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心中的鐘摆─「お祖父ちゃん、戦争の話を聞かせて」(5)(2018)

8 1階の間取り
 みーちゃんは、お祖父ちゃんの部屋に行くために、台所を出て階段の方に戻ります。階段を降りて右なら台所、左なら玄関の方に行きます。正面なら茶の間です。階段の下はひいばあちゃんの部屋です。玄関に向かう廊下をはさんで茶の課の対面にあります。
 みーちゃんのうちは玄関を上がってすぐ右手側に仏間があります。お線香をあげて帰る人のためにそうしているのです。反対の左手側の廊下を進むと、茶の間です。
 玄関を入って正面の壁に掛け時計があります。自動車修理工場からもらった新築祝いの時計だとみーちゃんは聞いたような気がします。長方形で、振り子がカバーで見えにくくなっています。枠は茶、文字盤が白、12・3・6・9の数字がついています。みーちゃんのうちではどの部屋にも時計があります。けれども、30分ごとに鳴るのはこれだけです。時計を見ていなくても、音で時刻を知らせてくれるので便利です。でも、みーちゃんは、夜寝ている時に、ボーンと時刻を告げる音で目が覚めることがあります。夜の間だけ鳴らないようにできないかなとちょっと不満です。
 暑い夏の午後、この壁掛け時計のあるスペースで、お祖父ちゃんがふんどし一丁で昼寝を時々しています。みーちゃんも真似して横になって見たことがあります。確かに、風通しがよくて涼しいのです。軍人だったから、こういう場所を見つけるのがうまいんだなとみーちゃんは思っています。
 お祖父ちゃんは和服を着ませんが、下着はふんどしです。戦前の軍隊は和魂洋才だからです。軍服は洋才の洋服、下着は和魂のふんどしだとお祖父ちゃんは言っています。でも、そのふんどしをお祖父ちゃんがどこで買っているのかは知りません。
 ──4時15分か。まだまだ時間があるな。
 仏間の前に縁側があります。近所の人が家に上がらないで、うちの人と話をするためです。縁側に沿って仏間の隣は床の間のある客間です。法事の時に、ふすまを外して仏間とつなげ、大広間として使います。
 縁側の突き当りにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの部屋があります。その部屋はうちの一番東側にあるのです。
 縁側でひいばあちゃんが毎日散歩をしています。外だと転んだら危ないし、天気が悪い時もあるからです。散歩の前に、ひいばあちゃんは、玄関の上り口に、ささげ豆と白い小皿を乗せたお盆を用意します。縁側を1往復したら、豆をお盆から小皿に1粒移します。何往復したか忘れないようにするためです。それが20粒になるまで続けます。
 散歩するだけでなく、ひいばあちゃんは天気のいい日はそこで日なたぼっこをしています。でも、今日は自分の部屋にいます。西陽が強めに射して、少し暑いからです。
 ひいばあちゃんは仏壇の前に座り、古い経本を時々眺めています。漢字が読めませんが、お経は見ているだけでありがたいからです。ひいばあちゃんは昔は女に学問は要らないと尋常小学校に4年間通っただけです。知識はほとんどが耳学問です。ですから、ちょっと違って覚えていることがあります。「志戸平(しどたいら)温泉」を「しでど」と言います。ひっこさんの耳にはそう聞えるからです。けれども、誰もそれを直させようとしません。何を言いたいのかわかるからです。
 仏間には、普段、誰もいません。夏でも陽が入らないので、暗くひんやりとしています。ナシやリンゴ、ミカンといった果物の置き場所になっています。


柳につばめは あなたにわたし
胸の振子が鳴る鳴る
朝から今日も
(雪村いづみ『胸の振子』)


9 仏間の戦争の記憶
 確か、3月の終わり頃、みーちゃんが小兄ちゃんとミカンをとりに、アケビで編んだざるを持って仏間に入った時のことです。
 みーちゃんには前から不思議に思っていたことがあります。それは仏壇に金属でつながれた数発の鉄砲の弾のようなものがお供えしてあることです。手に取ってみると、ひんやりとして、大きさの割に重いのです。でも、鉄砲の弾にしては先っぽがなく、中は空洞です。前からこれは何だろうとみーちゃんには謎です。そこで、思い切って小兄ちゃんに聞いてみることにします。
 みーちゃんは謎の金属物質を手に取り、小兄ちゃんにこう尋ねます。
 「ねえ」。
 小粒のミカンを触って柔らかさを確認しながら、小兄ちゃんが返事をします。
 「ん?」
 「これ何?」
 小兄ちゃんは顔を上げ、みーちゃんが持っている物を覗きこんで、ぶっきらぼうに答えます。
 「機関銃の弾」。
 「本物?」
 「本物だけど、撃ち終わったやつ。だから、ほら、先っぽがないだろ?」
 小兄ちゃんは、人さし指で物質を指さし、その右手を数回小さく上下させながら、そう言います。
 「なんで、こんなのがあるの?」
 「お祖父ちゃんのだろ」。
 小兄ちゃんは、みーちゃんが両手で抱えているざるにミカンを置きながら、そう言います。
 「どうして?」
 「お祖父ちゃん、軍隊で、92式重機関銃隊の隊長だったから」。
 「だから、なんで機関銃の弾が仏壇にあるの?」
 みーちゃんが強い口調でそう聞くと、小兄ちゃんは箱のミカンを自分のざるに入れながら、こう答えます。
 「生きてうちに帰ってこれたことを仏さまや神さまやご先祖さまに感謝してるからじゃない?」
 「でも、機関銃って人殺しの道具でしょ?」
 「まあな」。
 「仏さまって殺生ダメなんじゃないの?」
 「仏さまだけじゃなく、宗教はどこでも人殺しはダメだよ」。
 「どうして人殺しの道具を人殺しがダメな仏さまや神さまにお供えするわけ?」
 小兄ちゃんは上体を起こし、ざるを両手で持って、みーちゃんの方を向いて困惑気味にこう言います。
 「そりゃあ……。わかんないけど、お祖父ちゃん、戦争のこと、あんまり話さないし」。
 「普段はおしゃべりなのにね」。
 「そうそう、言わなくていいこと、つい言っちゃうよな」。
 「言われたことあるもの、『みーちゃんのお祖父ちゃんって放送局だよね』って」。
 「本当に?誰から?」
 「とみちゃん」。
 「とみちゃんって?」
 「ほら、裏の……」。
 「ああ、ゆう子ちゃんの妹か。ゆう子ちゃんのお母さんも相当だって聞くけどね」。
 「そうなの?」
 「そうさ。菊池さんとこのテレビ、雷で去年の夏にダメになったらさ、次の日、相去の人、みんな知ってんだもの。それふれまわったのさ、あの人だって話だよ」。
 「そうなのか」。
 「戦争のこと、お祖父ちゃんに聞いたらさ、銃声がしたから、横を見たら、半分頭がなくなった部下が倒れてたって」。
 「うわ~」。
 「『戦争なんてそういうもんだ。絶対にやっちゃいげね』ってさ」。
 「さっきまで横にいた人が突然死んでるってショックだよねー」。
 「お祖父ちゃんだけじゃないよ、戦争に行った人はあんまり戦争のことを話さない。ほら、うちを建てた三浦の大工さん。あの人、特攻だもん」。
 「え?ほんと?特攻って、カミカゼ?」
 「そう。あの人、予科練だったんだよ、海軍の。で、特攻に志願したっていうか、させられたっていうか、まあ、飛び立ったんだって」。
 「それで?」
 「飛び立ってすぐにさ、エンジン・トラブルで不時着さ」。
 「それで、助かったの?」
 「大工さんはね。でも、一緒に飛び立った人はみんな死んじゃったって」。
 「え~!」
 「まあ、三浦さんもさ、その時の前後の記憶がないっつんだよね」。
 「記憶喪失?」
 「たぶんね、ショックでじゃないかな。あの人、戦争のことは全然しゃべんない。一度だけ、ものすごく酔っ払った時に、ちょっとだけ話したことがあるとかなんとかってお父さんが言ってたかな」。
 「でもさ、本人はしゃべってないのに、みんな知ってるよね。戦争のことも」。
 「そうだな。みんな昔からここに住んでんだもの」。
 「みんな顔見知りだもんね」。
 「つきあいたくない人はつきあわないなんてこともできないしね。俺たちでここに住んで14代目なんだもの」。
 「『本当は』って?」
 「江戸時代の始めの頃から、1650年くらいから住んでるんだってさ。明暦の大火の頃とか何とか言ってたな。江戸で何かすげー火事があったんだってさ」。
 「火事?」
 「その頃ってことらしい。うちは下っ端の武士で、鉄砲隊だったんだって。武士と云やあ刀だけど、うちは銃」。
 「ふーん」。
 ここは南部藩との藩境で、伊達の殿様の直轄地。100日ごとに仙台から武頭、つまり武士の頭が交代で治めてたんだってさ。もっとも、どこで100の間住んでたのかわかってないらしいけど」。
 「藩境塚があるよね?」
 「そうそう。関所があったんだ、あそこに。もっと手前には番所もあって、そこに詰めてたらしい、うちの先祖様は。伊達藩から南部藩へのコメの密輸が多かったらしいんだよ。ご先祖様は国境警備のために仙台から派遣されたサムライなわけ。藩境塚のとこ、道が曲がってるだろ?」
 「なんで?あれ変だよね」。
 「南部藩からも伊達藩からもお互いが見えないように関所のところで道を曲げたわけ。そうらしいよ。去年の墓参りの時、おじちゃんが言ってた」。
 「ふーん。でも、なんで曲げてたの?」
 「だから……軍事政権だから、お互いに顔が見えてるとさ、なんかちょっとしたことで戦が始まったらまずいからじゃないの。よくわかんないけど」。
 「そうなのかな~」。
 「まあいいや。で、時々、仏間にさ、布がかけられている木の板があるだろ?鏡台の鏡くらいの大きさの」。
 「うん」。
 「あれ、『おでのさま』とか『ごずでんのう』とかって呼んでるんだけど、本当はね、『牛頭天王』って言うんだと」。
 「『ぎゅーとーてんんのー』って?」
 「牛の頭に、天才バカボンの天、ハクション大魔王の王で『牛頭天王』。仏教の神様だよ。祇園精舎の守護神って言ってもわかんねーだろーけど。ま、とにかくさ、あれを前の千田さんから受け取ったら何日間か祀って、後の太郎君ちに渡すわけ、回覧板みたいに」。
 「そうなの?」
 「そう。で、あれは昔から住んでるうちの間にしか回らない。新しく来た人には渡さない。」。
 「どうして?」
 「要するに、たんに住んでるだけじゃなくて、同じ信仰を持っているってことがさ、このコミュニティの絆ってわけでさ。こういうのを『講中』って言うんだけど、まああいいや」。
 「うちって親戚多いよね?」
 「本当に親戚なんだもの、ここいらの人は。ここらの人道で結婚してるし、子どもがいなくて家が途切れそうになると、近所から養子縁組しちゃうしさ。うちも2回だったかな、養子縁組で復活したとか聞いてるよ。全然関係のない家って、たぶん新しい人以外はない」。
 「だれがどういう親戚なのかよくわかんないけどね」。
 「ここらってさ、本家とか分家とかないんだよね、国境警備の村なんで、分ける土地がないから。その代わり村のみんなが親戚って感じ」。
 「地域が親戚ってわけだよね」。
 「そんでさ、戦争の話で言うとさ、お祖父ちゃん、あの戦争は間違ってたと言ってたよ」。
 「そうなの?」
 「うん。『わが方は』、これはお祖父ちゃんが言ってるんだよ、『我が方は北からの脅威に備えるのが役目だった。ソ連はロシアの頃から、不凍港、つまり凍らない港が欲しくて南下政策をとってきた。それから日本の権益を守るためだと聞いていたのに、何だが、中国と戦(いくさ)することになってらった、話が違うんでねかと思った』って。もちろん、これはお祖父ちゃんの言い分だけど、お祖父ちゃんみたいな軍人から考えても、あの戦争はおかしいと思ってるんだから、おかしいんだよ」。
 一瞬の沈黙の後、みーちゃんは小兄ちゃんにこう尋ねます。
 「ねえ、お祖父ちゃんって人殺したのかな?」
 「たぶんね」。
 「今いるうちの家族でさ、人殺したことあるのって、お祖父ちゃんだけだよね?」
 「うん。でも、お祖父ちゃんが生きて帰って来なかったら、俺たちも生まれてなかったかもしれない」。
 「お父さんは生まれてたじゃない?」
 「でも、父親がいなかったら、お父さん、もっと苦労して、お母さんと会えなかったかもしれないじゃないか」。
 「そっか。そういうこともあるよね」。
 「お祖父ちゃん、沖縄で、生き残ったんだろ?沖縄、戦場になったから、民間人も戦争に巻き込まれて大勢死んだよね、俺たちみたいな、子どももさ。いろんなかたちでね」。
 「いろんなかたちって?」
 「2階の洋間の本棚に、『太陽の子 てだのふあ』って本があるだろ?」
 「うん。あれ、大兄ちゃんのでしょ?」
 「あれ、読むとわかるよ。難しい本じゃないから、今度読んでみるといいよ」。
 「うん。わかった」。
 「結構ショックだよ」。
 「そうなの?」
 「そう。だから、お祖父ちゃんがどうこうの前に、日本兵だったことだけで沖縄の人はいい気しないと思うよ」。
 「ふーん」。
 「軍人、しかも職業軍人のお祖父ちゃんが生き残って、そんな人たちが死んじゃった。なんか複雑な気持ちだよ。お祖父ちゃん、『沖縄にはもさげねがった、別の方法ねがったのかと今も思う』って言ってた。俺たち、そういう人たちの命も背負って生きてるわけでさ、沖縄のこと、自分の生きてることにもかかわるから、考えなきゃいけないんだよな。わかる?」
 「うん。わかる、なんとなく」。
 「それにしてもさ、戦争の本を子ども向けと大人向けにわけてるのってなんなのかな?戦争の犠牲になるのは大人も子どもないのに」。
 「大人向けは深い、子ども向けは浅いと思ってるのかな?子どもをバカにしてるよね」。
 「戦争を始めるのは大人なのにな」。
 「それなのに、子ども向けの本とか大人向けの本とか言ってる。大人はきっと知ったつもりになってるんだよね。でも、大人になったらそうなるのかな?」
 「そうなりたくないけどね。戦争ってさ、どうしても自分を被害者としちゃあうもんあんだけど、加害者でもあることを忘れちゃいけない。人は話したいことしか話さない。話したくないことは話さない。聞き出さないと、話したくないことは話してくれない。沖縄戦ってさ、今北上が戦場になったら、どうなるかを想像したらわかるところがあると思うんだよな。俺たちも……」
 「そんなのいやだよ」。
 「お祖父ちゃんが死んでいたら、お父さんもお母さんも別の人と結婚していて、俺たちと違う家族を持ってたんじゃないかな。戦争って人生を変えるよね。まあ、どっちも独身ってこともあるけどな。田鶴子さんみたいにさ」。
 「田鶴子さんが結婚していたりして」。
 「そうかもな。でも、お母さんがよく言ってるじゃない?『結婚だけがすべてじゃない、いろんな生き方があるんだ、それを理解しなさい』ってね」。
 「そうだよね。でもさ、戦争って何で始まるの?」
 「え?」
 「戦争は絶対だめだってお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも言ってる。私もそう思う。でも、だったら、何で始めちゃうの?始めなきゃいいはずでしょ?」
 「そりゃそうだ」。
 「だったら、そんなひどい戦争を始めちゃったのはなでかってお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも言わないよね?」
 「そりゃあ……」
 「そこの話がないよね。そこが聞きたい。そこがわかんなきゃ……」
 「それは戦争って突然始まるわけじゃなくて、時間かけて用意されるからさ」。
 「用意?」
 「あー、いつまでもこうしてられないや。えー、ミカン、10個で十分だろ?これ以上ざるに入らないしなー。でも、もうミカンも終わりだな。ほら、結構傷んでる。こいつも、こいつも」。
 小兄ちゃんは、傷んだミカンを3つみーちゃんに見せながら、ざるのいいミカンの上に乗せます。
 「ほんとだ~」。
 「暖かくなってきたからな。傷んだの残してると、他もダメになるからな。このいいやつ5個、茶の間に持ってって。持てるよな?」
 「うん、大丈夫」。
 「落とすなよ!俺、こっちの傷んだのも持ってくから」。
 そう言って二人は仏間から出ていきます。


煙草のけむりも もつれるおもい
胸の振子がつぶやく
やさしきその
(鈴木雅之『胸の振子』)

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