you. This is the principal difference between a dog and a man”.
Mark Twain

 アメリカのメディアは、なぜ安倍晋三首相が当選1週間余りで就任前の次期大統領に会いに来るのかという疑問から報道しています。2016年11月17日、安倍首相はニューヨークのトランプ・タワーでそのオーナーと会談します。この件に関して合衆国国務省は連絡を受けていません。まったくの異例の出来事です。

 各国の首脳は当選の祝福を電話で伝えても、就任前の会談を予定していません。政権移行も始まったばかりですから、どのような陣容で、いかなる方向性の内閣なのかもわかりません。それに、いくら当選したとは言え、まだ統治をしていないのですから、会談しては現職に失礼です。安倍首相の行動は拙速と言わざるを得ません。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は四期目の任期に臨むことを決意したとされます。トランプ当選により、国内¥・欧州内の極右が勢いづき、リベラル・デモクラシーの今後に危機感を覚えたことが一因とされています。それに比べて、安倍首相は忠犬のごとくトランプにはせ参じています。彼は国内外のリベラル・デモクラシーに寄与する気などン愛のでしょう。とても国際社会に責任ある国の指導者とは思えません。

 また、合衆国大統領が最初に会談する首脳は隣国カナダ首相が慣例です。こうした先例の順守は外交の継続性を相手国に伝えます。共通の認識を確認すれば、相互に信頼して今後の外交を進められます。

 前例主義はしばしば革新を抑制する形式主義と批判されます。けれども、前例主義は独断の暴走を防止します。先例は過去との継続性です。組織はそれを根拠に恣意や独善を抑え、判断を予想可能にします。人が交代しても、前例がその安定性を保証します。それは独裁者の出現を防ぎます。独裁者は自分の思い通りに物事を進めたいですから、慣例を無視します。前例主義は独裁者を抑止し、判断の安定性を保障するのです。

 会談時間は90分ほどです。通訳を挟みますから、実質的には二人合わせて半分の45分です。会談後、安倍首相は「信頼できると確信」とコメントしています。ただ、相手の反応は現時点でありません。トランプは賞賛や反論を比較的速くツイートします。ノー・リアクションはノー・・サティスファクションを暗示します。安倍首相は「KY(空気が読めない)」と評され、コミュニケーション能力に難があることで知られています。彼の感想を真に受け取ることなどできません。

 ところが、2016年11月19日07:08配信の『日経web版』は「異例ずくめの首相・トランプ会談 会うことが成果」とこの会談を評しています。セレブの握手会ではあるまいし、ヨイショにもほどがあります。

 しかも、同記事には次のような記述がみられます。「トランプ氏が3人を同席させたのは理由がある。イバンカさんは、トランプ家のなかで知日派として知られ、日本政府は早い段階から接触を重ねた。トランプ氏の日本情報は一定程度、イバンカさんがもたらしたものだ」。

 信じがたい内容です。娘の同席は会談直後から米メディアでは問題視されています。家族の同席が外交儀礼上異例だからではありません。ドナルド・トランプは政経分離し、自分のビジネスを子どもたちに任せるとの意向を示しています。公私混同や利益相反になるからです。ところが、その娘が外交の場に同席したのでは、これに反しています。同記事はジャーナリズムとしてあまりに鈍感です。

 トランプは保守層を中心に得票し、選挙人数でヒラリー・クリントン民主党候補を上回って当選しています。保守派が支持層ですから、彼は一般のアメリカ人と心性を共有しています。それはアメリカ人との交際術を理解していないと、日本人にはうまく付き合えないことを意味します。そこから見ると、安倍首相も日経の記事も見当外れと言わざるを得ません。

 ニューヨークのコロンビア大学では留学生を対象に、入学直後、オリエンテーションを行います。そこでアメリカやニューヨークでの生活に関する情報や忠義、作法などが教えられます。その際、”SURVIVAL 101”と題する26ページのパンフレットも配布されます。

 オリエンテーションでは、文章だけで伝えることが困難な作法の実演が披露されます。一例としてリュックサックの背負い方を紹介しましょう。通常、リュックは肩ベルトを両肩にかけて背負います。けれども、そうすると、背後から気づかないうちにすられる危険性があります。でも、カンガルー風に身体の前で抱えるのはマヌケです。

 コロンビア大学は、片方の肩だけにベルトをかけてリュックを脇に挟んで持つようにと教えます。これがニューヨーク流です。すられないし、クールです。リュックを両肩で背負っている人はお上りさんというわけです。

 ちなみに、ニューヨーク訛りにはいくつかの特徴があります。”Jimmy”であれば”Jimi”と長母音が短母音化する、“thing”などの“th”の”h”を抜いて発音する、”tonight”なら「トナイトのように正書法に近く発音するなどがそうした例です。ロバート・デ・ニーロの発音がそれをよく示しています。

 配布されるパンフレットは多岐に亘って詳細に生活情報が記されています。2009年版のチャプターを挙げると”Welcome Letter”に始まり、“Culture Shock“、”American Culture & Social Life”、 ”In the Classroom”、”Health Services”、”Housing”、”Banking”、”Postal Services”、“Phone Services,”、”Buying Books”、”Entertainment”、”Safety”、”Transportation”、”Internet Resources”に至ります。まさにタイトル通りです。

 興味深いのはこのパンフレットがアメリカ人論として読めることです。異文化を背景にした学生がアメリカで直面するカルチャー・ショックにアメリカ人自身が自らを客観視して対処法をまとめたものだからです。日本でよくある駐在員や特派員、文学者などが観察や体験、文学読解から直観的に理解したいわゆる文化論とはわけが違います。

 中でもアメリカ人との交際術がそれを最も明らかにしています。すべてを引用できませんが、三つほど紹介しましょう。

 Americans are usually very “friendly” and appear to be very open when you meet them; they readily welcome and are willing to help new comers. It takes a long time, however, for “friendship”(close relationships between people) to develop.

 アメリカ人は一見フレンドリーですが、親密な友人関係を築くのに時間がかかるということです。

 Americans encourage building your own peer networks, as compared to hierarchical systems which build on family and professional relations.

 アメリカ人は家族や仕事関係と離れて自分だけの人間関係をつくることをよしとするということです。

 Although bonding with people of like background is a default, reaching out to those of different background is encouraged,

 同じバックグラウンドの人とのつきあいが通常ですが、異なった人との交友関係を広げることがよいとされているということです。

 アメリカ人は仕事や家族抜きでの異なった人との人間関係を求めています。ただ、それには時間がかかるのです。トランプ・安倍会談は仕事で、家族同席、短時間という条件です。およそ望ましいアメリカ人のとの交際ではありません。なぜ「信頼できると確信」と安倍首相がいえるのか不思議です。

 付け加えると、第一の文章の後には、一旦友人になると友情が長く続き、何年も音信不通であったとしても、以前と同じ関係に戻れるとあります。連絡がないから友情が終わりというわけではありません。これはトランプのウラジーミル・プーチン大統領への一貫し用語からも理解できます。彼は時間をかけてロシア大統領と信頼関係を構築していますので、決してそれを裏切る発言も行動もしません。

 余談ですが、アメリカ人男性は概して女性に奥手です。1年以上友人関係を続け、その後になんとなく恋人になります。映画やドラマは時間を圧縮していたり、理想化したりしていますから、実像とは違います。反面、プロポーズははっきり宣言します。

 ただ、男性の中には結婚を“loose”で、女性の”win”と捉える人もいます。アメリカ人は勝者と敗者という二分法の意識が強く見られます。いかにウィナーニなり、ルーザーに終わらないかに執念を燃やすのです。

 なぜ奥手かと言うと、アメリカ人は傷つきやすいからです。男性に限らず、全般的に、アメリカ人は自分に対して繊細です。押しが強い人や横柄な人でも論理的に言い負かすと、すぐに休暇をとってしまいます。そういうアメリカ人の姿を見たことがないと言う人は、論理的に話せていない可能性がります。

 また、パンフレットには、日本からの留学生には常識の注意も含まれています。ホーム・パーティーに招待されたら、プレゼントを持っていくようにと教えます。日本ではホーム・パーティーに手ぶらで訪れる人はいません。ビールくらい持っていきます。しかし、招待客は何も持って行かないのが常識の地域も世界にはあるのです。パンフレットはアメリカ以外の文化の常識を知る手掛かりにもなります。

 このパンフレットを読むと、日本の政官財報界の少なからずの人がアメリカ人を理解せず、交際・交流・交渉していることが分かります。

 安倍政権を始め対米追従政治家がジャパン・ハンドラーに支配されている理由も明らかです。アメリカ人と信頼関係を築くには時間がかかります。人脈を広げるのに、長い時間を費やさなければなりません。そこで対日利益を得ようとする人は日本の政治家にフレンドリーに接近して取り入るわけです。ピュアな人間関係ではなく、損得です。自己利益のためですから、彼らは時間をかけません。日本の政治家は依存してしまうのです。

 一方、中国はかねてよりアメリカに大量の留学生を送っています。人間関係を築くのに時間がかかっても、学生時代から始めていれば、いずれ形成されます。チャイナ・ハンドラーなどお呼びではありません。

 呼ばれもしないのに自宅まで行ったのですから、アメリカ人の感覚からすると、安倍首相はルーザー、すなわち負け犬です。会談を通経てトランプは自分を「アベのボス」と確信したことでしょう。
〈了〉

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