雷雨の翌日にわたしは生まれた（仮）＜９＞

汚れたランドセル

ピッカピカのランドセルが少し汚れて、私は2年生になった。クラスの子は1年の時と変わらなかったが、担任は優しい女の先生から変な整髪料の臭いのするおじさん先生になった。

1年生から、男子からからかわれる程度のいじめは受けていたが、いよいよひどいものへと変わってきた。そのきっかけはまるで覚えていない。家が貧しくボロいアパートに住んでいたからだろうか。汚いなりをして学校行事に現れては保護者や教員を捉まえて大声で下品なことを言う母のせいだったのか。いじめには理由などないのかも知れないが、とにかく凄惨なものだった。

ブスだの菌だの言われる。少しでも私の机に触れようものなら手が腐ると言われる。私がこの世にいなければいいという内容の歌を作られる。馬乗りになって三つ編みを引っ張られる。

ある日一人で通学路を歩いていると、突然後ろからランドセルを蹴られ、コンクリートに倒れた。脚や手に少々傷を負っただけで済んだのだが、悲しくて涙が出た。蹴られたのは永田のおじさんがプレゼントしてくれたランドセルだったからだ。おじさんとおばさんの笑顔が浮かんできて、つらくてつらくて、起き上がれなかった。一生懸命、楽しく学校で勉強できるようにとの思いがこもったランドセルを汚されてしまった。おじさんおばさん、ごめんなさい。

私はいじめを受けても親にも教員にも黙っていた。父に話せば
「情けねぇ奴だ」と言われるに決まっているし母に言えば
「またお前の尻拭いかよ。お父さんに怒られるのはいつもお母さんなんだからね！またお母さん、お前のせいでお父さんにぶん殴られるじゃんか！」と恫喝されるに違いなかったから。担任にも相談しても意味がない、きっといじめられてることすら全く気付いていないだろう。

当時、クラスの男子の間であるキャラクターの消しゴムが流行っていた。学校に持ってきてはいけないものであったが、教師の目を盗んで休み時間などにみんな遊んでいた。そして私を含めた3、4人の女子にその玩具を持って来い、持って来ないと......と脅した。いわゆるカツアゲというやつ。私以外の女子は小遣いで買ったのか、はたまた兄弟のものなのかは分からないが持って来て渡していた。私はそんなものを買うお金はないし、持って行かずにいた。一向に持ってくる様子のない私にしびれを切らした男子が
「明日持って来なければ服を脱がすからな」と脅した。まさか本当にそんなことをするとは思ってもいなかったし、どうせまた馬乗りにされたり蹴られたり例の歌を歌われるんだろうな、くらいに考えていたが、奴らはなんと本当に私の服を脱がしたのだ。教室で数人がかりで私の服も下着もはぎ取って、机の上に立つように強要した。直接の加害者の男子以外のクラス中の男子も女子もその姿を見ていた、と思う。加害者の男子はニヤニヤ笑って私の裸身を眺めていたが、私は屈辱感や羞恥心がわき起こるより先に「いつも私のことをブスだの菌だの言ってるのに、こいつらはそんな子の裸を見て何が楽しいんだろう？」と冷めた目で奴らを見ていた。性加害は性欲からではなく、支配欲や征服欲から行うということが最近やっと知れ渡るようになってきたが、私は7歳の頃には既にそれに身をもって気づいてしまっていたのである。

私は親に当然この話をしなかったが、されたことがされたことだったので、どこからか母の耳に入ったのだろう。ある日学校から家に帰ると母に
「お前！学校でパンツ脱いだんだって？いい加減にしろよな！お母さん恥かいちゃったじゃないかよ！またお父さんに殴られるのはお母さんなんだぞ、もう死んじゃいたいわ！！」と喚き、嫌がる私の手を強引に引っ張って学校に乗り込んだ。職員室の入り口で
「藤木先生～！娘の件でお話があるんですけど～！」と大きな声を出し、担任が
「あちらで話しましょう」と言い終わるか終わらないか、母は
「娘のパンツを脱がしたのは誰なんですか？」
「娘が裸に」と騒いだ。
パンツ、裸、パンツ......大勢の先生がいるところで、しかも被害者の私の前で母は大声でまくし立てた。それまで恥ずかしいとか、あんなことをされて嫌だったという感情が何故だか全くわき起こらなかったのに母の言葉で一気にそれらが襲ってきて、気が狂いそうになった。うわ～！って叫びたかったけど母が怖くて出来ず、必死に我慢して職員室に貼ってあった何かのグラフをずっと見ていた。そのあとのことはよく覚えていない。一応は担任や加害者の親と話し合ったのかすら分からない。そもそも、カツアゲをしようとした男子以外も関わっていたし、誰が「あれ」の加害者かははっきりしない。私は無駄に長期記憶が良いから、小中高のクラスメイトの名前も当時の顔も男子女子全員、いい子も嫌な奴も全員覚えているのだが、私にあれをしてきた奴らが誰だったかはっきりとは覚えていない。ショックで覚えていないというより大人数で一気にやられたから分からないのだ。でも、そんなことよりランドセルを蹴られおじさんとおばさんの笑顔を汚された方がずっとずっとつらかった。