「借金大国」の医療費に、私たちはどう向き合うべきか
1.時に、お金は「使うと増える」
私たちの日常的な「家計」の感覚では、お金は使うと無くなってしまうものです。
しかし、政府支出と社会全体の富に関しては、その感覚は必ずしも当てはまりません。
政府のお金を使った時に、社会全体としてお金が減るのか増えるのかは、支出する分野によります。支出分野によっては、お金は「使うと増える」ものになるのです。
2.健康分野への支出はお金を3.61倍に増やす
「借金大国」と言われるこの国に生きる私たちは、医療費を増やすべきか減らすべきかという問いに悩まされてきました。
そのヒントになるかもしれない「政府支出乗数(財政乗数)」という指標をご存知でしょうか?
政府支出乗数は、1単位の政府支出を追加した時に、国内総生産(GDP)が何単位増えるかを表す数値です。
例えば、10兆円の政府支出を追加した時に、GDPが10兆円増えるなら政府支出乗数は"1"、20兆円増えるなら"2"、逆に10兆円減ってしまうなら"-1"。
この指標については様々な見解がありましたが、公衆衛生学の研究者であるデヴィッド・スタックラーらは、欧州25ヵ国の1995年から2010年までのデータを詳細に解析することで分野別の政府支出乗数を算出し、その結果を2013年に報告しています。
その報告によれば、政府支出乗数が特に高い(=経済効果が大きい)のは、社会的保護、健康、教育であり、健康分野(医療・公衆衛生)の政府支出乗数は3.61でした。
政府支出乗数3.61が意味するところは、健康分野への政府支出を10兆円増やした場合、GDPが36.1兆円増える、ということです。
3.「借金大国」への効果的な施策
GDPが増えれば税収も増えることは言わずもがなですが、それは決して一時的なものではありません。
持続的なGDP増加、すなわち経済成長が実現すれば、(税率を上げなくとも)税収は持続的に増加します。
したがって、健康分野への政府支出増加、すなわち医療費の拡充、国費負担の増額と国民負担の減額(窓口負担と社会保険料の減額)は、「借金大国」と言われるこの国で経済成長と財政健全化を成し遂げる効果的な施策の一つになるでしょう。
もちろん、「別の分野への支出を削って健康分野への支出に充てる」という話ではありません。
健康分野への支出増そのものに意味があるのです。
削減は必要ない。医療や、介護や、福祉に国がしっかりとお金を使うことで、社会全体としてお金を増やし、経済成長と財政健全化につなげるのです。
4.身体の声を聴く
どこかの「偉い人」や「評論家」が「医療費削減」や「社会保障のための増税」を主張するたびに、私たちは諦め半分に自分を納得させ、それを受け入れてきた気がします。
一方で、「医療を削って本当に大丈夫なのだろうか?自分や自分の大切な人を守れるのだろうか?」といった根源的な不安を感じながらも、それに見て見ぬふりをしてきた、かもしれません。
身体や命に関わる諸問題に関しては、往々にして、生活に根ざした実感、自らの身体から湧き上がる実感が正しさを備え、科学的根拠や理論は後からついてくる場合があります。
誰しもが、病気の時よりも健康な時の方が、仕事であれ、スポーツや創作活動であれ、本来の力を発揮できるということは、根拠や理論などなくとも実感できるところではないでしょうか?
健康分野の政府支出乗数の高さは、私たちの実感を後から追ってきた根拠と言えるかもしれません。
5.豊かさの源泉は「人」
考えれば至極当然なことです。国が医療への公的支出を増やし、医療機関の経営を安定化させ、医療従事者の給料を上げ、人々の自己負担を減らし、医療へのアクセスを向上させるとどうなるか。
命と健康が守られ、私たちは安心して暮らすことができ、日々の消費や供給が循環していく。医療に雇用が生まれ、給料が上がり、他分野への消費も増える。経済が押し上げられ、(税率を上げなくても)国の税収は増える。
それはきっと、「借金大国」に対する効果的な処方箋になるでしょう。
一番大切なものが何かを見誤らないことです。一番大切なものは、いのちです。
いのちがあり、人があり、暮らしがあり、一人一人が大切にされ、尊厳が守られてこそ、そこにあらゆる営みが、社会経済文化活動が生まれます。
いのちこそが、人こそが、豊かさの源泉である。
お金そのものに価値があるわけではない。
人から豊かさが生まれるんです。
だからこそ公助。
国庫にお金を貯めても、この国に豊かさは貯まらない。
いのちを守るために、国がしっかりとお金を使い、循環させることが必要です。
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