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デジタル拡大鏡と市場(2016)

デジタル拡大鏡と市場
Saven Satow
Aug. 01, 2016

「自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれないのです」。
ヘレン・ケラー

 高田馬場にある日本点字図書館では、デジタル拡大鏡のお試しや、販売を行っています。携帯タイプは5インチや7インチのHDの画面に文字を拡大して映せるだけではありません。背景と文字の色も変更できます。アナログのルーペ型よりはるかに便利です。また、スマホの拡大鏡機能よりも安定して使えなす。

 健常者は、通常、文章を読む時、トップダウン処理が中心です。一期一区ではなく、ざっとある程度の量の文章に目をやり、蓄積した経験をもとに内容を理解します。ところが、ルーペで読むと、逐語的に文を追います。ボトムアップ型の情報処理です。ただ、文字の認知に知的資源が多く割かれますから、内容を理解したり、それに関して考えをめぐらせたりする余裕がなくなります。自分がバカになった感じがしてしまうのです。拡大鏡も広い範囲をカバーできる方がそうした副作用が少なく済みます、

 けれども、デジタル拡大鏡はすべて外国製です。日本のメーカーは生産していないのです。以前、パナソニックが製造していましたが、液晶で見にくく、需要がありません。同社が撤退して以来、携帯型デジタル拡大鏡を生産する日本メーカーは登場していません。

 この現状は日本企業が市場の開拓に熱心ではないことを物語っています。デジタル拡大鏡は障碍者のみならず、高齢者にとっても便利だからです。

 巷にある字が見えにくいのは視覚障碍者だけではありません。高齢者もそうです。少子高齢化のため市場が縮小すると日本メーカーは国内よりも海外に目を向けがちです。けれども、それは高齢者が増加していくことですから、その市場は将来性があります。

 デジタル拡大鏡を障碍者市場の商品と捉えれば、需要は小さいですから、価格も割高にせざるを得ません。障碍者には確実に売れるとしても、規模の経済が生かせませんので、参入するメリットも少ないでしょう。

 そもそも海外メーカーが日本市場で展開しているように、障碍者や高齢者は世界中にいます。この市場はグローバル規模です。

 けれども、市場を健常者と障碍者に分ける必要はありません。障碍者に使いやすい者は健常者も同様です。障碍者向けではなく、誰にでも使い勝手が良い製品なら、市場は共通です。今までより規模が大きくなります。規模の経済が生かせますので、デザイン性もあり、価格も手ごろな商品を生産・販売できます。

 障害は環境によって意識されます。環境が整備しておらず、障碍者は健常者と同様の判断・行動が自力で出来ません。障碍者の自立は環境の整備によってもたらされます。環境の未整備は市場を分けて考えている証です。

 万人にとって使い心地の良い設計発送を「ユニバーサル・デザイン」と呼びます。これは新市場の開拓です。J・A・シュンペーターは経済成長の原動力としてイノベーションを挙げています。彼はそれを「新結合」と説き、市場開拓も含めています。

 障碍者と健常者の市場を結合して捉えることもイノベーションです。ユニバーサル・デザインはイノベーションそのものであるのに、日本メーカーはデジタル拡大鏡に関して理解していません。

 日本企業がグローバルな競争にさらされ、イノベーションを求めていることでしょう。ユニバーサル・デザインはまさにそれです。その発見には障碍者の指摘が不可欠です。見落としは他者のチェックによって気づかされるものです。それには障碍者の従業員が必要です。

 障碍者を雇用し、その需要に目を向けることは企業にとってビジネスチャンスがあります。それに気づかず、グローバル競争で生き残るためのイノベーション戦略必要だと言っているとしたら、灯台下暗しです。
〈了〉

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