新小日本主義のために(2016)
新小日本主義のために
Saven Satow
May, 22, 2016
「私がここで第一に訴えたのは、国の独立と安全を防衛するのにいちばんたいせつなことは、国内を分裂させないということである」。
石橋湛山『日本防衛論』
2011年3月11日に始まる災害は日本社会に「持続可能性」が取り組まねばならない中心的テーマと認知させる。社会の上部構造も下部構造も持続可能性によって再構成する必要に迫られている。
けれども、3・11は新たな課題を突きつけたわけではない。それらは、すでに表面化していながら、見て見ぬふりをしたり、手をこまねいていたり、他人事として捉えていたりしてきた諸課題である。地場産業の衰退や高い高齢化率、人口減、エネルギー・システムの転換などこのリストはまだまだ続く。それらは持続可能性という共通基盤によって理論・実践がなされえる時、有機的に関連し合い、社会をよりよくしていくだろう。これと無煙ですまされるりょういきはもはやない。
持続可能性を実現するために、その関連性を可視化する際、対象を四層構造で把握することが効果的である。一つのモデルを挙げるなら、犀1層が物理層、第2層がエネルギー層、第3層が機能層、第4層が記号層である。地域を例にしよう。地理的条件が第1層、インフラが第2層、街並みが第3層、歴史・文化が第4層である。全体として持続可能性を現実化するためには、各レイヤーを再検討する必要がある。
この概念自体は「持続可能な発展(sustainable development)」によってすでに国内でも知られている。それは1987年の国連が後援したブルントラント委員会の報告書「地球の未来を守るために」に由来する。同報告書は「将来世代の欲求を満たしつつ、現代世代の欲求をも満たすような発展」と定義している。
この「サステーナブル」の後に来る語が 「成長(Growth)」ではなく、「発展(Development)」であることに注意が要る。前者が「量」を表わすのに対して、後者は「質」を意味している。この概念の主旨は量的拡大ではなく、質的向上である。
国連が経済をめぐって問題提起する際、”Development”をしばしば用いる。これは「発展」や「開発」と和訳される。その代表が「人間開発指数(HDI: Human Development Index)」である。理由は経済「成長」が格差の是正や貧困削減などに必ずしも効果を発揮しないからだ。経済成長による問題解決にはトリクルダウン効果が前提とされているが、これは70年代までに否定されている。市場は、資源の効率的配分はともかく、所得の再分配を代表に公正さが十分にではない。また、情報の非対称性や公開性の不足、租税回避も市場に任せておけば解決する課題ではない。成長ではなく、経済発展の発想が不可欠としてその概念を国連は用いる。
持続可能性は経済において成長から発展への認識の変更を促す。持続可能性を理想論として斥けるとしたら、それは経済を成長の観点から捉えているからである。しかし、エコノミーとエコロジーは発展において共存共栄する可能性を持つ。
また、3・11において最も共有された概念は「絆」である。避難・支援・復興などの過程でこの絆、すなわち「社会関係資本」が力になることが明らかにされる。社会関係資本は信頼と互酬性に基づく協力関係である。平たく言えば、「信頼とお互いさま」の関係だ。
社会関係資本は二つに大別できる。一つは集団や団体、組織などの内部の連帯を強化する結合型、もう一つはそれらを横断的に結びつける橋渡し型である。前者の好例が「釜石の奇跡」である。災害ボランティアや官邸デモは後者に属する。社会関係資本の増加は人々に諸課題を他人事とせず、主体的に取り組もうとさせる。参加型民主主義はこれを基礎に置く。
制度や政策が効果的に働くには、この強く広い人間の絆を前提にする。相互不信が蔓延し、対立や摩擦に覆われた社会では、どんなに完成度の高い施策や法であっても、うまく作用しない。政府は政策以前に社会の共同体意識を高めることが必須だ。信頼とお互い様の関係があって持続可能性は実現する。
この社会的協力はローカルの見方の重要性を確認させる。それは持続可能な発展とも関連している。グローバル化の進展に伴い、生き残りのため、その対応が各方面で主張・実行されてきている。しかし、レイヤーの第1層が異なっているのだから、ローカルはグローバルと線的に結びついていない。グローバル化への適応がローカルの活性化に必ずしもつながらない。
地理的規模はグローバル・リージョナル・ローカルの大きく三つの階層に分類できるが、これらは必ずしも線的に関連していない。リージョナルは欧州や東アジアといった地域、もしくはブラジルや日本などの国家の次元を指す。地方は高齢化率が高く、福祉分野の人手を必要としている。日系多国籍企業が国際競争力を持っても、この現状に寄与しない。グローバル化への適応がローカルの活性化におのずとつながるわけではない。むしろ、グローバルとローカルを分けて産業を始めとする政策を考える必要がある。
けれども、2012年末に発足した安倍晋三政権は、社会関係資本を増大して持続可能な社会を構築するという目標を無視している。赤字を肥大化させ、財政の持続可能性を危機に陥れている。また、社会を分断させ、相互不信が充満し、対立が激化している。ローカルとグローバルを線的に捉え、トリクルダウン効果を経済政策の前提にしている。彼の姿勢は、一口で言うと、歴史修正主義的言動が示しているように、大日本主義の復古である。
さまざまなコピーを繰り出しているが、内実は富国強兵や殖産興業、一億総玉砕など戦前のスローガンを思い起こせばよい。それを背景に植民地主義的レイシズムも勢いづく。そのイデオロギーを実現するために財政・経済・社会政策を進めるから、持続可能性など眼中にない。また、意思決定が極度に一元的で、その正当化のために支配の手法としてパターナリズムを用いる。これが二極化を誘発し、社会に分断と対立をもたらす。社会関係資本が減少、ファシズム的動員が民主主義的参加を阻害している。
戦前、その大日本主義を「幻想」と批判し、小日本主義をとるべきだと訴えたジャーナリストがいる。石橋湛山である。彼は、戦後、政治家に転身、第2代自民党総裁として短期間ながら総理大臣も務めている。湛山は植民地を放棄し、安全保障に翻訳して国内外を認識する一元主義ではなく、自由主義経済や地方分権など多元主義の発想を提唱する。
大日本主義の亡霊がさまよう今、日本社会が理念にすべきはこの小日本主義である。もちろん、持続可能性や社会関係資本などを組みこんだ進化したそれである。「新小日本主義」と呼べよう。その理念を共通基盤に理論・実践を進めていこう。
〈了〉
参照文献
石橋湛山、『石橋湛山評論集』、岩波文庫、1984年
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