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ハリス敗北と家父長主義(2024)
ハリス敗北と家父長主義
Saven Satow
Nov. 16, 2024
“But a candidate who won’t respect your vote unless it is for him, a candidate who will send his followers to storm the Capitol while he watches with a Diet Coke, a candidate who has shown no ability to work to pass any policy besides a tax cut that helped his donors and other rich people like me but helped no one else else, a candidate who thinks Americans who disagree with him are the bigger enemies than China, Russia, or North Korea - that won’t solve our problems”.
Arnold Schwarzenegger
1 ガラスの天井?
選挙の結果はさまざまな有権者の意思が反映する票が積み重なって示される。そのため、2024年米大統領選挙におけるカマラ・ハリスの敗因はそれらが絡み合っている。ただ、彼女が男性の票を十分に獲得できなかったことが大きな要因の一つであることは確かだ。投票前の世論調査では男性の支持率は女性より15ポイントも低い。実際の投票ではこれよりも女性の投票が伸びていなかったが、やはり男性との差は比較的大きい。しかも、黒人やヒスパニック系、若者といった従来の民主党の支持層の票もハリスは、ジョー・バイデンより獲得できていない。
こうした傾向からハリスの落選をいわゆる「ガラスの天井(Glass Celling)」論から捉える意見も見受けられる。それは女性やマイノリティなどの少数派が昇進やキャリアアップを阻まれる「見えない障壁」を指す。1978年にアメリカ人の企業コンサルタントであるマリリン・ローデン(Marilyn Rothen)が女性たちとのパネルディスカッションの中で初めて使用したとされる。そういった経緯もあり、主に男性が独占してきた要職への女性の就任を阻害する要因として用いられる。
しかし、今回に関してこういった見方は適切ではない。ハリスが米国史上初の女性大統領に選ばれる機会を逃したのだから、それを破ることができなかったことは確かである。けれども、男性票を得られなかった理由はパターナリズムの復活の影響が大きいと思われる。ハリスに勝ったドナルド・トランプがポピュリストであることに異論はないだろう。こうしたポピュリズムが勃興すると、家父長主義も勢いを増す。両者には共通点が多いからだ。
2 ポピュリズムと家父長主義
ポピュリズムは、その内容・行動において、他の思想との共通点も認められる。パターナリズムもその一例だ。 ポピュリズムと家父長主義には、共通する点と相互に影響し合う側面があり、特に両者が一緒に現われる場合、強力な政治的・社会的な力を持つことがある。
ポピュリズムもパターナリズムも、大衆にわかりやすい単純なメッセージや強いリーダーシップを掲げる。前者は民衆の声を重視し、既存のエリートや制度に対抗する姿勢を見せる。他方、後者はその民衆の声に呼応するように守るべき父のような権威を持ち、庶民の不安や期待に応えようとする態度を取る。
また、ポピュリズムと家父長主義は、政策の論理性や実現可能性よりも、感情的なつながりや伝統的価値観に訴えることが多い。ポピュリズムは社会的な不満や経済的不安を利用して支持を集め、家父長主義的なリーダーシップがその不安を安心感で包み込む構造が見られる。
こうした共通点のある思想が相互作用すると、独裁を招く危険性がある。ポピュリズムは、しばしばカリスマ的で強権的なリーダーシップに頼る傾向があり、その指導者が家父長的な役割を果たすことが一般的である。特に、経済的・社会的不安が高まると、大衆は強いリーダーに救済を求める傾向が顕著である。かくして家父長的なリーダーがポピュリストとして大衆の人気を集める。
こうしたリーダーは、国民の父親的な象徴として、自分を庶民の保護者であるかのように演出し、大衆の信頼を得ようとする。彼らはしばしば家族のメタファーを用いて国民に語りかけ、国全体を一つの家族と見立てて家長としての役割を自らに課し、権力基盤を強化する。
家父長主義的なリーダーシップがポピュリズムに取り入れられると、反対意見や多様な視点が排除されやすくなり、リーダーの意向が絶対化される傾向が強まる。こうした状況では、批判を許さない強権的な政治が進行し、民主的な手続きや制度が損なわれる危険性がある。
また、家父長主義的ポピュリズムは、しばしば伝統的な家族観や性別役割といった保守的な価値観を前面に押し出し、秩序と安定の象徴としてのリーダー像を構築する。これにより、自由や変革を求めるリベラル・進歩派との対立が生じる。
このようなリーダーは、大衆の声を反映するとして既存の権威を批判しつつも、最終的には独裁的な家父長のような支配を目指し、制度を自らの意図に沿って動かそうとする。ポピュリズムとパターナリズムの関係は、権威と感情を軸に、大衆の不安や希望を利用しつつ、強力な支配構造を作り出す要素を含んでいる。
ポピュリズムと家父長主義が結びつくと、男女の分断が生じやすい傾向が強まる。こうした政治的スタイルは、往々にして伝統的な性別役割を強調し、特に保守的な価値観を背景とする場合、女性やマイノリティの権利に制限をかけたり、家庭内での従属的な役割を求めたりすることが多いからだ。
家父長主義的なリーダーは、伝統的な家族の価値観を守ることを公約に掲げる。これは女性の家庭内での役割を強調し、男性は外で稼ぐ守護者、女性は家を守る育成者という古典的なジェンダーロールに基づいている。ポピュリストが伝統的家族観を持ち出すと、こうしたジェンダーロールが再強化されやすく、家庭や職場において男女の役割分担が固定化される。それにより、男女間の平等やジェンダーの柔軟性に対する進展が抑制される。
ポピュリズムとパターナリズムの癒着は、特定の価値観に基づいた「女性らしさ」や「男性らしさ」が強調され、性別ごとの理想像を押しつける。それは女性がリーダーシップを取ったり、男性が家庭を重視したりすることへの非難をもたらす。その結果、性別による分断が深まる。さらに、こうした価値観を政策に反映し、女性の社会進出や経済的自立が阻害される。
このように、ポピュリズムが伸長すると、共通点の多い家父長主義も勢いを増す。両社が癒着した家父長主義的ポピュリズムの下では、女性の権利や平等な機会に対する反発が強まる。特に、ジェンダー平等やフェミニズム運動、性的マイノリティは伝統的な価値観を脅かすものとして、否定的に扱われる。これにより、男女の対立や摩擦が大きくなり、分断が進む。女性の権利や男女平等に敏感な層と伝統的な家族観を支持する層との対立が顕在化し、分断が広がる。こういった状況では、女性のリーダーというだけでタフガイマッチョを指向する人々からは反発や誹謗中傷の対象となる。
これが、ポピュリズムが勃興した際に、家父長主義も復活するメカニズムである。カマラ・ハリスが男性票を獲得するのが難しかった要因の一つはここにある。
ポピュリズムと家父長主義は、共に社会や政治において強い指導者像や特定の価値観を押し出し、人々を結束させるために用いられることがある。双方共に指導者や権力者が大衆の代表として振る舞い、彼らの不満や期待に応えようとする。ポピュリズムは非「エリートに対する批判を強調し、大衆との対立構造を作り出して支持を集める傾向がある。パターナリズムも同様に、大衆に親しみを感じさせる父親的なリーダーを中心に据え、安心感や帰属意識を与える。
言うまでもなく、ドナルド・トランプは、フランクリン・D・ルーズベルトと違い、伝統的なアメリカの父親像からほど遠い。スキャンダルにまみれ、嘘つきで、騒々しく、誹謗中傷に熱心だ。しかも、支持者に復古主義者が多いことは確かだし、彼は保守的な発言を繰り返すけれども、必ずしも伝統的家族観を強調しない。支持者がパターナリズムに大きく振れた原因には別の観点からの考察も必要になる。
3 ヒトラーとトランプ
2016年大統領選挙の時点のトランプは確かにポピュリストである。彼は大衆に共通の敵として既存のエリート層やグローバル主義者を批判している。しかし、2024年の選挙では、その敵を移民や性的少数派、外国勢力に求めている。以前も、それらを敵視していたが、今回では主要になっている。しかも、彼は2020年の大統領選挙の結果を認めず、覆そうと画策し、挙句の果てに、支持者が連邦議事堂を襲撃している。トランプはファシストに接近している。
この変化を踏まえると、考察の参考になるのがアドルフ・ヒトラーである。ヒトラーは権力を握る際にポピュリズム的手法を駆使している。ファシズムは必ずしもポピュリズムと同一ではないが、民主主義的選挙で権力を手に入れたヒトラーにはポピュリスト的側面がある。彼のファシズムは、ポピュリズム的手法を利用して権力を獲得し、支持基盤を拡大した後、最終的に独裁体制へと移行する。民主主義を侵食しつつ権力を集中させるプロセスにおいて、ポピュリズムは足がかりとして機能している。
ヒトラーのポピュリスト的側面を見事に分析しているのが久野収の『ファシズムの価値意識』(1957)である。これはファシズムを大衆が支持する場合の基盤になる価値意識はどういうものか論じ、トランプの権力奪取に重なる点が少なくない。
久野は当時のドイツの大衆が失望していたと指摘する。彼らは旧ドイツ帝国の社会規範やワイマール共和国の議会制民主主義、ソ連主導の国際共産主義運動のいずれにも幻滅し、行き場のないフラストレーションを抱えている。
久野は、『ファシズムの価値意識』において、そんな大衆の前に登場したのがアドルフ・ヒトラーだと次のように述べる。
ヒトラーはこの要求にこたえ、不平、不満、不評の対象であれば、何にでも反対する無責任きわまる政綱をつくりあげ、ナショナリズムを生かした社会主義、社会主義を生かしたナショナリズムというスローガンで国民大衆を操縦したのである。
ヒトラーは大衆にとって「不平、不満、不評の対象であれば、何にでも反対する無責任きわまる政綱」を拵える。そこに合理性や整合性があるかなど気にしない。必要なのは大衆の要求に応えることだ。既存の体制に不満を抱く人々の感情を煽りつつ、不安を自分に有利に利用する。その上で、「ナショナリズムを生かした社会主義、社会主義を生かしたナショナリズムというスローガン」で大衆を操作する。このスローガンは折衷主義的で、曖昧である。だからこそ、それは誰にとっても恣意的解釈を許す。もちろん、その恩恵を最も受けるのはヒトラー自身である。彼は国民の間で共感を呼ぶナショナリズムと社会主義の両方の思想を融合させ、一種の操作的な手法で大衆を誘導する。それによりヒトラーはたんなる批判者ではなく、ナショナリズムと社会主義という二つの価値観を活用して、多くの国民の支持を引き寄せる巧妙な戦略を駆使している。
トランプにも同様のことが言える。彼は、大衆にとって「不平、不満、不評の対象であれば、何にでも反対する無責任きわまる政綱」を示す。そこに合理性や整合性があるかなど気にしない。必要なのは大衆の要求に応えることだ。その上で、彼は「アメリカ第一主義(America First)」や「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again: MAGA)」というスローガンで大衆を操作する。このスローガンは大衆が共感できるイメージをトランプに与えるが、曖昧である。だからこそ、それは誰にとっても恣意的解釈を許す。実際、トランプ支持者は「MAGA」と呼ばれている。
ヒトラーが儀情報を拡散し続けたことは、今日、よく知られている。彼のみならず、ナチスはフェイクニュースを次々と垂れ流す。しかし、ファクトチェックでそれに対抗し、正論を主張した左翼勢力は国民の支持を彼らより得られない。久野は左翼勢力に欠けていたのは、大衆の政治心理を分析してそれに働きかけるという態度だと指摘する。
久野はナチスによる大衆政治心理の理解について次のように述べている。
しかし、ナチスの歴史を少しでもくわしくしらべたものには、ヒトラーの成功の秘密、マス組織化の秘密は、ヒトラーの中ではなく、かえってマスの中にあることが判明する。(略)ナチスのデマゴギーをデマゴギーと感ぜしめなかったのは、中産階級を中心とする大衆の内心に、このデマゴギーに共感する要素がひしめいていたからである。だからこそナチスは、下層中産階級の大衆心理を特徴づけるあらゆる矛盾を暴露しているのである。ナチスの価値意識は、独占資本主義的帝国主義時代におけるマス化した中産階級の価値意識の拡大再生産にほかならない。
ナチスの成功の本質が、実はヒトラー個人の魅力や手腕にあるのではなく、支持した「マス」の心理や社会状況にある。ナチスの「デマゴギー」が成功した背景には、大衆の中心をなす中産階級の人々が抱いていた不安や共感が大きな役割を果たしている。ナチスのプロパガンダが扇動と感じられなかったのは、多くの中産階級の大衆がその内容に共感し、支持する素地を心の中に持っていたからだ。そのため、ナチスは中産階級、特に下層の人々が抱える矛盾や不満を表面化させ、大衆心理を巧みに利用している。さらに、ナチスの価値観は、独占資本主義と帝国主義が支配的な時代にあって、大衆化された中産階級が持つ価値観が反映され、それを拡大し再生産するものである。ナチスの思想や行動は、当時の中産階級が抱えていた欲望や矛盾を具現化したものであり、その社会的背景が同党の成功を支えている。
トランプのフェイクニュースがデマと支持者たちに感じさせなかったのは、大衆、特に男性の下層中産階級や労働者階級の内心にそれに共感する要素があったからだ。トランプは「下層中産階級の大衆心理を特徴づけるあらゆる矛盾を暴露しているのである」。彼の「価値意識」は、グローバル化時代における「マス化した中産階級の価値意識の拡大再生産にほかならない」。彼はその時代に合ってマス化した下層中産階級の価値意識の求めるものを提供したというわけだ。
その上で、久野は、ナチスのイデオロギーの秘密はについて次のように述べる。
経済的土台の窮乏化が、かならずしも自動的に現実のリアリスティックな認識を生みだすとはかぎらない。イデオロギーは、フラストレイションのとりもどし、エンジョイメントの役割を演じる。ナチスのイデオロギーが、例外なく実証的経験内容によってテストすることのできないエモーショナルな側面を強みとするのは、この理由による。こうしてイデオロギーは、アイデアからイコンになり、やがてイドラになりはてるのである。だから、このイデオロギーをたおすためには、正しい観念が正しい観念にとどまっていては成功しない。それは、生きた人間を動かすイコンにまで具体化しなければならない。
経済的な困窮が必ずしも現実的な認識を生むわけではない。イデオロギーは個人や集団のフラストレーションを解消し、楽しみや満足を提供する役割を持つ。ナチスのイデオロギーは論理や証拠に基づいたものではなく、強い感情的な訴求力によって人々に支持される面がある。
ここで言うイデオロギーは、抽象的な「アイデア」を超え、視覚的で人々に具体的に訴える「イコン」、すなわち象徴に変わり、さらには思考や行動を縛る「イドラ」、すなわち偶像や妄念へと堕していく過程を表わしている。そのため、こうしたイデオロギーを打破するには、単に「正しい観念」を掲げるだけでは不十分である。それが人々の心に深く訴えかける「イコン」として具現化され、具体的な影響力を持たなければならない。
この指摘はトランプを考える際に極めて重要である。ジョー・バイデン政権は大学を出ていない労働者への優遇政策を実施したが、彼らは民主党ではなく、共和党を支持する。存在が意識を決定していない。彼らが求めるのは現実主義的対応ではなく、「フラストレイションのとりもどし、エンジョイメントの役割を演じる」イデオロギーである。すべてに幻滅したMAGAは敵を攻撃する時、フラストレーションはエンジョイメントになる。トランプの「イデオロギーが、例外なく実証的経験内容によってテストすることのできないエモーショナルな側面を強みとするのは、この理由による。こうしてイデオロギーは、アイデアからイコンになり、やがてイドラになりはてるのである」。そのため、「正しい観念」を主張するだけでは、トランプ支持者の信念を変えることなどできない。
久野は、大衆がそのような荷陳行動をとる理由について、彼らがヒトラーと同化したからだと次のように述べている。
彼らはこの権威に自己を同化さすことによって、経済的条件のみじめさのコンペンセイションをえる。
ヒトラーが体現した攻撃的な権威的指導者の像は困窮して自信喪失した大衆の男性に敵から家族を守る家父長主義的な価値意識にアピールする。それは現実をユートピア化する契機となる。
これが、一見したところでは、アメリカの伝統的父親像と似つかわしくないトランプがパターナリズムと結びついて支持者に受け入れられた理由である。彼と同化することで現実の経済的な困窮がその理想によって埋め合わされる。
久野は、ナチスが現実を反映したことを語りつつ、実際にはそれをゆがめて人々に認知させると次のように述べる。
ナチスの主張したゲマインシャフトの理念や権威的指導者のイデオロギーは、すべて例外なく現実の反映であると同時に、現実のユートピア化を意味している。
「ゲマインシャフト」、すなわち共同体や権威的な指導者のイデオロギーは現実の状況を反映しているように見える。だが、実際には「現実のユートピア化」、すなわち理想化された現実を作り上げようとする性質を持っている。ナチスのイデオロギーは現実の社会問題や状況に基づいているように見せつつ、それを理想的な共同体像や強力な指導者の下に集結した社会という「ユートピア」に変換することを意図している。こうした理想化によって人々の支持を集め、現実を歪めた形で捉えさせる。
トランプのイデオロギーも現実を反映しているかに見えて、実際には「現実のユートピア化」である。現実の問題に対処するのではなく、それを歪めて認識させるものだ。リベラリズムのイデオロギーは近代の理念に基づく理想社会を実現することを人々に促す。また、マルクス主義のイデオロギーは未来にユートピアを描き出してそこに向かって人民を動員する。一方、トランプは困窮しているはずの現実そのものをユートピア化する。諸悪の根源は内外の敵にある。それを通じて支持者は現実感覚が損なわれる。トランプの「アメリカ」は移民を始めとする敵と戦う家父長主義的リーダーである自分の下に支持者が結集する社会である。
ナチスは権力を奪取する際、最初は民主的な制度の中で勢力を拡大しようとする。この極右は選挙を通じて権力基盤を固めている。合法的に政府の一部となった後、権力を集中させ、徐々に民主的制度を崩壊させて独裁的体制に移行する。
トランプはこうしたナチスと重なる手法を用いて権力を握っている。彼は経済的な不安、社会的不平等、政治的な混乱などを利用して、既存のエリート層や支配層、移民などマイノリティ、外国勢力への不満を煽る。この過程で大衆の声を強調し、エリートや移民、外国勢力が大衆の利益を損なっているとしてその対立構図を強調することで支持を集める。複雑な社会問題に対して簡潔で分かりやすいスローガンやメッセージを掲げ、大衆にとって直観的に理解しやすい解決策を提示する。 非論理的で、矛盾があっても構わない。それが大衆の感情というものだからだ。トランプは、自らを大衆の真の代表として位置づけ、一般意思を体現すると主張する。大衆の支持を受けて登場し、その基盤を利用して既存の民主的プロセスを侵食していく。
権力を奪取する手段においてトランプには、ヒトラーとの類似点が見いだせる。双方共に大衆を動員し、その感情や不満に訴えることで支持を得ている。特に、経済的不安や社会的分断を利用する点が共通している。また、共通の敵を設定することで支持を集め、大衆の声を代弁し、既存の制度を打破すると約束している。さらに、両者は民主主義的制度や自由主義的価値観に対する不信感も似ている。これにより、現状を腐敗したものとして攻撃し、変革を訴えている。その際、理性的な議論よりも感情や情緒に訴えかける。偽情報を吐き続け、不満や恐怖、怒り、誇りなどを利用して支持を得る。現状に対する急進的な解決策を提示し、非論理的で矛盾をはらむものであっても、それを唯一の道と主張する。惨めな現実は、家父長主義的なリーダーとしての自身との同化で埋め合わされることを通じて、ユートピア化される。かくしてポピュリズムと家父長主義にファシズムがこの2人の中で共存する。
4 ファシストへの投票は正当化されない
ファシズムに接近したポピュリズムが伸長し、パターナリズムが大いに復活する。こうした状況下の米大統領選挙においてカマラ・ハリスがドナルド・トランプに敗北する。それは「ガラスの天井」よりもはるかに深刻な事態を示している。この家父長主義の活発化は民主主義の侵食を意味する。それを扇動してきたトランプはもはやポピュリストではなく、ファシストと捉えるべきだ。ナチスに投票したドイツの有権者には様々な背景があるだろう。しかし、それは学術研究の対象になったとしても、ヒトラーを権力の座に就かせた投票が正当化されることなどない。トランプに対しても同様である。
〈了〉
参照文献
久野収、『久野収セレクション』、岩波現代文庫、2010年